抱きしめていたはずのものが消えた感覚に、少しずつ目を開けた。
違和感を覚えたのは、咲菜の香りが薄くなっていたからだった。
「咲菜?」
呼びかけても返事はない。
咲菜の桜は、数分前に咲いたのだから。
「ねぇ、咲菜?起きて」
何度も何度も肩を揺らすが、人形のように脱力したままの咲菜は目を開けることはない。
そうしているといつの間にか自分の視界がぼやけていく。
――先に行ってしまった。
先に死んでしまった。
まだ未来の話をしていたかった。
きっと明日もあると信じていたかった。
未だ大好きな温もりが感じられる咲菜を、ぎゅっと抱きしめる。
そのままいろいろな場所に唇を落とした。
頬に。こめかみに。唇に。
恥ずかしさよりも、愛おしさが大きかった。
心臓が今までにないほどトクトクと早くなっているのが分かる。
すると、桜の匂いが漂い始めた。
奏斗はそのことに心からの笑みを浮かべた。
咲菜を置いて未来へ行くことも、咲菜を置いて死ぬこともどちらもしないと。
「⋯⋯咲菜」
体の感覚が消えていく。存在がわからなくなる。
一筋の涙が頬を伝って、咲菜の額を濡らしていく。
「大好き⋯⋯ずっと、ずっと愛してるよ」
それが、世界で一番愛した人への最期の言葉だった。

