私、間中未央。中学一年生。
いま、人生で一、二を争うピンチの真っただ中。
何が起きてるのかって?
それは……
「ここ、どこ〜!?」
……絶賛迷子中なこと、デス。
自慢じゃないけど、私は自他ともに認める方向オンチ。
地図とにらめっこして、よし、こっちだ! って進み出す。
自信を持ってずんずん進んでいくけれど、実はこれが正反対でして。
引き返してきた他のみんなに、あわてて回収されることなんて、何度あったか覚えてないくらい。
ほら、自分の行きたい方向と地図って、一致してないことが多いでしょ?
だから、合わせようと地図をぐるぐる回してみるんだけど、そうするとここで難問が降ってくる。
書いてある文字が、逆さになってて読めないっ!
ぐにゅんって体をひねって読もうとしても、残念なことにうまくいかない。
こういう時だけ、ろくろ首になれないかなーって思う。ずっとはイヤだけど。
ま、私は人間なので、文字が読めるように地図の向きを直す。だけど、そうすると現実と地図がそっぽを向いて大げんか。
……そんなこんなで、初めての場所では必ず迷子になると決まっているのだ!
エラそうに言うなって?
私だってこんなのエラくないってわかってるけど、ここまで来ると堂々と胸を張って旗でも振りたくなるのだ。
「やあやあ我こそは、間中未央! 迷子のエキスパート、間中未央、ここにあり!
頭が高い、控えおろ〜う!」
……なんちゃって。
「って、現実逃避してる場合じゃなかった!」
がばっと地図を開き直す。
きょろきょろと辺りを見渡した。
私はいま、風見市駅のロータリーにいる。
ロータリーの真ん中には、季節の花が咲く花壇。
電車が到着するたびに人がたくさんホームへ降りてきて、あちらこちらへと目的地に向かっていく。
いいなあ。みんな、行きたい場所に行けて。
私もこの波に乗ればたどり着けるかな……なんて妄想してみるけど、前にそれをやったら、全っ然知らないところでひとりぼっちになったから、二度とやらないと決めている。
めざせ、流されない自分。
ふふ、数々の迷子エピソードを乗り越えて、私も成長したってものよ……
じーんと成長を噛みしめて、もう一度地図を見る。
……うん、わからない。
ここ、どこ?
ここがロータリーなのはわかる。
でも、ここからどっちの道を進めばいいか、さっぱりだ。
ええと、そもそも私、どこへ行くつもりなんだっけ?
話を少しさかのぼる。
そうそう。私はお父さんの仕事の都合で、この風見市に引越しをしてきたのだ。
そして今日は、新学期が始まる前に学校へのあいさつをするために、ひとりでここまでやってきた。
本当は、お父さんが付き添ってくれる予定だった。
な、の、に! 急に外せない仕事が入ったからって、ほっぽらかされたのだ!
お仕事が大事なのはわかるけど、ひとり娘の一大事なんだから、ちょっとは気にしてほしい。
一方、お母さんは、引越しに関わるいろんな書類の提出とかで、市役所とかいろいろ周らないといけないらしい。
うーん、それはそれで大変そうだ。しょうがないと思う。
市役所の用事が終わったら、タクシーかっ飛ばして来るから――って拝まれたし。
私だって、それ以上わがままは言えない。
……ほんとは寂しいけど。
それにとっても不安だけど。
でも、そこはぐっと飲み込んだ。
「うん、わかった。なんとかやってみる」
そう答えたら、お母さんは私のスマホに地図アプリを入れてくれた。お母さんのスマホと位置情報も共有できるらしい。
これなら絶対、大丈夫!
初めての場所だってへっちゃらよ!
私だって中学生になったんだし、そろそろ親離れしなきゃだよね。
そんな強気なノリで、行ってきますと家を出たのが今朝の話。
目的地の風見中学校は、風見市駅のロータリーから徒歩10分だ。
つまり、ここから10分歩けば華麗に到着! と、なるはずなのだけど。
……かるーく20分は、ここでうんうん唸ってる気がする……
あらかじめ、風見中学校の住所は地図アプリに登録してある。
それを見ると、道順は赤く塗られていて、この通りに進めば着くはずなのだ。
……なのに!
「一歩目がどっちなのか、全然わかんないよお」
ロータリーから伸びる道路は左右に一本ずつ。
どちらかは正解で、どちらかは不正解。
ここまでは合ってる! はず。
問題は、この赤い道が左右どちらを示しているのか、だ。
この地図の通りに見るなら右?
でも、地図ではロータリーの後ろに線路が書いてあるけど、この景色だと私の前に線路があるんだよね……
ってことは左?
「北へ100m、直進」
アプリの表記をもう一度読む。
アプリの中では、人のマークが赤い道へ向けて歩きだそうとしている。
私はどっちに行けばいいかわからないのに!
