クールな(ふりをする)後輩くんと、涙活はじめました

 翌日、いつも通りの時間に目が覚めたもののベッドでゴロゴロしていた。
 動けないことはないけど、動きたくない。
 せっかく休みだし、別にいいよね。

 なんとなくスマホを眺め、布団の中でいると氷山くんからメッセージが届いた。

『体調大丈夫ですか? お見舞い行ってもいいですか』

 お見舞い?!
 今すっごくだらしない格好しているし、そんなことされるような状況でもない。

『大丈夫だよ。気にしないで』
『実はもういろいろ買って近くまで来てるんです』

 なんですって?!
 いろいろ買って、近くまで来ているのに断って追い返すのは申し訳ない。
 私は了承の返事をして、パッと髪を整え、パジャマからそれなりの私服に着替え氷山くんの到着を待った。

 数分してチャイムが鳴り、玄関のドアを開ける。
 けれどそこにいたのは氷山くんではなかった。

「瀬川さん……どうして」
「確認せずにドアを開けたらだめだよって言ったよね」
「いや、そんなことよりどうしてここにいるんですか」
「これ。痛み止めと、カイロ。あとゼリーとホットミルクティー」

 ビニール袋に入ったそれを差し出してくる。
 なんでわざわざこんなもの。

「いりません。持って帰ってください」
「持って帰っても僕は使わないから捨てることになるんだけど」

 ずるい。そんな言い方したら私がもったいないから受け取ると思っている。
 言わないまま持って帰って勝手に捨てたらいいのに。
 なんか嫌だ。受け取りたくない。
 でも、私は手を伸ばしていた。

「ゆっくり休んでね」

 そっと受け取ると、瀬川さんはフッと微笑んだ。

「ありがとうございます……」

 痛み止めは持っているけど、季節的にそろそろカイロが欲しいなと思っていたし今日はまだ何も食べていないから正直ありがたくはある。

 その時、瀬川さんの後ろに人影ができた。
 
「どうして瀬川部長がいるんですか」
「お見舞いに来ただけだよ」

 少し気の立っている氷山くんと、そんな彼を見下ろす瀬川さん。
 なんだか気まずい。

「瀬川さん、ありがとうございました」

 私は背中をそっと押し帰るように促す。
 瀬川さんは「お大事にね」と素直に足を進めるけれど、ふと氷山くんの手元に視線を向ける。

「すみれ、別に風邪とかじゃないから」

 氷山くんに耳打ちするように帰っていった。
 彼の手にはコンビニの袋がぶら下がっている。
 うっすらと見える中身は、冷えペタと風邪薬、スポーツドリンクなどだった。
 そして私が持っている袋にはカイロやミルクティー。

 氷山くんは二つの袋を見比べ、ぎゅっと拳を握った。

「なんか、検討違いのものを持ってきてしまいましたか? でも、どうしてカイロ……?」

 俯く彼に、申し訳なくなる。
 体調不良の原因を言っていない私が悪い。
 
「よかったら上がって?」
「……いいんですか?」
「うん。来てもらったのにすぐ帰すわけにはいかないよ」
「瀬川部長は?」
「瀬川さんは連絡もなく突然来て、これ渡してきただけだから」

 氷山くんはホッとした表情を浮かべると「お邪魔します」と部屋に入ってきた。
 適当に座ってもらい、お茶を入れようとすると止められた。

「何もいらないので、兼森さんも座ってください。なんなら寝ててもらっても」

 気を遣ってくれる氷山くんに申し訳なくなりながら、隣に座った。

「本当、風邪とかじゃないんだ。ちょっとお腹が痛いだけで」
「腹痛、ですか?」
「うん……生理痛、なんだよね。私けっこう重い方で」

 ひどいときは腹痛とそれに吐き気もある。
 痛み止めが効きにくいときもあるし、眠気がひどいこともある。
 けっこう隠しているつもりなんだけど、瀬川さんにバレてしまった。

「そうだったんですね。全然気が付かずにすみません」
「謝ることないよ。私は隠してたわけだし、それに毎月あるものなんだから毎回寝込んでなんていられないしね」
「それでも、やっぱりつらいときは無理したらだめですよ。今後もつらいときは言ってください。俺には何もできないですけど……」
「ありがとう。休んだりはしないけど、生理痛なんて大したことないだろって言われて仕事するのと、気遣ってくれながらするのって気持ち的にも全然違うからありがたいよ」

