美久乃は大学から帰ってきた旦那に声をかける。
「おかえり」
「ただいま」
幸が返事をする。
しかし幸は一握りの違和感を覚えた。
美久乃がこんなに嬉しそうなこと、あんまりないのに。
仕事が大変らしくて、よく冗談まじりな仕事の愚痴を聞かされていたのに。
さてはいいことでもあったな。
「幸くん」
見覚えのない冊子を手渡される。
それを両手で受け取ってから、幸は
ひゅーん
と
後ろに倒れていった。
「わたし、妊娠したの」
「あばばばば……どうしよう」
まだ22歳だぞ。それに相手はか弱い美久乃だ。心配でたまらない。
美久乃は朗らかに微笑むと、反応のいい幸を笑った。
「お、男の子?女の子?」
「まだわかんないよ〜」
美久乃は笑う。そして幸も笑い返した。
幸せに満ち溢れた笑顔である。
「頑張ってくださいね。美久乃さん」
ずっと抜けていた敬語も、学生時代を思い出すと復活するのだ。
不幸続きだった学生時代も、今じゃとびっきりの笑い話だ。
「だから、作ってよ」
美久乃は珍しく意地悪そうな笑みを浮かべる。
「とびっきりの筑前煮」
「仕方ないな」
幸は伸びをすると、台所へ向かった。オンライン料理教室に参加していた時期があったので、料理の腕前は上がっている。
初めて、彼女と出会った日
初めて、彼女と暮らし始めた日
初めて、彼女に怒られた日
初めて、彼女が笑った日
初めて、彼女と映画を観に行った日
初めて、恋という感情に気づいた日
初めて、彼女に想いを打ち明けた日
初めて、彼女と挙げた結婚式
初めて、彼女と一緒にお風呂に入った日
初めて、君の全てを知った日
どれも全部、僕の宝物。
「名前とか考えとかないとね」
微笑む君に、またしても心奪われる。
同じ苗字になって、一つ屋根の下住んでいる。
弱くたっていい。
その弱さがあったから、僕は君に出会えたんだ。
このずっと日々が続くといいな。

