ある日のこと、離宮の執務室で第二王妃殿下と社交シーズンの予算について相談していたら、モルドレッド殿下が顔を出した。
「父上のところに書類の確認に行くから、ジニーも一緒に行こう」
「なぜですか?」
「この子を俺の正妃として迎えますって言う」
「なら行きません」
「冗談……じゃないけど、今回は諦める。ほら、もう少ししたら俺の地方視察があるだろ? それに今回も君を連れて行きたいから、事前に話を通したいんだよ」
モルドレッド殿下は「これ」と書類を差し出した。
そこには来月末から二か月ほどかけて、国の東側の地域を視察する計画が記されていた。
「かまいませんが、なぜ私をお連れに?」
「ヴォーティガン卿の顔を見たいかと思って」
殿下はさらっと言って、私から書類を受け取った。
顔は普通だ。笑顔でもないし、嬉しそうでも、ましてや偉そうなんかではなくて、本当、そういうところだ。
「……ありがとうございます。謹んでご一緒させていただきます」
「よかった。母上、ジニーをお借りしますね」
「はい、どうぞ」
モルドレッド殿下と並んで頭を下げて、第二王妃の執務室を出た。
王宮の奥にある国王陛下の書斎に向かうと、陛下は第一王子アーサー殿下と話をしていた。
「陛下、失礼いたします」
「モルドレッドか。ジェニファー嬢も。二人揃って、いかがした?」
ウーゼル王が微笑み、アーサー殿下も同じような笑みを浮かべて一歩下がった。
「来月よりわたくしが参ります地方視察について、経路をまとめてまいりましたので、確認をお願いします。またジェニファー・ヴォーティガン嬢も同伴したく思いますが、よろしいでしょうか」
一瞬、ウーゼル王の笑みが消えた。すぐに笑顔に戻ったが、アーサー殿下と顔を見合わせた。
「それはまた、どうして?」
「彼女には、十のときから我が母と共に離宮の管理を任せてまいりました。ときには国民や現地の貴族の声を直接聞くことで、より現実的な考え方ができるようになればと思います。また、ヴォーティガン領にも挨拶の予定ですので、彼女を伴うことでヴォーティガン卿からの印象を良くし、今後とも王家への忠誠を誓わせることができるかと存じます」
「今後とも第二王妃のお力添えになりたく存じます。見聞を広めるためにも、お願い致します」
モルドレッド殿下の説明の後、私は頭を下げた。
殿下の説明も、私の言い分も、それっぽくはあるけれど、果たして。
ウーゼル王は少し悩んだ様子を見せてから、
「そなたの考えはわかった。一度他の者の意見も確認してから返答する故、しばし待たれよ。今週中には返答する」
「ご考慮のほど、よろしくお願いします」
二人で再び頭を下げ、書斎から退室した。
そのままモルドレッド殿下と一緒に、離宮の庭へと向かう。
「たぶん大丈夫。父上は即答しないのはいつものことだし」
庭のベンチに腰を下ろした途端、殿下は私を見て微笑んだ。
「大丈夫であることを祈りましょう。しかしまあ、よくもあれだけそれらしい理由を挙げ連ねましたね」
「そりゃもう、ちゃんと考えておいたんだよ。君を一時でも連れ出したかったんだ」
「……ありがとうございます」
「なんてあれこれ言ったけど、俺がジニーと外をデートしたかっただけなんだ。……ところで、父上の様子、何か変じゃなかった?」
モルドレッド殿下の笑みが消えた。
首を傾げて、遠くを見ている。
「何か、ですか?」
「うん。んー……俺が何か言ったときに、いちいち兄上の様子をうかがったりしてなかったと思うんだよな」
そう言われれば、最初にモルドレッド殿下が頼んだとき、アーサー殿下と顔を見合わせていたけれど、それは殿下の案に驚いたからだと思っていた。
「今までは、そうではなかったのですか?」
「違ったと思う。そもそも兄上がいるときに話すことがあまりなかったから、ちょっと確証は持てないけど……」
「では、次回があれば、私も気にしておきますわね」
「うん、よろしく」
モルドレッド殿下が立ち上がったので、私もついていく。
そのまま第二王妃の執務室まで送ってもらった。
ウーゼル陛下がアーサー殿下の様子をうかがう理由って、なんだろう。モルドレッド殿下の背中を見送りながら考える。
別に意見を聞くことはおかしなことじゃない。でもそれなら、わざわざ様子をうかがわずに、どう思うか問えばいいだけだ。
アーサー殿下が国王の地位を継ぐことは、誰も反対していない(もちろん第二王子派の貴族はいるけど、モルドレッド殿下を国王にしたいというよりは、地方財政を管轄することになる第二王子と仲良くすることで反乱の意志がないと示したり、王家からの報償や印象をよくしておきたい程度のものだ)。
