何やってもうまくいかない犬飼さん




「おはようございます……永瀬さん」

「遅いよ〜犬か……え?」



わたしは目を疑った。


今、目の前にいるのは本物の犬飼さんだろうか。


白くて綺麗な肌はやつれきって、顔色が悪い、大きな涙袋の下にはクマができているし……何より、目が死んでいる。


って、もしかしてまた徹夜した?



「こ、今度はどした」

「いえ……僕は至って正常です」

「いや絶対異常だよ?その顔」



灰色のセーターに身を包んだ彼は、背伸びをすると、「じゃ、行きましょうか」とわたしの手を引っ張った。こう見えて結構ぐいぐい来るタイプなのかもしれない。



広い大通りには、噴水や公園が並んでいた。バレンタインシーズンになると、「カップルの聖地」と呼ばれるここでは、たくさんの人たちが今の季節でも楽しそうに遊んでいる。


この街はいいところだ。できることならここでずっと暮らしていたい。


その時には、大好きな人と、暮らしたいな。



「永瀬さん、ここですよ」



わたしは映画館を見上げた。まあ大きな建物だこと。映画館こと「シネマホールナガタ」には初めて訪れる。両親と映画を観ることはなかったので、映画館で映画を観るのは初である。なぜか感慨深い。



席の予約を済ませると、わたしたちは暇な時間を過ごすことになった。


上映開始まであと三十分。



「マシュマロでも買いますか」



そう言って犬のように犬飼さんは消えていった。彼曰くここのマシュマロは絶品らしい。わたしはあまり甘いものが好きではないので、マシュマロは遠慮しておいた。


しかし寂しいので、なんとなく塩味のポップコーンを買う。映画を観るときはポップコーンを食べるこの風習はどこから始まったのだろう。



「ん〜。うっま」



嬉しそうにマシュマロを頬張る彼。筑前煮もろくに作れないような盆栽男だが、年頃らしい無邪気さは兼ね備えていたようだ。



「そろそろだね、上映」

「ほんとですね、入りましょっか」



スタッフさんにチケットを手渡すと、わたしたちは一番後ろの席へ座った。一番前だと首が痛くなるらしいので、後ろにしておいた。


長いことCMが続き、いきなり静かになったかと思うと、部屋が真っ暗になった。それですら怖いわたしは、恐怖に耐えきれず、犬飼さんの服の袖を掴んだ。


一人じゃないと思わせてくれ。



「永瀬さん……」



こちらを見る彼の視線にすら気づけず、わたしは泣きそうだった。


こんなんじゃ殺し屋になんてなれっこない。