人質令嬢、第二王子と国家反逆を狙う

 数日後、俺は補佐官と共に港へやって来た。

 潮風が髪を揺らし、辺りには潮と魚の混じった港特有の匂いが満ちていた。


「ジニーも一緒に連れてきたかったな」

「仕方ありません。ヴォーティガン嬢もお役目がありましたから」

「そうだけどさ」


 今日は、ジニーが兄上に頼まれた見合い相手とのお茶会らしく、こちらには来られなかった。向こうの都合もある以上、仕方ない話ではあるんだけど。


「ま、さっさと終わらせて帰るか。ついでにジニーに土産も山ほど買っていこう」

「馬車に乗る程度でおねがいしますよ、殿下」

「乗らなかったら君には走ってもらわないといけないな」

「そうなったらこちらで馬を借りて帰ります。お代は王家につけておきますよ」


 補佐官と軽口を叩きながら、貿易用の巨大な帆船が停泊する桟橋へ向かった。すぐ傍に建つ王家の紋章入りの建物へ足を踏み入れる。


「これはこれは、モルドレッド殿下」

「お世話様です、ご主人。豊穣祭用の荷物の一覧ってあります?」

「用意しておりますよ。こちらです」


 差し出された帳簿の分厚さに、思わず目眩がした。

 どうも、今日のうちに発つのは難しそうだ。


「アーサー殿下からのご依頼で、こちらもご用意しました」


 さらに追加で分厚い帳簿が差し出された。表紙を見ると、我が国で保有している帆船と乗組員の一覧らしい。

 ……一週間以内には帰れればいいんだけどな。

***

 どうにか視察を終え、俺は王宮へ戻ってきた。

 馬車を降り、王宮へ足を踏み入れた瞬間、妙な違和感を覚えた。


「なあ、警備の配置って、こんなんだっけ」


 小声で隣りに立つ補佐官に確認する。

 補佐官は目を細め、口を真一文字に結んだまま、小さく首を横に振った。


「いえ……王家の紋章がついているとはいえ、馬車が入ってきたのにこの手薄さは、いささか不自然かと」

「だよな……。なんか、嫌な感じがする」


 ともかく、止められる様子もないので、そのまま場内へ進んだ。

 兄上を探すと、父上の執務室のソファで、山積みの書類に延々と決裁印を押していた。


「おかえり、モルドレッド。大変だっただろう?」

「ああ。せっかく海まで行ったのに、さざ波じゃなく書類の波に飲まれてたよ。ところで、警備の配置って変えた?」

「いや? 交代のタイミングだったんじゃないかな」

「……そうか」


 兄上は薄く笑い、ソファから俺を見上げた。


「ともかく、疲れただろうから今日は離宮に戻って休めよ。あとは僕の方で確認しておくからさ」

「頼む」


 俺の補佐官が、兄上の補佐官へ書類を引き継いだ。

 軽く頭を下げ、執務室を後にした。

 王宮を出て離宮へ向かう途中、何人か警備兵とすれ違った。けれど、どういうわけか誰一人として俺と目を合わせようとしなかった。


 離宮の入り口にはいつもの警備兵が待っていた。


「殿下、おかえりなさいませ。離宮一同、殿下のお帰りを心待ちにしておりました」

「そんな大袈裟な。……でも、ありがとう。ただいま。母上とジニーは?」

「第二王妃殿下は自室に、ジェニファー様は庭園にいらっしゃいます」

「……先に、ジニーの顔を見に行ってもいいかな」


 ついそう口にすると、警備兵はにやりと笑って庭園の方へ顔を向けた。


「ええ、もちろん。ジェニファー様はここ数日、ずっと落ち着かないご様子でして。殿下のお帰りを待ちわびていらっしゃいましたよ」

「じゃ、行ってくる」

「私は先に執務室に戻らせていただきます」

「よろしく。そっちも疲れてるだろ、早めに上がってくれ」

「ふふ。私が執務室に居座っていては、ヴォーティガン嬢とゆっくりできませんからね」


 肩をすくめて笑う補佐官を、じろりと睨みつけた。


「ああ、そうだよ。ジニーとゆっくりしたいから、お前はさっさと帰れ」


 そう言い捨てて、俺は庭園へと向かった。

***