人質令嬢、第二王子と国家反逆を狙う

 夜明け前の冷たい空気の中、私たちは走れるだけ走った。


 モルドレッド殿下が進めてくださっていた街道整備のおかげで、その一晩だけでも全行程の七分の一ほどは進めただろうか。馬だけでヴォーティガン領まで行こうとすると、だいたい六日から七日はかかる。

 あまり飛ばして馬を潰してしまっては元も子もない。それに、途中で第二王子派の貴族たちへ事情を説明しながら進む予定だったから、焦りながらも無茶は避けて進んだ。


 そうして一週間ほどかけて、ようやくヴォーティガン領の城塞都市へたどり着いた。

 道中、何度も父宛てに早馬を飛ばしていたおかげで、門番もすんなり私たちを通してくれた。


「ジニー!」


 帰宅すると、父が駆け寄ってきて私を抱きしめた。


「無事でよかった……! 殿下も、ご無事で何よりです……」


 父の腕がゆるんだので、私も慌てて殿下のほうへ振り返った。

 殿下は床へ膝をつき、深くうなだれていた。


「申し訳ございません、ヴォーティガン卿。お嬢さんまで巻き込んでしまい……」

「殿下、頭をお上げください!」


 慌てて駆け寄って、殿下の前に膝をついたけど、彼は顔を上げなかった。


「俺が助けを乞うたばかりに、お嬢さんだけでなく、ヴォーティガン卿にまで嫌疑が及んでしまった……。あなた方の誇りを汚すような真似をしてしまったこと、まことに申し訳なく……っ」


 重たい足音を響かせながら、父がこちらへ歩み寄る。

 私は床につかれた殿下の拳へ、自分の手を重ねた。


「殿下」


 返事はない。それでも聞こえているはずだから、私は言葉を続けた。


「城から脱出したとき、私がお伝えしたことを覚えておいでですか? この命が尽きるまで、お付き合いすると申しました。お慕いしております、ルディ。あなた様には、このジェニファー・ヴォーティガンがついているのです。何を気弱になる必要がありますの」


 モルドレッド殿下がゆっくりと顔を上げた。

 長く馬に揺られ続けていたせいで、顔は汚れ、唇もひび割れていた。瞳は涙でぐしゃぐしゃで、私の顔がちゃんと見えているのかも怪しい。


 そんな有様なのに、殿下はわずかに口元を緩めた。


「こんな状況で言われるとは、思ってなかった……。君は本当に、俺に逃げ道をくれないんだね」

「だって、約束したじゃないですか。私を自由にしてくださるのでしょう? 兄上に反逆なさるのでしょう? 第二王妃殿下だって、『辺境伯をこけにしたことを、後悔させてあげましょう』とおっしゃっていましたし」

「母上もか……。ほんと、頑張らないといけないのに……ごめん、もう体が動かないんだ」


 その瞬間、殿下の体からふっと力が抜けた。

 支えを失ったように、そのまま床へ崩れ落ちる。


 次にモルドレッド殿下が目を覚ましたのは三日後のことだった。