 病気なわけじゃないのに、仕事に支障がでてしまうことに罪悪感が湧くこともある。
 なんとかやり過ごしているけれど『無理はしないで』その言葉だけで心が落ち着くことは今までも何度もあった。

「それ、まだ温かそうですし飲んだらどうですか? 俺はこっちもらっていいですか」

 氷山くんはテーブルに置いた袋からスポーツドリンクを取り出した。
 そしても瀬川さんが持ってきたほうの袋からミルクティーを取り出し渡してくれる。

「ありがとう」

 氷山くんが持ってきてくれた袋には他にレトルトのお粥やプリン、リンゴなども入っている。
 やっぱり風邪だと思われていたんだなと思いながらミルクティーを飲んだ。

「ストレートティーじゃないんですね」
「え……ああ、うん。お腹痛いときはこれが飲みたくなるんだよね」

 自分でもなぜだかわからないけれど、ミルクのまろやかさが欲しくなるんだよね。

「覚えておきます」
「わざわざ覚えなくてもいいよ?」

 生理のときにミルクティーが飲みたくなるなんて覚えられても恥ずかしい。

「瀬川部長は、はじめから兼森さんが生理痛だってわかってたんですね」
「まあ……営業部でいたときよく一緒に仕事してたからバレちゃうんだよね」
「兼森さんのこと、よく分かってるんですね」
「そんなことは……」

 少し、とげのある言い方だと思った。
 瀬川さんと私が何かあるんだろうということはわかっているはず。
 以前助けてくれたときから何も聞かれていないけど、気にしてはいるのだろうか。
 氷山くんのことは信頼しているし、助けてくれたのに黙っていることが申し訳なくも思える。
 これからもこうして関わっていくならちゃんと私の過去の話をした方がいいのだろうか。

「すみません。失言でした」
「ううん。大丈夫……」

 悩んでいると氷山くんは頭を下げた。
 かなり気を遣わせてしまっている。

「そういえばアパート、本当に会社から近くて驚きました。ずっとここに住んでるんですか?」
「入社した頃は実家から電車で通勤してたんだけど、残業とかでよく終電逃したりして、もういっそのこと徒歩圏内に引っ越そうと思って」
「それで引っ越すなんてさすがの行動力ですね」
「無駄に残業しちゃったり、終電逃した同僚を泊めることになったりしてたけどね」

 当時の仕事中心の生活に拍車をかけてしまったことは否めない。
 だけどそれでいいと思っていた。
 今思えば無茶ばかりしてたな。
 部署が変わった今も便利だから後悔はしていないけど。

「それって、瀬川さん……ですか?」

 氷山くんは言いにくそうに、だけど確信めいたように言った。

「え……なんで……」
「すみません。俺、兼森さんと瀬川さんの噂のこと知ってるんです。黙っていようと思ってたんですけど、兼森さん瀬川部長が帰って来てから困ってるみたいだし、さっきのこともあるし、知ってるって言った方がいろいろと相談しやすいかなって」

 そうなんだ。知ってたんだ。
 でも、いつから知っていたんだろう。
 瀬川さんが帰って来てからなのか、その前からか。
 きっと悩んで考えて、私のために打ち明けてくれたんだろうということはわかる。
 でも、なんだかいたたまれない。
 もっと早くに自分の言葉で打ち明けていた方が、気持ちが楽だったかもしれないと思ってももう遅い。

「そうだったんだ……引いたでしょ」
「そんなことはありません! 兼森さんが仕事に真剣向き合ってること知ってます。公私混同なんてしないことわかってます」

 氷山くんは必死に否定してくれる。
 ほとんど一緒に仕事をしたことはないけど、それでも私のことを理解しようとしてくれる。
 私の、欲しかった言葉をくれる。

「ありがとう。あの頃も、そんなふうに言ってくれる人がいれば何か違ったのかな」
「俺、兼森さんのこと尊敬してますから」
「尊敬だなんて大げさだなあ」
「本当ですよ。今までたくさん助けられてきました。だから、もし困ったこととかつらいことがあったらなんでも言ってください」
「ありがとう。頼りにしてる」

 氷山くんは嬉しそうに「はい」と頷いた。
 そして半分ほど飲んだスポーツドリンクのペットボトルを持って帰っていった。