金曜日の午後、席を外していた総務部長が帰ってくるとすぐ私の名前を呼ぶ。
こういう時はたいてい面倒なことを頼んでくる。
私は覚悟して部長のところへ行った。
「なんでしょうか?」
「兼森くん、明日の販促イベントの手伝いに行ってくれないかな。営業部、人手が足りないみたいで」
え、明日? 急過ぎない?
どうせ暇してるだろうと思って声をかけたんだろう。
たしかに予定なんてないですけど。
あとは、私なら営業部時代に販促イベントの経験があるから。
ここで一番適任だということは否めない。
でも、この週末は家でゆっくり過ごしたかったのに。
月曜日は代休で休んでいいとのとこだし、することがあったわけではないので了承した。
そういえば、氷山くん土曜日は仕事だって言っていたな。
このイベントのことだろうか。
私は氷山くんにイベントの手伝いに行くことになったとメッセージを送った。
するとすぐに返事が返ってきた。
『営業部の不手際で来てもらうことになってすみません。でも一緒に仕事できるの嬉しいです!』
一緒に仕事だなんて大げさだな。
でも、喜んでいる姿を想像すると手伝いに行くのも悪くないなと思った。
そして翌日、イベント会場である駅前の広場についてふと気付いた。
今日、瀬川さんもいたりするのかな。
いたらちょっと気まずい。ずっと避けてるし。
会場の準備をしている営業部の人たちを見回すけれど、瀬川さんらしき人はいないようだった。
するとテントの下で試供品を並べていた氷山くんを見つけた。
近づいていくと、彼も私に気付いたようだった。
「兼森さん! おはようございます。お休みの日なのに来てもらってすみません」
「ううん。予定があったわけじゃないし、仕事だから」
いつものように話をしていると、他の営業部の人たちが少しざわついている。
「今氷山笑ってなかった?」
「うそ、氷の王子が?」
私の前ではいつも素でいるからか、表情が緩んでいたみたいだ。
氷山くんも会話が聞こえたのかスッと仕事モードの表情になった。
その表情の差がなんだか可愛くて、私の顔が緩んでしまう。
「なんか、すみません」
「謝らくていいよ。仕事中だもんね。私は何をやればいい?」
「アンケートの呼び込みをお願いしたいんですけどいいですか?」
「もちろん。任せて」
販促イベントはアンケートに答えてくれた人に、新商品の試供品をプレゼントするというものだ。
今回の試供品はキッチンペーパーやクッキングシートなどのキッチン用品。
アンケート内容はキッチン用品のことだけでなくトイレットペーパーやティッシュなどの家庭紙全般に関する内容まである。
意外と質問数が多くて用紙を見て断られることもよくある。
私は駅前を歩く人たちをよく観察する。
早足で通り過ぎる人。腕を組んで歩くカップル。スーツ姿の男性。
そしてこっちをチラチラと見ている中年の女性……。
「テンダー製紙です。アンケートに答えてくれた方に新商品プレゼントしてます。いかがですか?」
「新商品てなにがもらえるの?」
やっぱり食いつきがいい。
通る人手当たり次第に声をかけるのではなくて、目線で答えてくれそうな人を感じ取る。
久しぶりの呼び込みだけど勘は鈍っていないみたい。
「キッチンペーパーかクッキングシートお選びいただけます。キッチンペーパーは従来のものより油の吸収率がよくてかつ、くっつきにくいように改良されてます。他にもいろいろあるのでみていってください」
テントの所まで誘導すると並んだ商品をじっと見ている。
私はスッとバインダーに挟んだアンケートを差し出した。
女性はアンケートを受け取り、記入を始めた。
質問数は多いけど、〇をつけていくだけなのでそこまで手間ではない。
アンケートに答えて欲しいとうこちらの要望を明確に伝え、その上で相手へのメリットを提示する。
答えてくれる人ならばこれだけで上手く呼び込めるのだ。
女性はアンケートを書き終えると、キッチンペーパーを貰ってかえった。
その後も、こちらに興味がありそうな人、駅前で手持ち無沙汰にしている人、主婦らしき人たちに声をかけた。
他の営業部の人たちも呼び込みに慣れていて、かなりの人数分のアンケートが集まった。
正午を少し過ぎた頃、氷山くんが声をかけてくる。
「兼森さん、そろそろお昼休憩とってください。お弁当とお茶が届いているので後ろのテントで食べてください」
お弁当か。全部食べられるかな。
残すのは悪いし、でも今は食欲がないから完食できそうにない。
誰か多く食べたい人がいるかもしれないし、手を付けない方がいいよね。
「うん。ありがとう……でもお腹すいてないからお茶だけもらうね」
「え? 何も食べなくて大丈夫ですか?」
「朝ごはん食べ過ぎちゃったんだよね」
「そうなんですか。とりあえず、休憩とってくださいね」
本当は朝ごはんもヨーグルト少しと紅茶だけでまともに食べていない。
でも、食べる気分にはならなかった。
お茶だけいただいて、控え用のテントに並んだパイプ椅子に座った。
ふう、と息を吐いてお茶を一口飲む。
久しぶりの販促イベント、嫌いじゃないけどけっこう疲れる。
今日は特にタイミングが悪かった。
仕事だから仕方ないけど。
その時、前のテントが少し騒がしくなる。
「瀬川部長来てくださったんですか?」
「お疲れ様です。どうでしたか?」
瀬川さん?
