シトラスの魔法が解けるまで

真柴くんと別れたあと、私は一人、図書室の隅にある「季節のコーナー」に立ち寄った。
そこには、受験生や卒業生たちの願いを募る、紙製の絵馬を書くスペースがある。
​色とりどりの紙の中から、私は迷わず水色を手に取った。
彼が部活で使っているラケットと同じ、鮮やかなマリン・ブルー。
本当なら、本人に直接言いたかったことが、今は喉の奥に固形物のように詰まっている。
​(……寂しいよ、瀬戸)
​逃げていく彼の背中を思い出して、視界がじわりと滲む。
でも、私はペンを握りしめた。
ここで泣いて諦めたら、本当に全部が終わってしまう気がしたから。
​『仲直りする勇気が、私に出ますように。』
​震える手で書いた文字は、少しだけ歪んでいたけれど。
水色の紙に刻まれたその願いは、今の私にできる精一杯の「けじめ」だった。
​壁に揺れるたくさんの絵馬の中に、私の水色が混ざる。
彼には届かないかもしれない。でも、この水色が、いつか私を彼の前まで連れて行ってくれると信じたい。
​『シトラスの香りは、涙で少しだけ味が変わった。
けれど、水色の絵馬に託した願いだけは、夕暮れの図書室で静かに輝き続けていた。』