北ってどっち?
お日さまが昇るのは東、沈むのは西。
そんなのわかってる。
じゃあ、北は? ついでに南は?
ぱっと空を見あげてみる。
花壇の真ん中に建っている、細くて背の高いモニュメントが見えた。登り棒みたい。
そのてっぺんには、それぞればらばらな方へ向かう、カラフルに色分けされた4つの矢印と、なぜかニワトリ。
「……ニワトリって飛べないよね。なんで上にあるんだろ」
だめだ、いろんなことが全然わかんない。
「そうか、自分がわからない時は大人の人に聞いてみれば……って、いないし!」
ラッシュがひと段落ついたのか、さっきまでにぎやかだったロータリーはしーんと静まり返っていた。
「え、駅員さんなら!」
くるりと振り向いて駅の階段を駆け上がる。
だけど、駅員室と書かれた窓にはカーテンがかけられていて、人の気配がしない。
貼り紙には「当駅はリモート対応のみとなります。ご用の方はインターフォンを押してください」と書いてある。
隣には受話器が置いてあるだけだ。
うっ、ハードル高い。
それに、どっちに行けばいいですか?と駅員さんに聞けたとしても、アプリと同じ説明をされたら、結局ふりだしに戻ってしまう。
「こ、このままじゃ永遠に学校に着けないかも……」
考えないようにしていた最悪の事態が迫ってきた。
ぶるっと体が震える。
ここで待ってたらお母さん来ないかな?
そんな甘っちょろいことを考えてみたけど、大事なことを思い出す。
お母さん、市役所からタクシー飛ばしてくるって言ってた。
つまり、電車を使わない。
ってことは、永遠に会えない……ってこと!?
「…………そ、そんなのやだあああっ!!」
もうダメだ!
パニックになって駅の階段を駆け下りる。
涙がにじんでるせいで、階段がうまく見えない。
なのに足は止まらなくて、でも段差はぼやけて――
「あっ!」
あと数段、のところで足が空を蹴った。
しまった!
踏み外したんだ。
一瞬、ふわりと体が浮かぶ。
でも、次の瞬間、ジェットコースターみたいに、ずどんと視界が真っ暗になった。
どうしよう。
引越しそうそう、階段から落ちるなんてツイてない。
けがして入学手続きが遅れて、クラスになかなかなじめなかったら最悪だ。
「……ねえ」
迷ってパニックになって階段から落ちた、なんて恥ずかしくてお父さんとお母さんには言えないよ。
「ねえってば」
あれ、そういえば私、階段から落ちたんだよね?
なのに地面は冷たくないし固くないし……むしろなんだか、やわらかい?
そうだ、そもそもどこも痛くない!?
「そろそろ、どいてくれると嬉しいんだけど」
真下から男の子の声がした。
固くつぶっていた目を開ける。
「あ、やっと起きた」
「っえ!?」
がばっと体を起こす。
私を見あげているのは、不機嫌そうな男の子。
黒い前髪がさらりと揺れて、きりりとした瞳と目が合った。
星空みたいな、キラキラした瞳。
どこかで会ったことがあるような、ないような――
「いつまで俺をクッション代わりにするつもり?」
はあ、とため息混じりに言われて、ハッと気がついた。
わ、私……この子を下敷きにしちゃってる!?
「わ、わわ」
下りなきゃ!
慌てて体をずらそうとするけれど、パニックの上にパニックが重なって、動けない。
パンケーキの三段重ねレベルの驚きだ。
それでも腕を突っ張って飛び跳ねようとするけれど――勢い余って、後ろにそっくり返る。
「きゃあ!」
「危ない!」
バランスをとろうと、ぶんぶん回した腕はとことん空振った。
だけど最後のひと振りは、しっかりキャッチされたみたい。
ぐいっと腕を引き寄せられて、背中が反る。
さっきとは逆に、男の子を見上げる体勢だ。
「ふらふら揺れて危なっかしすぎ。まるで風見鶏だ」
風見鶏?
ってなんだろう。
ここは風見市……だよね。鳥はいないよ?
「あ……ありがとう、助けてくれて」
「別に。わんわん泣きながら空から落ちてきたから、墜落するニワトリかと思っただけ」
「んなっ……!」
泣いてたの見られてた!
っていうか人を鳥に例えるってどういうセンスしてるわけ!?
慌てて目をゴシゴシこする。
泣いてたなんて無かったことにしないと!
「ねえ、いつまでそこに座ってんの」
上から声が降ってくると思ったら、もう彼は立ち上がっていた。ズボンについたホコリをぱんぱんと手で払っている。
「わ、悪かったわね。今立つもん」
よいしょ、と立ち上がろうとしたけど……あれ?