視線を向けると、スーツケースを持った瀬川さんがいた。
今回は来ないのだと思っていた。
それにどういう状況?
不思議に思っていると、氷山くんが来てこそっと話してくれた。
「瀬川部長、出張に行っていたんですけど早く終わってそのままここに来たみたいです」
「そう、だったんだ……」
出張の帰りなら、普通は直帰するはずなのにわざわざ会場に寄るなんて。
部長になって責任感も増しているのだろうか。
でもさすがにちょっと様子を見に来ただけだよね。
私に気付かないうちに帰って欲しいな。
なんて思いながら様子を伺っていると、瀬川さんと目があった。
まずい、と目を逸らしたときにはもう遅くてこちらに歩いていくる。
「兼森さんお疲れ様」
「お疲れ様、です……」
瀬川さんが私を『兼森さん』と呼ぶときは仕事モードのときだ。
他の営業部の人もいるからそれもそうか。
「急遽手伝いを頼んでごめんね。僕が代わるから兼森さんはもう帰っていいよ」
「え? いや、今日出勤扱いになってますし最後までやります」
月曜日が休みになっているし、こんな半日で帰ったらなんだかズル休みするみたいで嫌だ。
「体調、悪いよね。出勤っていったってイレギュラーなんだから気にすることないよ」
「いや……」
瀬川さん、私が調子悪いことわかったんだ。
顔には出してないつもりだったんだけどな。
「兼森さん、体調悪いんですか?」
氷山くんが焦ったように顔を覗き込んでくる。
別に、そこまで心配されるようなことはない。
「大丈夫だよ」
「だめです。もう随分アンケート集まりましたし、瀬川部長もいてくれるみたいですし、兼森さんは帰ってゆっくり休んでください」
「はい……」
気迫に圧倒され、頷いてしまった。
途中で投げ出すようなことはしたくなかったのに。
「送っていけなくてすみません」
「大したことないし、本当に大丈夫だから」
「後で連絡します」
「わかった。じゃあね」
心配する氷山くんに見送られ、家に帰った。
そんな中、瀬川さんはさっそくアンケートの呼び込みをしていた。
こういう時はたいてい面倒なことを頼んでくる。
私は覚悟して部長のところへ行った。
「なんでしょうか?」
「兼森くん、明日の販促イベントの手伝いに行ってくれないかな。営業部、人手が足りないみたいで」
え、明日? 急過ぎない?
どうせ暇してるだろうと思って声をかけたんだろう。
たしかに予定なんてないですけど。
あとは、私なら営業部時代に販促イベントの経験があるから。
ここで一番適任だということは否めない。
でも、この週末は家でゆっくり過ごしたかったのに。
月曜日は代休で休んでいいとのとこだし、することがあったわけではないので了承した。
そういえば、氷山くん土曜日は仕事だって言っていたな。
このイベントのことだろうか。
私は氷山くんにイベントの手伝いに行くことになったとメッセージを送った。
するとすぐに返事が返ってきた。
『営業部の不手際で来てもらうことになってすみません。でも一緒に仕事できるの嬉しいです!』
一緒に仕事だなんて大げさだな。
でも、喜んでいる姿を想像すると手伝いに行くのも悪くないなと思った。
そして翌日、イベント会場である駅前の広場についてふと気付いた。
今日、瀬川さんもいたりするのかな。
いたらちょっと気まずい。ずっと避けてるし。
会場の準備をしている営業部の人たちを見回すけれど、瀬川さんらしき人はいないようだった。
するとテントの下で試供品を並べていた氷山くんを見つけた。
近づいていくと、彼も私に気付いたようだった。
「兼森さん! おはようございます。お休みの日なのに来てもらってすみません」
「ううん。予定があったわけじゃないし、仕事だから」
いつものように話をしていると、他の営業部の人たちが少しざわついている。
「今氷山笑ってなかった?」
「うそ、氷の王子が?」
私の前ではいつも素でいるからか、表情が緩んでいたみたいだ。
氷山くんも会話が聞こえたのかスッと仕事モードの表情になった。
その表情の差がなんだか可愛くて、私の顔が緩んでしまう。
「なんか、すみません」
「謝らくていいよ。仕事中だもんね。私は何をやればいい?」
「アンケートの呼び込みをお願いしたいんですけどいいですか?」
「もちろん。任せて」
販促イベントはアンケートに答えてくれた人に、新商品の試供品をプレゼントするというものだ。
今回の試供品はキッチンペーパーやクッキングシートなどのキッチン用品。
アンケート内容はキッチン用品のことだけでなくトイレットペーパーやティッシュなどの家庭紙全般に関する内容まである。
意外と質問数が多くて用紙を見て断られることもよくある。
