わたしは思う。犬飼さんは不運なんじゃなくて、ただ単によわよわなだけなのではないか、と。
初めての朝、登校時、昨日のように電柱とぶつかる彼をみて思った。しかし弱い彼をわたしがボディーガードする形になっているので、彼はいつもより安心しているように感じる。それに、結局ただのドジっ子にしか感じられないのだが。
まあ、誰も彼を守るなんて言っていないけれど。
「いてて」
と言いつつ、ぶつかり慣れている彼は、なぜか少し笑っていた。
昨日から感じていた。
こいつ、Mだろ。
妙に尽くしたがる性格や、度重なる不幸にも疎まない性格、あれ見ようによってはただのドMの性質では?
結論、彼はよわよわなMなのだ。きっとそうだ。
「あ、そういえば——」
と、先を行く犬飼さんが振り返ってきた。
「僕のこと好きにならないでくださいね」
「はい?」
「だって、好きなんですよね?僕のこと」
「全然」
「え……」
犬飼さんの語尾が萎んでいく。完全にシュンとなってしまったようだ。
すると、少し悲しめな表情で犬飼さんがわたしの顔を覗いてきた。
「絶対ダメですよ。僕、疫病神らしいので」
日頃、人と関わらないようにしている犬飼さんらしい言葉だ。
「それとも、不幸が面白いんですか?」
「でも、なんかちょっと面白いかも」
「……Sなんですね、永瀬さんは」
あなたには言われたくありません。
確かに犬飼さんは、顔自体は整っている。部類で言うと、かなりかっこいい部類の顔立ちだ。だから自信があるのだろうか?しかし彼に自信があるようにはとてもじゃないが全く見えない。
電柱にぶつかって赤くなった鼻筋。多少の鼻血が出ているので、わたしが彼にティッシュを渡す。
「そんなに僕のためになりたいんですか?」
と犬飼さん。わたしは曖昧な返事をする。
「ためになりたいていうか……、放っておけないんだよね」
「放っておけない?」
「うん。なんだろう。トラブルメーカーって感じ?」
すると彼は、昇太朗の話で繋がった時以来の嬉しそうな顔をした。
その顔はどこか照れ臭そうで、優しい顔だった。
「そっか。僕って永瀬さんに認知されたんだ」
無愛想で無口と言われたわたしに認知されていることがよほど嬉しいのだろう。今までにない笑顔だ。
「——犬飼さん危ない!!」
あの時のように、横断歩道で歩いていた犬飼さん。しかし、あの時との違いは、歩行者信号が青であることだろう。
信号無視のトラックが犬飼さんに突っ込もうとしている。わたしは全力で走り、彼を歩道の向こう側まで押し倒した。犬飼さんの体がすっ飛んでいく。60キロあるというのはおそらくサバだろう。
わたしがトラックの方を見る。まずい、もうぶつかる——
わたしは急いで目を閉じた。