「ひ、膝に力が入らない?」
そこで、はあーという深いため息が聞こえた。
うっ、聞こえてるってわかっててやってるな。これ。
「手」
「手?」
見上げると、手が差し出されていた。
掴まれ、ということだろうか。
ちょっとためらって、ポケットから引っ張り出したタオルハンカチで手を拭く。
それから男の子の手を掴んだ。
「わ……っ」
ぐい、と強い力で引っ張り上げられる。
ふわりと体が浮いたようだった。
さっき、あんなに立ち上がれなかったのが嘘みたいに、地に足が着いた。
初めて同じ高さで目線があう。
この子、同い年くらいなのかな?
「……私、間中未央。あなたは?」
男の子は、ちょっとびっくりしたように目を丸くする。けれどすぐに眉間に力を入れて、不敵に笑った。
「北斗柊」
その時、さあっと冷たい風が吹いた。
髪を押さえながらその風の行く先を見てみると、ロータリーにあったニワトリのモニュメントがくるくる回っている。
やがてそれは、4つある矢印のうち、黒く塗られた矢印を向いて止まった。
「担当は北。寒いってイメージあるだろうけど、この風見市にはハイキングにぴったりな山もあるから、行ってみたらいいと思う」
担当?
北の担当って、どういうこと?
さっきの仏頂面はどこへやら、いきなりフレンドリーになった彼……北斗くん? に面食らう。観光スポットまで教えてくれるなんて、どういう心境の変化なんだろう。
ぱちぱちと瞬きをしている私に、「ああ、でも」と北斗くんは顎に手をやった。
「階段から落ちるくらいどんくさいなら、まずはふもとの散歩コースからかもね」
「……!」
前言撤回。
全っ然フレンドリーじゃなかった!
ドヤ顔でニヤリと笑った北斗くんに、なんて言い返せばいいかわからない。
冷たい風がぴゅう、と私たちの間を駆け抜けていったけど――顔が熱いせいで、寒さなんて、全然感じなかった。
「あ、あのね北斗くん。初対面の人にそれってとっても失礼なんだから」
「それで?」
「へ?」
「へ、じゃなくてさ。どっか行くとこあるんでしょ。どこ?」
さらっと話題を変えられて、ムッとしていた気持ちごと風にさらわれてしまう。
どこ? って聞かれてすぐに答えが出てこないなんて……。
私ったら、会話の中でも方向オンチになっちゃった!?
「ええと……か、風見中学校。そう。風見中。私、最近引っ越してきたの。今日は先生たちにあいさつにいかなきゃいけなくて」
しゃべっているうちに、ようやく頭が回り出す。
そうだ、迷うことを前提にして早めに家を出てきたけど、このままじゃ約束の時間に遅れちゃう!
「あっそ」
聞いてきたくせに、薄い返事をした北斗くんは、腕時計をちらりと見た。
アナログの、黒い腕時計だ。
「アポ、何時?」
「あほ!?」
なんですってえ!?
一瞬で髪を逆立てて肩を怒らせる。
失礼に失礼の二段重ねなんて、おせち料理のお重箱かいっ!
今にもシャーっと飛びかかりそうな私を見て、ちょっと引いた北斗くんは両手をひらりと挙げた。降参のポーズだ。
「違う違う、アポ。アポイントメント。つまり約束の時間」
「それなら最初っからそう言ってよね。10時だけど」
「10時……」
もう一度腕時計を見た北斗くんは、少し顔を引きつらせた。
「のんびりしたこと言ってられないな」
「えっ」
そういえば、地図ばっかり見てて時間見てなかった。そんなにヤバそう?
私がスマホを見ようとすると、北斗くんにがしっと手を掴まれた。
「スマホしまって。走ったら落とす。1秒でもロスが惜しい」
「え、えっ」
真顔で言われて、思わずスマホをリュックにしまう。
チャックが締まる音を聞いたとたん、北斗くんは私の手を強く引いた。
「走るよ!」
「わあ!」
引っ張られたまま駅の階段を駆け上がる。
「わ、わかるの? ここから北だよ」
「だから北口から行くんだろ。だいたい南口で何してんのさ」
「えええっ!?」
登り終えて、さっきも見た改札に戻ってくる。北斗くんが上を指さした。
駅の案内板だ。
目の前に見えているのは……「北口」の文字だった。
「そ、そんなああ!」
嘘でしょ!
最初っから答えがあったなんて!
そして、それに気づかなかったなんて!
北ってどっち、を繰り返していた私のあの時間はいったい……!
