さよならを言わなかった恋

「……今日は、帰ろう」
私がそう言うと、二人は何も言わず頷いた。
結局、答えは出ないまま。
でも、このまま立ち尽くしている方がつらかった。
校門を出る。
三人で歩き出した帰り道は、ひどく静かだった。
最初に曲がる角まで、誰も話さない。
足音だけが並ぶ。
いつもなら、颯真が何か冗談を言って空気を軽くする。
でも今日は違った。
やがて、男子バスケ部へ向かう道の分かれ道に差しかかる。
颯真が立ち止まった。
「……俺、こっち」
分かっていたのに、胸が締めつけられる。
「結月」
名前を呼ばれる。
顔を上げると、真っ直ぐ見られていた。
「今、答えいらない」
静かな声。
「でもさ、逃げるのだけはやめろ」
優しく、けれど強く言う。
「どっちに転んでも、俺はちゃんと受け止めるから」
一瞬、笑う。
「……たぶんな」
冗談めかしているのに、目は少しだけ赤かった。
「じゃ、また明日」
軽く手を上げて、背を向ける。
そのまま振り返らずに歩いていった。
遠ざかる背中を見ていると、胸が苦しくなる。
――呼び止めた方がいいのかな。
そう思ったのに、声が出なかった。
「行こう」
隣で湊が小さく言った。
私は頷く。
二人きりになると、余計に静けさが重くなる。
しばらく歩いて、あの場所に来た。
中学の頃、よく立ち止まって話していた自販機の前。
自然に足が止まる。
湊が苦笑した。
「覚えてる?」
「……うん」
夜の光に照らされた自販機。
あの頃より少し古くなっている。
「よくここで、テストの点数見せ合った」
「湊、数学だけ異常に高かった」
「結月は英語な」
小さく笑い合う。
ほんの少しだけ、時間が戻る。
でも、それが余計に切ない。
「……あのさ」
湊が真面目な声になる。
「俺、さっき言ったこと、本気だから」
胸が静かに鳴る。
「すぐ答え出さなくていい。でも――」
少しだけ間を置く。
「俺がまたいなくなる前に、一度だけでいいから、ちゃんと俺を見てほしい」
視線が重なる。
逃げられない。
「過去じゃなくて、“今の俺”を」
言葉が出ない。
胸の中で、何かが揺れる。
颯真と過ごした日常。
湊と過ごした記憶。
どちらも本物で、どちらも消せない。
「……怖い」
思わず漏れた。
「また、いなくなったら」
湊は少しだけ笑った。
「そのときは」
夜風が吹く。
「ちゃんと、さよなら言う」
あの日、できなかったことを言うように。
胸が痛くなる。
私はうつむいたまま、小さく頷いた。
この帰り道は、昔と同じはずなのに、
もう“同じ”ではなかった。
再会は、
失った時間を取り戻すものじゃない。
きっと――
終わらせるための、もう一度の始まりだった。