人質令嬢、第二王子と国家反逆を狙う

 次の瞬間、妖精の香りが一気に濃くなった。


「モルドレッド殿下!」


 思わず叫ぶ。

 ここでモルドレッド殿下まで洗脳されれば、私たちに勝ち目はない。


「ジニー」


 静かに名前を呼ばれた。

 その瞬間、濃密だった妖精の香りが、春風のように穏やかで優しいものへ変わった。


「大丈夫。大丈夫だよ」

「……ごめんなさい、取り乱してしまって」


 震えそうになる指先を押さえ込みながら、剣の柄を握りなおした。


「モルドレッド殿下、ご決断を」

「俺の決意なんてとっくに済んでるよ。兄上、ここで討たせていただく。お覚悟を」

 モルドレッド殿下の、鞘を掴んでいた左手から静かに力が抜けた。

 代わりに、右手がゆっくりと剣の柄へ伸びる。

 数瞬の沈黙のあと、アーサー殿下は小さく息を吐いた。


「……やっぱりそうなるか」


 肩をすくめる仕草は軽い。けれど、その瞳だけは氷のように冷たく光っていた。


「弟と剣を交える日が来るとは思っていたけどさ。まさか、こんなに大勢の証人付きとはね」


 居並ぶ貴族たちを見回しながら、アーサー殿下は薄く笑った。


「ずいぶんと大掛かりじゃないか、モルドレッド」

「兄上を止めるには、これでも足りないくらいだ」


 静かな声だった。


「俺は、兄上が立派な国王になってくださる日を楽しみにしていたのに」

「そのまま楽しみにしていてくれてよかったのにね」

「そうはいかない」


 モルドレッド殿下は、痛みを押し隠すように静かに首を横へ振った。


「父上を解放していただく」


 向けられた剣先が、まっすぐアーサー殿下を捉える。


「力ずくでも」


 貴族たちの間に、張りつめた緊張が一気に広がった。

 アーサー殿下は数秒のあいだ、無言で弟を見つめていた。

 それから――ふっと、力の抜けたように笑った。


「……残念だな」


 静かな声だった。


「そこまで言うなら」


 彼もまた、静かな所作でゆっくりと剣を抜いた。

 刃が鞘から滑り出る金属音が、静まり返った玉座の間に妙に大きく響いた。


「君が僕を止められるのか、試してみるといい」


 玉座の間の空気が、肌を刺すほど冷たく凍りついたように感じられた。