「北口なんだから、駅から見て北側に作るでしょ」
「そ、ソウデスネー……」
その看板を横目に、北斗くんに連れられて向かい側の階段を降りていく。ちょうど電車が着いたタイミングだったらしく、改札を抜けた人達で賑やかになってきた。
「すみません、通して……っ」
手を繋いでいるのに引き離されそうになる。
そのうち、誰かの荷物が割り込んできて……
「あ、っ」
ぱっ、と北斗くんと手が離れた。
どうしよう!
ここで北斗くんを見失ったら、ほんとにたどり着けなくなっちゃう!
最悪の想像で頭が真っ白になる。
さっと血の気が引いて、手が冷たくなって――
「ったく、ほんと危なっかしいやつ」
だけど、一瞬で顔が熱くなった。
北斗くんが、手を繋ぎ直してくれた。
そのままふたりで階段を降り切る。
「どっか痛いとこある?」
「ない」
ぶんぶんと首を横に振る。
「そ。じゃあ行くよ」
そう言って、北斗くんはしっかりと手を繋ぎ直した。
「わっ」
「なに」
「そ、その、手っ」
「離したら迷うだろ」
北斗くんは何も気にしてないようだ。私だけが意識してるみたいで恥ずかしい。
ぐいっと引っ張られて北口から出る。
ここにもロータリーがあって、確かにアプリの地図が言ってることは合っていた。
風見市駅ロータリーから北へ徒歩10分。
北斗くんに連れられて、信号を渡ったりコンビニの角を曲がったりしてようやく――
「つ、ついた……」
風見中学校、存在してた……!
どおん、と重厚な校舎が校門の向こうにそびえ立っている。学校を見てこんなに嬉しくなるのも初めてかもしれない。
だけど、息が……苦しい……!
体育の授業以外で全力疾走しない私には、結構キツかった……! しかも長距離。
よく転ばずに走れた。えらすぎる、自分。
顔が熱い。耳のあたりで心臓がドクドクいってる。
ぜえはあと膝に手をついて息を整える私の隣で、北斗くんは涼しい顔して腕時計を見ていた。
「ほ、ほく、北斗くん……いま、何時」
「約束の時間、5分前」
「ふわあ」
驚きと喜びと疲れが全部混じった声しか出なかった。
ありがとうって言いたいのに、心臓が体から脱走しそうでそれどころじゃない。
「じゃ、次は校内ツアーだね」
「い、いやいやいや、職員室くらい自分で行けるから……それに北斗くんだって、予定があるでしょ? 付き合わせちゃってごめんね」
深呼吸を繰り返していたら、ようやく言葉が交わせるようになってきた。
「何言ってんのさ。あんたを案内するのが俺の予定」
よいしょ、と顔を上げるタイミングでそう言われて、ぽかんと口を開けて固まった。
そこに数人の男の子たちの声が聞こえてくる。
「おーい、北斗! 腕章、忘れてるぞ。まったく、気をつけたまえよ」
「北斗くん……いつもひとりで行動するの、かっこいいけど……ちょっと……困ります……」
「ははっ、でも、ちゃあんと仕事はこなしてる。そこが北斗のすごいところだよなあ」
ぶんっと何かが風を切る音。
青空の下で逆光になって、よく見えない。
けれどそれは、吸い込まれるように北斗くんの手元に落ちてくる。
「サンキュ」
ぱしっと乾いた音を立てて、北斗くんは見事にキャッチした。
す、すごい。私だったらオーライって言いながら落とすに違いない。
「それ、なあに?」
「ん」
北斗くんは、私に見せるように、くるりと広げてから腕に巻いた。
黄色い布に黒い糸で何かが刺繍されている。腕章だった。
「東西南北……?」
見間違いでなければ、そう書いてある。
普通、こういうのって当番とか委員会とか、そういうのが書いてあるよね?
「そ。改めて、ようこそ風見中学校へ。転校生の間中未央さん。風見市羅針盤隊――いわゆる生徒会が歓迎するよ」
改まった口調と聞きなれない名前に、目をぱちくりさせる。
すると、さっき北斗くんに腕章を投げた男の子たちが合流してきた。
「おや、彼女が転校生だね。お初にお目にかかる! 僕は東朝日。見ての通り生徒会長さっ」
青いフレームの眼鏡をきらりと輝かせたのは、ハツラツとした男の子。
「ボ、ボクは……西園寺夕輝……よろしく、です」
消え入りそうな声でお辞儀をした、儚げな子がそれに続く。
「はっはっはあ! 夕輝のやつ、初対面だから緊張してるな? 俺は南雲飛鳥。仲良くやろうぜ」
豪快に笑い飛ばした男の子は、これまた制服を豪快に着崩している。
「風見中の東西南北が揃い踏み、か。これは、目が回ること間違いなしだね」
クールにそう言ってのけた北斗くんが、口の端をにっとつり上げて笑った。
東西南北?
羅針盤?
もう今から目が回りそうなんですけど〜!?