まあ、今私が考えてもわからないから、第二王妃と共に、今期の社交界についての相談を再開した。
「父上のところに書類の確認に行くから、ジニーも一緒に行こう」
「なぜですか?」
「この子を俺の正妃として迎えますって言う」
「なら行きません」
「冗談……じゃないけど、今回は諦める。ほら、もう少ししたら俺の地方視察があるだろ? それに今回も君を連れて行きたいから、事前に話を通したいんだよ」
モルドレッド殿下は「これ」と書類を差し出した。
そこには来月末から二か月ほどかけて、国の東側の地域を視察する計画が記されていた。
「かまいませんが、なぜ私をお連れに?」
「ヴォーティガン卿の顔を見たいかと思って」
殿下はさらっと言って、私から書類を受け取った。
顔は普通だ。笑顔でもないし、嬉しそうでも、ましてや偉そうなんかではなくて、本当、そういうところだ。
「……ありがとうございます。謹んでご一緒させていただきます」
「よかった。母上、ジニーをお借りしますね」
「はい、どうぞ」
モルドレッド殿下と並んで頭を下げて、第二王妃の執務室を出た。
王宮の奥にある国王陛下の書斎に向かうと、陛下は第一王子アーサー殿下と話をしていた。
「陛下、失礼いたします」
「モルドレッドか。ジェニファー嬢も。二人揃って、いかがした?」
ウーゼル王が微笑み、アーサー殿下も同じような笑みを浮かべて一歩下がった。
「来月よりわたくしが参ります地方視察について、経路をまとめてまいりましたので、確認をお願いします。またジェニファー・ヴォーティガン嬢も同伴したく思いますが、よろしいでしょうか」
一瞬、ウーゼル王の笑みが消えた。すぐに笑顔に戻ったが、アーサー殿下と顔を見合わせた。
「それはまた、どうして?」
「彼女には、十のときから我が母と共に離宮の管理を任せてまいりました。ときには国民や現地の貴族の声を直接聞くことで、より現実的な考え方ができるようになればと思います。また、ヴォーティガン領にも挨拶の予定ですので、彼女を伴うことでヴォーティガン卿からの印象を良くし、今後とも王家への忠誠を誓わせることができるかと存じます」
「今後とも第二王妃のお力添えになりたく存じます。見聞を広めるためにも、お願い致します」
モルドレッド殿下の説明の後、私は頭を下げた。
殿下の説明も、私の言い分も、それっぽくはあるけれど、果たして。
ウーゼル王は少し悩んだ様子を見せてから、
「そなたの考えはわかった。一度他の者の意見も確認してから返答する故、しばし待たれよ。今週中には返答する」
「ご考慮のほど、よろしくお願いします」
二人で再び頭を下げ、書斎から退室した。
そのままモルドレッド殿下と一緒に、離宮の庭へと向かう。
「たぶん大丈夫。父上は即答しないのはいつものことだし」
庭のベンチに腰を下ろした途端、殿下は私を見て微笑んだ。
「大丈夫であることを祈りましょう。しかしまあ、よくもあれだけそれらしい理由を挙げ連ねましたね」
「そりゃもう、ちゃんと考えておいたんだよ。君を一時でも連れ出したかったんだ」
「……ありがとうございます」
「なんてあれこれ言ったけど、俺がジニーと外をデートしたかっただけなんだ。……ところで、父上の様子、何か変じゃなかった?」
モルドレッド殿下の笑みが消えた。
首を傾げて、遠くを見ている。
「何か、ですか?」
「うん。んー……俺が何か言ったときに、いちいち兄上の様子をうかがったりしてなかったと思うんだよな」
そう言われれば、最初にモルドレッド殿下が頼んだとき、アーサー殿下と顔を見合わせていたけれど、それは殿下の案に驚いたからだと思っていた。
「今までは、そうではなかったのですか?」
「違ったと思う。そもそも兄上がいるときに話すことがあまりなかったから、ちょっと確証は持てないけど……」
「では、次回があれば、私も気にしておきますわね」
「うん、よろしく」
モルドレッド殿下が立ち上がったので、私もついていく。
そのまま第二王妃の執務室まで送ってもらった。
ウーゼル陛下がアーサー殿下の様子をうかがう理由って、なんだろう。モルドレッド殿下の背中を見送りながら考える。
別に意見を聞くことはおかしなことじゃない。でもそれなら、わざわざ様子をうかがわずに、どう思うか問えばいいだけだ。
アーサー殿下が国王の地位を継ぐことは、誰も反対していない(もちろん第二王子派の貴族はいるけど、モルドレッド殿下を国王にしたいというよりは、地方財政を管轄することになる第二王子と仲良くすることで反乱の意志がないと示したり、王家からの報償や印象をよくしておきたい程度のものだ)。
まあ、今私が考えてもわからないから、第二王妃と共に、今期の社交界についての相談を再開した。



