桜の咲くころ、思い出して

「川瀬ちゃん」

「…っ」

ふと伊田くんの顔が近づく。

窓から差す太陽の光に照らされながら、ゆっくりくちびるが触れるー…

しーんとする教室にドキドキと私の心臓の音だけが聞こえてるみたい。

伊田くんと目を合わせれば、伊田くんも少し頬を染めていた。

「これは忘れないでよね」

「…うん」

記憶がないことが不安で仕方なかった。

昨日の私はどうしてて、今日の私はどうすればいいのかわからなかった。

どうしたら記憶が戻るのかなって考えてたこともあるけど…

今は少しだけ平気かもと思えた。
これからを見てくれる人がいるってこんなにも満たされるんだ。


やっぱり伊田くんはすごいね、すごいよ…

伊田くんといたら何でもできる気がするね。


この気持ちを、この記憶を上書きしていきたい。


ねぇヨシノ…

少しは進めたかな?

中学に来て、よかったよね?


ヨシノのおかげだよ。


家に帰ったら1番に言いたいよ、ヨシノに…

って思ってた。


早くヨシノと話したいって思ってた。

ありがとうって、伝えたかった。


だけど伝えられなかったね。

ヨシノの声を聞くことができなかったから。



この日から私の頭の中からヨシノが消えた。



あの日から、どんなに呼びかけてもどんなに叫んでも応えてくれなくなった。


聞こえないの、ヨシノの声が。


ヨシノは聞こえてるの?

私の声…


ねぇどうして?

どこに行っちゃったの、ヨシノ。