いま、人生で一、二を争うピンチの真っただ中。
何が起きてるのかって?
それは……
「ここ、どこ〜!?」
……絶賛迷子中なこと、デス。
自慢じゃないけど、私は自他ともに認める方向オンチ。
地図とにらめっこして、よし、こっちだ! って進み出す。
自信を持ってずんずん進んでいくけれど、実はこれが正反対でして。
引き返してきた他のみんなに、あわてて回収されることなんて、何度あったか覚えてないくらい。
ほら、自分の行きたい方向と地図って、一致してないことが多いでしょ?
だから、合わせようと地図をぐるぐる回してみるんだけど、そうするとここで難問が降ってくる。
書いてある文字が、逆さになってて読めないっ!
ぐにゅんって体をひねって読もうとしても、残念なことにうまくいかない。
こういう時だけ、ろくろ首になれないかなーって思う。ずっとはイヤだけど。
ま、私は人間なので、文字が読めるように地図の向きを直す。だけど、そうすると現実と地図がそっぽを向いて大げんか。
……そんなこんなで、初めての場所では必ず迷子になると決まっているのだ!
エラそうに言うなって?
私だってこんなのエラくないってわかってるけど、ここまで来ると堂々と胸を張って旗でも振りたくなるのだ。
「やあやあ我こそは、間中未央! 迷子のエキスパート、間中未央、ここにあり!
頭が高い、控えおろ〜う!」
……なんちゃって。
「って、現実逃避してる場合じゃなかった!」
がばっと地図を開き直す。
きょろきょろと辺りを見渡した。
私はいま、風見市駅のロータリーにいる。
ロータリーの真ん中には、季節の花が咲く花壇。
電車が到着するたびに人がたくさんホームへ降りてきて、あちらこちらへと目的地に向かっていく。
いいなあ。みんな、行きたい場所に行けて。
私もこの波に乗ればたどり着けるかな……なんて妄想してみるけど、前にそれをやったら、全っ然知らないところでひとりぼっちになったから、二度とやらないと決めている。
めざせ、流されない自分。
ふふ、数々の迷子エピソードを乗り越えて、私も成長したってものよ……
じーんと成長を噛みしめて、もう一度地図を見る。
……うん、わからない。
ここ、どこ?
ここがロータリーなのはわかる。
でも、ここからどっちの道を進めばいいか、さっぱりだ。
ええと、そもそも私、どこへ行くつもりなんだっけ?
話を少しさかのぼる。
そうそう。私はお父さんの仕事の都合で、この風見市に引越しをしてきたのだ。
そして今日は、新学期が始まる前に学校へのあいさつをするために、ひとりでここまでやってきた。
本当は、お父さんが付き添ってくれる予定だった。
な、の、に! 急に外せない仕事が入ったからって、ほっぽらかされたのだ!
お仕事が大事なのはわかるけど、ひとり娘の一大事なんだから、ちょっとは気にしてほしい。
一方、お母さんは、引越しに関わるいろんな書類の提出とかで、市役所とかいろいろ周らないといけないらしい。
うーん、それはそれで大変そうだ。しょうがないと思う。
市役所の用事が終わったら、タクシーかっ飛ばして来るから――って拝まれたし。
私だって、それ以上わがままは言えない。
……ほんとは寂しいけど。
それにとっても不安だけど。
でも、そこはぐっと飲み込んだ。
「うん、わかった。なんとかやってみる」
そう答えたら、お母さんは私のスマホに地図アプリを入れてくれた。お母さんのスマホと位置情報も共有できるらしい。
これなら絶対、大丈夫!
初めての場所だってへっちゃらよ!
私だって中学生になったんだし、そろそろ親離れしなきゃだよね。
そんな強気なノリで、行ってきますと家を出たのが今朝の話。
目的地の風見中学校は、風見市駅のロータリーから徒歩10分だ。
つまり、ここから10分歩けば華麗に到着! と、なるはずなのだけど。
……かるーく20分は、ここでうんうん唸ってる気がする……
あらかじめ、風見中学校の住所は地図アプリに登録してある。
それを見ると、道順は赤く塗られていて、この通りに進めば着くはずなのだ。
……なのに!
「一歩目がどっちなのか、全然わかんないよお」
ロータリーから伸びる道路は左右に一本ずつ。
どちらかは正解で、どちらかは不正解。
ここまでは合ってる! はず。
問題は、この赤い道が左右どちらを示しているのか、だ。
この地図の通りに見るなら右?
でも、地図ではロータリーの後ろに線路が書いてあるけど、この景色だと私の前に線路があるんだよね……
ってことは左?
「北へ100m、直進」
アプリの表記をもう一度読む。
アプリの中では、人のマークが赤い道へ向けて歩きだそうとしている。
私はどっちに行けばいいかわからないのに!
