作戦実行当日。私は半信半疑のまま、軽装で薄暗い地下通路を進んでいた。
何度も、足元をネズミがぴしゃぴしゃと水音を立てながら走り去っていった。
モルドレッド殿下付きの兵が二人同行してくれていて、何度も方向を確かめながら、小声で道順を指示してくれていた。
そして最後の角を曲がり、梯子を上って天井の石を押し上げると、薄闇の向こうに丸めた背中が見えた。
「本当に、いらした……」
そんな状況ではないのに、ついこぼしてしまった言葉に、モルドレッド殿下が振り向いた。
「ジっ」
唇に人差し指を当てると、殿下ははっとした顔で自分の口を押さえた。
声にならないほど小さな声で「参りますわよ」と告げると、殿下は音を立てずについてきた。
私たちは素早く地下通路へ降り、そのまま目的の出口へ急いだ。
「殿下、ヴォーティガン嬢、こちらです」
狭く湿った通路が、不意に途切れた。
顔を上げると、木立の隙間から冷たい星空がのぞいていた。
「……泣きそう」
殿下はかすれた声でつぶやき、そのまま私へ体重を預けてきた。
「泣いている場合じゃありませんわ」
「そうなんだけど……」
消え入りそうな声に、私は思わず振り返った。
モルドレッド殿下の顔は木々の影に沈み、表情までは見えなかった。
私は手探りで殿下の手をつかんだ。
「殿下ったら……じゃあ、私を自由にするというのを諦めるんですか?」
小さく息をのむ音が聞こえた。
つかんだ手が握り返される。
「……それは、嫌だなあ」
「もうちょっと、頑張れますか?」
「応援してくれる?」
私は反対の手も伸ばし、力なく下がったままの殿下の手を強く握った。
「この命が尽きるまで、お付き合いしますよ」
「プロポーズじゃん……」
殿下が笑いながら言って、私たちはまた歩き出した。
***
枯れた雑草を踏み分けて進んだ先は、城下町の外れだった。
城下町を囲む石塀の手前には、小さな見張り小屋がぽつんと建っていた。
「殿下、こちらでお召し替えを」
小屋から離宮で私の世話をしてくれていた侍女が出てきた。
「どうしてここに?」
つい尋ねると彼女はニヤッと笑った。
「今晩の見張りが私の弟なんです。姉に従えない弟はおりませんから」
彼女の後ろでは、門番の制服を着た屈強な男性が、露骨に嫌そうな顔をしていた。吹き出しそうになるのをこらえながら、私は門番へ向き直った。
「ご協力、感謝します」
「お気になさらず。俺は横暴な姉に振り回されているだけですので」
次の瞬間、侍女の足が目にも止まらぬ速さで門番のすねを蹴り飛ばした。
さすがは門番である。顔ひとつしかめず、姿勢も崩さず立っていた。ほんの少し涙目ではあったけれど。
「お待たせ、ジニー」
着替えを済ませたモルドレッド殿下が、小屋から姿を現した。私と同じ、商人風の軽装姿だった。
「馬はこちらです」
門番が馬小屋へと案内してくれた。
「よしよし、いい子ね。一緒に頑張りましょうね」
馬の首筋をひととおり撫でてから、私は鞍へまたがった。殿下も静かに馬へ乗り、手綱を引く。
「このご恩、決して忘れませんわ」
「とんでもございません。今までしていただいたことを、お返ししているだけです。いってらっしゃいませ、モルドレッド殿下、ジェニファー様。離宮一同、お二方のお帰りを心よりお待ちしております」
侍女と門番が頭を下げた。
私と殿下は振り返ることなく、夜の道へ馬を走らせた。
***
何度も、足元をネズミがぴしゃぴしゃと水音を立てながら走り去っていった。
モルドレッド殿下付きの兵が二人同行してくれていて、何度も方向を確かめながら、小声で道順を指示してくれていた。
そして最後の角を曲がり、梯子を上って天井の石を押し上げると、薄闇の向こうに丸めた背中が見えた。
「本当に、いらした……」
そんな状況ではないのに、ついこぼしてしまった言葉に、モルドレッド殿下が振り向いた。
「ジっ」
唇に人差し指を当てると、殿下ははっとした顔で自分の口を押さえた。
声にならないほど小さな声で「参りますわよ」と告げると、殿下は音を立てずについてきた。
私たちは素早く地下通路へ降り、そのまま目的の出口へ急いだ。
「殿下、ヴォーティガン嬢、こちらです」
狭く湿った通路が、不意に途切れた。
顔を上げると、木立の隙間から冷たい星空がのぞいていた。
「……泣きそう」
殿下はかすれた声でつぶやき、そのまま私へ体重を預けてきた。
「泣いている場合じゃありませんわ」
「そうなんだけど……」
消え入りそうな声に、私は思わず振り返った。
モルドレッド殿下の顔は木々の影に沈み、表情までは見えなかった。
私は手探りで殿下の手をつかんだ。
「殿下ったら……じゃあ、私を自由にするというのを諦めるんですか?」
小さく息をのむ音が聞こえた。
つかんだ手が握り返される。
「……それは、嫌だなあ」
「もうちょっと、頑張れますか?」
「応援してくれる?」
私は反対の手も伸ばし、力なく下がったままの殿下の手を強く握った。
「この命が尽きるまで、お付き合いしますよ」
「プロポーズじゃん……」
殿下が笑いながら言って、私たちはまた歩き出した。
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枯れた雑草を踏み分けて進んだ先は、城下町の外れだった。
城下町を囲む石塀の手前には、小さな見張り小屋がぽつんと建っていた。
「殿下、こちらでお召し替えを」
小屋から離宮で私の世話をしてくれていた侍女が出てきた。
「どうしてここに?」
つい尋ねると彼女はニヤッと笑った。
「今晩の見張りが私の弟なんです。姉に従えない弟はおりませんから」
彼女の後ろでは、門番の制服を着た屈強な男性が、露骨に嫌そうな顔をしていた。吹き出しそうになるのをこらえながら、私は門番へ向き直った。
「ご協力、感謝します」
「お気になさらず。俺は横暴な姉に振り回されているだけですので」
次の瞬間、侍女の足が目にも止まらぬ速さで門番のすねを蹴り飛ばした。
さすがは門番である。顔ひとつしかめず、姿勢も崩さず立っていた。ほんの少し涙目ではあったけれど。
「お待たせ、ジニー」
着替えを済ませたモルドレッド殿下が、小屋から姿を現した。私と同じ、商人風の軽装姿だった。
「馬はこちらです」
門番が馬小屋へと案内してくれた。
「よしよし、いい子ね。一緒に頑張りましょうね」
馬の首筋をひととおり撫でてから、私は鞍へまたがった。殿下も静かに馬へ乗り、手綱を引く。
「このご恩、決して忘れませんわ」
「とんでもございません。今までしていただいたことを、お返ししているだけです。いってらっしゃいませ、モルドレッド殿下、ジェニファー様。離宮一同、お二方のお帰りを心よりお待ちしております」
侍女と門番が頭を下げた。
私と殿下は振り返ることなく、夜の道へ馬を走らせた。
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