シトラスの魔法が解けるまで

​「……すみません、遅れました」
​聞き慣れた、少し低い声。
バスのステップを上がってきたのは、白いTシャツに藍色のパーカーを羽織った、瀬戸だった。
​彼は周囲の視線を避けるように、足早に空いている席を探した。
そして、通路を歩いてきた彼と、目が合った。
鼻の奥をくすぐる、あの懐かしくて優しいシトラスの香り。

​彼は私の二つ前の席にドサリと座り、気まずそうに窓の外を向いた。
PVはいつの間にか430を超えている。
「藍色に染まるのは、布だけじゃないかもしれない」
走り出したバスの振動に合わせて、私の心臓は今までで一番大きな音を立てていた。
​『結愛ちゃんの言葉は、嘘じゃなかったのかもしれない。でも、彼は今日、ここに来た。

シトラスの香りは、春の指宿の風に乗って、私の不安を鮮やかな藍色に塗り替えていった。』