北ってどっち?
お日さまが昇るのは東、沈むのは西。
そんなのわかってる。
じゃあ、北は? ついでに南は?
ぱっと空を見あげてみる。
花壇の真ん中に建っている、細くて背の高いモニュメントが見えた。登り棒みたい。
そのてっぺんには、それぞればらばらな方へ向かう、カラフルに色分けされた4つの矢印と、なぜかニワトリ。
「……ニワトリって飛べないよね。なんで上にあるんだろ」
だめだ、いろんなことが全然わかんない。
「そうか、自分がわからない時は大人の人に聞いてみれば……って、いないし!」
ラッシュがひと段落ついたのか、さっきまでにぎやかだったロータリーはしーんと静まり返っていた。
「え、駅員さんなら!」
くるりと振り向いて駅の階段を駆け上がる。
だけど、駅員室と書かれた窓にはカーテンがかけられていて、人の気配がしない。
貼り紙には「当駅はリモート対応のみとなります。ご用の方はインターフォンを押してください」と書いてある。
隣には受話器が置いてあるだけだ。
うっ、ハードル高い。
それに、どっちに行けばいいですか?と駅員さんに聞けたとしても、アプリと同じ説明をされたら、結局ふりだしに戻ってしまう。
「こ、このままじゃ永遠に学校に着けないかも……」
考えないようにしていた最悪の事態が迫ってきた。
ぶるっと体が震える。
ここで待ってたらお母さん来ないかな?
そんな甘っちょろいことを考えてみたけど、大事なことを思い出す。
お母さん、市役所からタクシー飛ばしてくるって言ってた。
つまり、電車を使わない。
ってことは、永遠に会えない……ってこと!?
「…………そ、そんなのやだあああっ!!」
もうダメだ!
パニックになって駅の階段を駆け下りる。
涙がにじんでるせいで、階段がうまく見えない。
なのに足は止まらなくて、でも段差はぼやけて――
「あっ!」
あと数段、のところで足が空を蹴った。
しまった!
踏み外したんだ。
一瞬、ふわりと体が浮かぶ。
でも、次の瞬間、ジェットコースターみたいに、ずどんと視界が真っ暗になった。
どうしよう。
引越しそうそう、階段から落ちるなんてツイてない。
けがして入学手続きが遅れて、クラスになかなかなじめなかったら最悪だ。
「……ねえ」
迷ってパニックになって階段から落ちた、なんて恥ずかしくてお父さんとお母さんには言えないよ。
「ねえってば」
あれ、そういえば私、階段から落ちたんだよね?
なのに地面は冷たくないし固くないし……むしろなんだか、やわらかい?
そうだ、そもそもどこも痛くない!?
「そろそろ、どいてくれると嬉しいんだけど」
真下から男の子の声がした。
固くつぶっていた目を開ける。
「あ、やっと起きた」
「っえ!?」
がばっと体を起こす。
私を見あげているのは、不機嫌そうな男の子。
黒い前髪がさらりと揺れて、きりりとした瞳と目が合った。
星空みたいな、キラキラした瞳。
どこかで会ったことがあるような、ないような――
「いつまで俺をクッション代わりにするつもり?」
はあ、とため息混じりに言われて、ハッと気がついた。
わ、私……この子を下敷きにしちゃってる!?
「わ、わわ」
下りなきゃ!
慌てて体をずらそうとするけれど、パニックの上にパニックが重なって、動けない。
パンケーキの三段重ねレベルの驚きだ。
それでも腕を突っ張って飛び跳ねようとするけれど――勢い余って、後ろにそっくり返る。
「きゃあ!」
「危ない!」
バランスをとろうと、ぶんぶん回した腕はとことん空振った。
だけど最後のひと振りは、しっかりキャッチされたみたい。
ぐいっと腕を引き寄せられて、背中が反る。
さっきとは逆に、男の子を見上げる体勢だ。
「ふらふら揺れて危なっかしすぎ。まるで風見鶏だ」
風見鶏?
ってなんだろう。
ここは風見市……だよね。鳥はいないよ?
「あ……ありがとう、助けてくれて」
「別に。わんわん泣きながら空から落ちてきたから、墜落するニワトリかと思っただけ」
「んなっ……!」
泣いてたの見られてた!
っていうか人を鳥に例えるってどういうセンスしてるわけ!?
慌てて目をゴシゴシこする。
泣いてたなんて無かったことにしないと!
「ねえ、いつまでそこに座ってんの」
上から声が降ってくると思ったら、もう彼は立ち上がっていた。ズボンについたホコリをぱんぱんと手で払っている。
「わ、悪かったわね。今立つもん」
よいしょ、と立ち上がろうとしたけど……あれ?
