「ただいま……永瀬さん」
なぜか血だらけで帰ってきた犬飼さんに、わたしは心底うんざりした。
「おかえ……って、今度はどうしたの……?」
「帰り道、散歩中の犬に噛まれまして……」
左腕が怪我でボロボロだ。わたしはクラクラする。
「その後にはダンプカーに撥ねられました」
おでこから大量の血が流れている。真っ白だった眼帯も血で真っ赤になってしまっていた。
だ、ダンプカーに撥ねられた!?
それで生きてるの丈夫過ぎない?
これが不幸中の幸いってやつか……。わたしは苦笑いを浮かべる。
「ちょっと待ってね。今手当てするから」
「い、いいの?」
「世話焼きなのは祖父に似たんです」
わたしは廊下に置いてある救急箱を探しに行った。一方、犬飼さんはリビングで正座したままぽかーんとしている。
お、あった。あった。
わたしは救急箱を手に持ってリビングへ向かう。
「あったよ〜。ちょっと待ってね犬飼さん」
わたしはガーゼで彼の柔らかい肌を撫でる。傷口を消毒したら絆創膏を貼り、顔についた血を洗い流す。
「あ……」
どうしよう。わたしの手は、手当てが終盤に入った瞬間に止まった。
最後の手当てはこの眼帯。
そういえば、犬飼さんの眼帯を取った顔見たことない……。流石にお風呂の時とか取ってるんだろうけど、彼のこと詳しく知らないっていうか……。
わたしは彼の耳にかかった眼帯の紐に指を絡める。さっと彼の眼帯が取れた。
「い、犬飼さん……?」
「あ……」
わたしは目を丸くした。この驚きを言葉に表すことができずに、わたしは口をぱくぱくさせている。
「うわぁ、世界って綺麗」
目が見えていないわけでもないし、怪我をしているわけでもない。
つまり、あの眼帯はただの飾りだったのだ。
「ちゅ、厨二病?」
「違いますよ。これがないと僕と思われないので」
わたしは首をかしげた。何が言いたいのだろう。
「第一印象を『眼帯男』にすることで、誰が僕かわかりやすいでしょ。そういうことです」
「なんでそんなことするの?」
「他の誰かに不幸な青春を送ってほしくないので」
だから人との関係を持たずに、静かなクラスのモブキャラになっていたのか。なんだか犬飼さんらしい気もする。
「でもすごいですね。僕の眼帯外させたの永瀬さんだけですよ」
彼は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔はやっぱり不器用でぎこちない。
「それに、僕の眼帯外させるのは、芥川龍之介に生姜入りケーキを食べさせるのと同じくらい難しいので」
うーん、例えがマニアックすぎてわからん。
「お礼に夜ご飯作ります!頑張ります!!」
突然立ち上がった犬飼さんは、大声で言った。
「なので永瀬さんはお風呂入ってきてください。とびっきりの筑前煮を準備しときますので!!」
わたしは思わず吹き出した。犬飼さんがびっくりした顔をする。
「どうかしましたか……?」
「いや、面白いね、犬飼さんって。かっこいいよ」
さっきよりも一段と驚いた顔を浮かべて、犬飼さんは頬を赤くした。
「かっこいい……か。う、嬉しい」
「入ってくるね、お風呂」
「いってらっしゃいです」
彼は飼い猫を愛でるような微笑みで、背を向けるわたしを見送った。
ひゅーん
犬飼さんは仰向けになる。眩しいLEDライトと睨み合った。そして今にも泣きそうな勢いで丸まる。
「とびっきりの筑前煮ってどう作るんだろう!?」
叫びながら彼はスマホの検索ボックスに、「とびっきりの筑前煮 作り方」と打ち込む。もちろん検索結果はヒットしない。
「あばばばば……どうしよう」
にんじん焼くの、だめ絶対。それしか学んだことがない。
「僕に料理なんてムリムリ!!何カッコつけてんだ!!」
浴室でわたしは、「なんだか騒がしいな」と思いながら湯に浸かっていた。

