「手際のよろしいことで」
第二王妃殿下は、地を這うような低い声で吐き捨てた。
すでに離宮はアーサー殿下の衛兵たちに取り囲まれていた。
殿下は侍女を呼び、離宮内の兵たちを集めさせた。ほどなくして集まった彼らへ、殿下はざっと事情を説明した。
「ふむ」
いつも訓練時に師匠として手合わせしてくださる兵が頷いた。
「状況は把握いたしました。して、いかがなさいますかな?」
「いかが、とは……?」
まさか、まだ手があるのだろうか。
「やあね、ジニーったら」
呆然としている私に、第二王妃殿下がにっこりと笑いかけた。
「あなた、それでもヴォーティガン家のご令嬢なの? ここは王宮の離宮よ。脱出する手段くらい、いくらでもあるわ」
「そう言われれば、そうですわね」
すっかり失念していた。
貴族とはそういうものだ。そして、その極みにいるのが王族なのだ。
何が何でも生き延びるのがその使命の一つなのだ。
「もっとも、あなたには教えていなかったのだから、知らなくて当然ね」
「いえ、私は人質ですから。人質に脱出口を教えたりはしませんもの」
だから、今まで教えられていなかったことに違和感はない。むしろ、それが普通なのだ。私だってヴォーティガン邸の脱出口はおおよそ把握しているけれど、それをモルドレッド殿下に教えたことはない。
「とはいえ、きちんと考えて動かなければなりません。離宮に脱出口があることくらい、向こうも把握しているでしょう。まずはジニーの脱出と、モルドレッドの救出。それが叶ったあと、王都を出てどう動くか――そこまで決めてからです」
「はい、第二王妃殿下」
私が答えると、第二王妃殿下はソファに戻った。
隣の席を示されたので、私は黙って腰を下ろした。
兵がすぐに地図を何枚も運んできた。羊皮紙には、王宮内の見取り図が細かく描かれている。
師匠が節くれだった太い指で、離宮の位置を示す。
「現在地がここです。そして、モルドレッド殿下が囚われているのは、おそらくこちらでしょう」
師匠の指が、王宮のほぼ中央を叩いた。
「救出に向かうならこの経路ですが、向こうに読まれている可能性がありますな」
「そうねえ。こちらの地下水路から回り込みましょうか。謁見の間や執務室から離れた道を選ぶべきね」
第二王妃殿下は細い道をなぞった。
「モルドレッドと合流できたら、そのまま北側へ向かうといいわ。ここから城下町へ出られます。貸し馬も手配しておきましょう。ジニー、馬は乗れるわね?」
頷くと第二王妃殿下はまた微笑んだ。
「私からヴォーティガン卿へ手紙を書きますから、持って行ってちょうだい。ああ、大丈夫よ。辺境伯同士にしか伝わらない形で書きますから」
「なんですか、それ」
「そういう暗号の取り決めがあるのよ。辺境伯の一族は、成人すると教えられるの」
「そんなものまであるのですか……」
初耳だった。
第二王妃殿下は元々西側の海沿いを治める辺境伯一族の生まれだ。
つまり、立場としては私とそれほど変わらない。
「ふふん、思い知らせてあげましょう」
第二王妃殿下は目を細め、机いっぱいに広げられた見取り図を鋭く睨み据えた。
「辺境伯をこけにしたこと、たっぷり後悔させてあげましょう」
殿下の瞳がゆらりと燃え上がったように見えたのは、きっと気のせいではない。
思わず背筋を伸ばし、居住まいを正した。
第二王妃殿下は、地を這うような低い声で吐き捨てた。
すでに離宮はアーサー殿下の衛兵たちに取り囲まれていた。
殿下は侍女を呼び、離宮内の兵たちを集めさせた。ほどなくして集まった彼らへ、殿下はざっと事情を説明した。
「ふむ」
いつも訓練時に師匠として手合わせしてくださる兵が頷いた。
「状況は把握いたしました。して、いかがなさいますかな?」
「いかが、とは……?」
まさか、まだ手があるのだろうか。
「やあね、ジニーったら」
呆然としている私に、第二王妃殿下がにっこりと笑いかけた。
「あなた、それでもヴォーティガン家のご令嬢なの? ここは王宮の離宮よ。脱出する手段くらい、いくらでもあるわ」
「そう言われれば、そうですわね」
すっかり失念していた。
貴族とはそういうものだ。そして、その極みにいるのが王族なのだ。
何が何でも生き延びるのがその使命の一つなのだ。
「もっとも、あなたには教えていなかったのだから、知らなくて当然ね」
「いえ、私は人質ですから。人質に脱出口を教えたりはしませんもの」
だから、今まで教えられていなかったことに違和感はない。むしろ、それが普通なのだ。私だってヴォーティガン邸の脱出口はおおよそ把握しているけれど、それをモルドレッド殿下に教えたことはない。
「とはいえ、きちんと考えて動かなければなりません。離宮に脱出口があることくらい、向こうも把握しているでしょう。まずはジニーの脱出と、モルドレッドの救出。それが叶ったあと、王都を出てどう動くか――そこまで決めてからです」
「はい、第二王妃殿下」
私が答えると、第二王妃殿下はソファに戻った。
隣の席を示されたので、私は黙って腰を下ろした。
兵がすぐに地図を何枚も運んできた。羊皮紙には、王宮内の見取り図が細かく描かれている。
師匠が節くれだった太い指で、離宮の位置を示す。
「現在地がここです。そして、モルドレッド殿下が囚われているのは、おそらくこちらでしょう」
師匠の指が、王宮のほぼ中央を叩いた。
「救出に向かうならこの経路ですが、向こうに読まれている可能性がありますな」
「そうねえ。こちらの地下水路から回り込みましょうか。謁見の間や執務室から離れた道を選ぶべきね」
第二王妃殿下は細い道をなぞった。
「モルドレッドと合流できたら、そのまま北側へ向かうといいわ。ここから城下町へ出られます。貸し馬も手配しておきましょう。ジニー、馬は乗れるわね?」
頷くと第二王妃殿下はまた微笑んだ。
「私からヴォーティガン卿へ手紙を書きますから、持って行ってちょうだい。ああ、大丈夫よ。辺境伯同士にしか伝わらない形で書きますから」
「なんですか、それ」
「そういう暗号の取り決めがあるのよ。辺境伯の一族は、成人すると教えられるの」
「そんなものまであるのですか……」
初耳だった。
第二王妃殿下は元々西側の海沿いを治める辺境伯一族の生まれだ。
つまり、立場としては私とそれほど変わらない。
「ふふん、思い知らせてあげましょう」
第二王妃殿下は目を細め、机いっぱいに広げられた見取り図を鋭く睨み据えた。
「辺境伯をこけにしたこと、たっぷり後悔させてあげましょう」
殿下の瞳がゆらりと燃え上がったように見えたのは、きっと気のせいではない。
思わず背筋を伸ばし、居住まいを正した。