「ひ、膝に力が入らない?」
そこで、はあーという深いため息が聞こえた。
うっ、聞こえてるってわかっててやってるな。これ。
「手」
「手?」
見上げると、手が差し出されていた。
掴まれ、ということだろうか。
ちょっとためらって、ポケットから引っ張り出したタオルハンカチで手を拭く。
それから男の子の手を掴んだ。
「わ……っ」
ぐい、と強い力で引っ張り上げられる。
ふわりと体が浮いたようだった。
さっき、あんなに立ち上がれなかったのが嘘みたいに、地に足が着いた。
初めて同じ高さで目線があう。
この子、同い年くらいなのかな?
「……私、間中未央。あなたは?」
男の子は、ちょっとびっくりしたように目を丸くする。けれどすぐに眉間に力を入れて、不敵に笑った。
「北斗柊」
その時、さあっと冷たい風が吹いた。
髪を押さえながらその風の行く先を見てみると、ロータリーにあったニワトリのモニュメントがくるくる回っている。
やがてそれは、4つある矢印のうち、黒く塗られた矢印を向いて止まった。
「担当は北。寒いってイメージあるだろうけど、この風見市にはハイキングにぴったりな山もあるから、行ってみたらいいと思う」
担当?
北の担当って、どういうこと?
さっきの仏頂面はどこへやら、いきなりフレンドリーになった彼……北斗くん? に面食らう。観光スポットまで教えてくれるなんて、どういう心境の変化なんだろう。
ぱちぱちと瞬きをしている私に、「ああ、でも」と北斗くんは顎に手をやった。
「階段から落ちるくらいどんくさいなら、まずはふもとの散歩コースからかもね」
「……!」
前言撤回。
全っ然フレンドリーじゃなかった!
ドヤ顔でニヤリと笑った北斗くんに、なんて言い返せばいいかわからない。
冷たい風がぴゅう、と私たちの間を駆け抜けていったけど――顔が熱いせいで、寒さなんて、全然感じなかった。
「あ、あのね北斗くん。初対面の人にそれってとっても失礼なんだから」
「それで?」
「へ?」
「へ、じゃなくてさ。どっか行くとこあるんでしょ。どこ?」
さらっと話題を変えられて、ムッとしていた気持ちごと風にさらわれてしまう。
どこ? って聞かれてすぐに答えが出てこないなんて……。
私ったら、会話の中でも方向オンチになっちゃった!?
「ええと……か、風見中学校。そう。風見中。私、最近引っ越してきたの。今日は先生たちにあいさつにいかなきゃいけなくて」
しゃべっているうちに、ようやく頭が回り出す。
そうだ、迷うことを前提にして早めに家を出てきたけど、このままじゃ約束の時間に遅れちゃう!
「あっそ」
聞いてきたくせに、薄い返事をした北斗くんは、腕時計をちらりと見た。
アナログの、黒い腕時計だ。
「アポ、何時?」
「あほ!?」
なんですってえ!?
一瞬で髪を逆立てて肩を怒らせる。
失礼に失礼の二段重ねなんて、おせち料理のお重箱かいっ!
今にもシャーっと飛びかかりそうな私を見て、ちょっと引いた北斗くんは両手をひらりと挙げた。降参のポーズだ。
「違う違う、アポ。アポイントメント。つまり約束の時間」
「それなら最初っからそう言ってよね。10時だけど」
「10時……」
もう一度腕時計を見た北斗くんは、少し顔を引きつらせた。
「のんびりしたこと言ってられないな」
「えっ」
そういえば、地図ばっかり見てて時間見てなかった。そんなにヤバそう?
私がスマホを見ようとすると、北斗くんにがしっと手を掴まれた。
「スマホしまって。走ったら落とす。1秒でもロスが惜しい」
「え、えっ」
真顔で言われて、思わずスマホをリュックにしまう。
チャックが締まる音を聞いたとたん、北斗くんは私の手を強く引いた。
「走るよ!」
「わあ!」
引っ張られたまま駅の階段を駆け上がる。
「わ、わかるの? ここから北だよ」
「だから北口から行くんだろ。だいたい南口で何してんのさ」
「えええっ!?」
登り終えて、さっきも見た改札に戻ってくる。北斗くんが上を指さした。
駅の案内板だ。
目の前に見えているのは……「北口」の文字だった。
「そ、そんなああ!」
嘘でしょ!
最初っから答えがあったなんて!
そして、それに気づかなかったなんて!
北ってどっち、を繰り返していた私のあの時間はいったい……!