私は駅前を歩く人たちをよく観察する。
早足で通り過ぎる人。腕を組んで歩くカップル。スーツ姿の男性。
そしてこっちをチラチラと見ている中年の女性……。
「テンダー製紙です。アンケートに答えてくれた方に新商品プレゼントしてます。いかがですか?」
「新商品てなにがもらえるの?」
やっぱり食いつきがいい。
通る人手当たり次第に声をかけるのではなくて、目線で答えてくれそうな人を感じ取る。
久しぶりの呼び込みだけど勘は鈍っていないみたい。
「キッチンペーパーかクッキングシートお選びいただけます。キッチンペーパーは従来のものより油の吸収率がよくてかつ、くっつきにくいように改良されてます。他にもいろいろあるのでみていってください」
テントの所まで誘導すると並んだ商品をじっと見ている。
私はスッとバインダーに挟んだアンケートを差し出した。
女性はアンケートを受け取り、記入を始めた。
質問数は多いけど、〇をつけていくだけなのでそこまで手間ではない。
アンケートに答えて欲しいとうこちらの要望を明確に伝え、その上で相手へのメリットを提示する。
答えてくれる人ならばこれだけで上手く呼び込めるのだ。
女性はアンケートを書き終えると、キッチンペーパーを貰ってかえった。
その後も、こちらに興味がありそうな人、駅前で手持ち無沙汰にしている人、主婦らしき人たちに声をかけた。
他の営業部の人たちも呼び込みに慣れていて、かなりの人数分のアンケートが集まった。
正午を少し過ぎた頃、氷山くんが声をかけてくる。
「兼森さん、そろそろお昼休憩とってください。お弁当とお茶が届いているので後ろのテントで食べてください」
お弁当か。全部食べられるかな。
残すのは悪いし、でも今は食欲がないから完食できそうにない。
誰か多く食べたい人がいるかもしれないし、手を付けない方がいいよね。
「うん。ありがとう……でもお腹すいてないからお茶だけもらうね」
「え? 何も食べなくて大丈夫ですか?」
「朝ごはん食べ過ぎちゃったんだよね」
「そうなんですか。とりあえず、休憩とってくださいね」
本当は朝ごはんもヨーグルト少しと紅茶だけでまともに食べていない。
でも、食べる気分にはならなかった。
お茶だけいただいて、控え用のテントに並んだパイプ椅子に座った。
ふう、と息を吐いてお茶を一口飲む。
久しぶりの販促イベント、嫌いじゃないけどけっこう疲れる。
今日は特にタイミングが悪かった。
仕事だから仕方ないけど。
その時、前のテントが少し騒がしくなる。
「瀬川部長来てくださったんですか?」
「お疲れ様です。どうでしたか?」
瀬川さん?
視線を向けると、スーツケースを持った瀬川さんがいた。
今回は来ないのだと思っていた。
それにどういう状況?
不思議に思っていると、氷山くんが来てこそっと話してくれた。
「瀬川部長、出張に行っていたんですけど早く終わってそのままここに来たみたいです」
「そう、だったんだ……」
出張の帰りなら、普通は直帰するはずなのにわざわざ会場に寄るなんて。
部長になって責任感も増しているのだろうか。
でもさすがにちょっと様子を見に来ただけだよね。
私に気付かないうちに帰って欲しいな。
なんて思いながら様子を伺っていると、瀬川さんと目があった。
まずい、と目を逸らしたときにはもう遅くてこちらに歩いていくる。
「兼森さんお疲れ様」
「お疲れ様、です……」
瀬川さんが私を『兼森さん』と呼ぶときは仕事モードのときだ。
他の営業部の人もいるからそれもそうか。
「急遽手伝いを頼んでごめんね。僕が代わるから兼森さんはもう帰っていいよ」
「え? いや、今日出勤扱いになってますし最後までやります」
月曜日が休みになっているし、こんな半日で帰ったらなんだかズル休みするみたいで嫌だ。
「体調、悪いよね。出勤っていったってイレギュラーなんだから気にすることないよ」
「いや……」
瀬川さん、私が調子悪いことわかったんだ。
顔には出してないつもりだったんだけどな。
「兼森さん、体調悪いんですか?」
氷山くんが焦ったように顔を覗き込んでくる。
別に、そこまで心配されるようなことはない。
「大丈夫だよ」
「だめです。もう随分アンケート集まりましたし、瀬川部長もいてくれるみたいですし、兼森さんは帰ってゆっくり休んでください」
「はい……」
気迫に圧倒され、頷いてしまった。
途中で投げ出すようなことはしたくなかったのに。
「送っていけなくてすみません」
「大したことないし、本当に大丈夫だから」
「後で連絡します」
「わかった。じゃあね」
心配する氷山くんに見送られ、家に帰った。
そんな中、瀬川さんはさっそくアンケートの呼び込みをしていた。



