何やってもうまくいかない犬飼さん




昼休みを挟んだ五時限目の時間、わたしは深川に呼ばれて空き教室へ連れて行かれた。


どうやら、その空き教室には先客がいたらしい。



「……」



無言でこちらを睨みつける美青年——正真正銘の申巻くんだ。



「えー、永瀬さんでしたっけ?うちの申巻が話があるってね」



そう言ってきたのは申巻くんの担任だった。痩ぎすのおじさん教員である。



「そ、そうですか……」

「なあ、永瀬」



わたしはビクッとして身を縮める。


刺すような鋭い視線で、申巻くんはわたしを睨みつけた。そして舌を鳴らす。



「どうして鳥越や犬飼の方が俺より大事なんだ」

「あ……」



わたしは言い返せなかった。「大事」というわけではない。


なんだろう、この感情。


ただ単に申巻くんの印象がよくないのだ。昔から鳥越くんをいじめていたし、さっきは犬飼さんをいじめていたし……。



「腹立つんだよ。俺より才能のないあいつらがお前に好かれて、俺が嫌われることが。どうして……」



申巻くんは珍しく机に突っ伏した。鼻水を啜る音が聞こえる。


嫌いではない。多分。


バレー部のセッターで一軍男子、憧れの存在でもあった。


でもそれが手に届きそうになってから、わたしは貪欲になったのかもしれない。


引っ越した鳥越くんや、出会ったばかりの犬飼さんと仲良くなるんじゃなくて、


昔からの仲である申巻くんとずっといた方がよかったのかな。


いや、


その結果、待っているのは束縛だ。


申巻くんは昔、付き合っていた女性を監禁している。


椅子に縛りつけ、暴力を振るい、「愛情がズレた」と言い訳をして逃れていた。


ずっと、嘘つきだった。



「申巻くん。わたしも言いたいことがあるんです」



わたしは震える声を絞り出して言った。



「わたしは、申巻くんが嫌いです。もうわたしに関わらないでください」



わたしは敢えて感情を込めずに、冷たく言う。すると、申巻くんの目から大粒の涙が溢れ出した。



「なんで…………なんでなんだよ!!!」



声を荒げ、申巻くんは机をぶっ叩く。顔を真っ赤に染め上げて、振り絞ったその声は掠れ切っていた。



「落ち着きなさい、申巻」

「………っ」



担任から注意を入れられて、申巻くんは黙り込む。



「それにいじめとなれば……申巻……」



痩せぎすの担任教師はつぶやいた。



「少なくとも、二週間の謹慎は免れないな」



申巻くんは崩れ落ちた。地面と向かい合い、涙を床に湿らせる。


そんな彼を、冷たい視線で見下ろすのが、わたしの役目。


これが、わたしが最後に申巻啓介を見た瞬間だった。