「北口なんだから、駅から見て北側に作るでしょ」
「そ、ソウデスネー……」
その看板を横目に、北斗くんに連れられて向かい側の階段を降りていく。ちょうど電車が着いたタイミングだったらしく、改札を抜けた人達で賑やかになってきた。
「すみません、通して……っ」
手を繋いでいるのに引き離されそうになる。
そのうち、誰かの荷物が割り込んできて……
「あ、っ」
ぱっ、と北斗くんと手が離れた。
どうしよう!
ここで北斗くんを見失ったら、ほんとにたどり着けなくなっちゃう!
最悪の想像で頭が真っ白になる。
さっと血の気が引いて、手が冷たくなって――
「ったく、ほんと危なっかしいやつ」
だけど、一瞬で顔が熱くなった。
北斗くんが、手を繋ぎ直してくれた。
そのままふたりで階段を降り切る。
「どっか痛いとこある?」
「ない」
ぶんぶんと首を横に振る。
「そ。じゃあ行くよ」
そう言って、北斗くんはしっかりと手を繋ぎ直した。
「わっ」
「なに」
「そ、その、手っ」
「離したら迷うだろ」
北斗くんは何も気にしてないようだ。私だけが意識してるみたいで恥ずかしい。
ぐいっと引っ張られて北口から出る。
ここにもロータリーがあって、確かにアプリの地図が言ってることは合っていた。
風見市駅ロータリーから北へ徒歩10分。
北斗くんに連れられて、信号を渡ったりコンビニの角を曲がったりしてようやく――
「つ、ついた……」
風見中学校、存在してた……!
どおん、と重厚な校舎が校門の向こうにそびえ立っている。学校を見てこんなに嬉しくなるのも初めてかもしれない。
だけど、息が……苦しい……!
体育の授業以外で全力疾走しない私には、結構キツかった……! しかも長距離。
よく転ばずに走れた。えらすぎる、自分。
顔が熱い。耳のあたりで心臓がドクドクいってる。
ぜえはあと膝に手をついて息を整える私の隣で、北斗くんは涼しい顔して腕時計を見ていた。
「ほ、ほく、北斗くん……いま、何時」
「約束の時間、5分前」
「ふわあ」
驚きと喜びと疲れが全部混じった声しか出なかった。
ありがとうって言いたいのに、心臓が体から脱走しそうでそれどころじゃない。
「じゃ、次は校内ツアーだね」
「い、いやいやいや、職員室くらい自分で行けるから……それに北斗くんだって、予定があるでしょ? 付き合わせちゃってごめんね」
深呼吸を繰り返していたら、ようやく言葉が交わせるようになってきた。
「何言ってんのさ。あんたを案内するのが俺の予定」
よいしょ、と顔を上げるタイミングでそう言われて、ぽかんと口を開けて固まった。
そこに数人の男の子たちの声が聞こえてくる。
「おーい、北斗! 腕章、忘れてるぞ。まったく、気をつけたまえよ」
「北斗くん……いつもひとりで行動するの、かっこいいけど……ちょっと……困ります……」
「ははっ、でも、ちゃあんと仕事はこなしてる。そこが北斗のすごいところだよなあ」
ぶんっと何かが風を切る音。
青空の下で逆光になって、よく見えない。
けれどそれは、吸い込まれるように北斗くんの手元に落ちてくる。
「サンキュ」
ぱしっと乾いた音を立てて、北斗くんは見事にキャッチした。
す、すごい。私だったらオーライって言いながら落とすに違いない。
「それ、なあに?」
「ん」
北斗くんは、私に見せるように、くるりと広げてから腕に巻いた。
黄色い布に黒い糸で何かが刺繍されている。腕章だった。
「東西南北……?」
見間違いでなければ、そう書いてある。
普通、こういうのって当番とか委員会とか、そういうのが書いてあるよね?
「そ。改めて、ようこそ風見中学校へ。転校生の間中未央さん。風見市羅針盤隊――いわゆる生徒会が歓迎するよ」
改まった口調と聞きなれない名前に、目をぱちくりさせる。
すると、さっき北斗くんに腕章を投げた男の子たちが合流してきた。
「おや、彼女が転校生だね。お初にお目にかかる! 僕は東朝日。見ての通り生徒会長さっ」
青いフレームの眼鏡をきらりと輝かせたのは、ハツラツとした男の子。
「ボ、ボクは……西園寺夕輝……よろしく、です」
消え入りそうな声でお辞儀をした、儚げな子がそれに続く。
「はっはっはあ! 夕輝のやつ、初対面だから緊張してるな? 俺は南雲飛鳥。仲良くやろうぜ」
豪快に笑い飛ばした男の子は、これまた制服を豪快に着崩している。
「風見中の東西南北が揃い踏み、か。これは、目が回ること間違いなしだね」
クールにそう言ってのけた北斗くんが、口の端をにっとつり上げて笑った。
東西南北?
羅針盤?
もう今から目が回りそうなんですけど〜!?



