人質令嬢、第二王子と国家反逆を狙う

 お茶会を終えて離宮へ戻ると、私はモルドレッド殿下の執務室へ顔を出した。


「お疲れ様、ジニー。どうだった?」

「万事、滞りなく」

「そう。さすが」


 夕暮れどきの執務室は、やけに静まり返っていた。

 先ほどまで令嬢たちと賑やかに話していたぶん、なおさらそう感じるのかもしれない。

 殿下はペン先を走らせ、書類へ何かを書き込んでいた。

 私は殿下の机の前にある応接セットのソファに腰を下ろした。


「あと半時もかからずに終わるよ」

「今日はどちらでお夕飯をお召し上がりですの?」

「兄のところへ顔を出してくる。戻ったら君の稽古に合流させて」


 殿下は顔を上げることなく言った。

 その背後から夕日が差し込み、逆光になった殿下の表情はほとんど見えなかった。

 やがて殿下がペンを置くころには室内はだいぶ薄暗くなっていた。

 それでも明かりを灯さないのは、殿下がそろそろ王宮へ向かわれるからだろう。


 なのに殿下は私の隣に腰を下ろした。


「今日お誘いした令嬢らは、兄上のことを褒めていたかい?」

「はい、とても。周りをよく見ていらっしゃるし、落ち着いていて慎重な方だとおっしゃっていました」

「俺もそう思う。ねえジニー」


 モルドレッド殿下は背中を丸めて、私を下から覗き込んだ。


「もし兄上が、君を自由にして軟禁を終わらせると決めたら、それに従うかい?」


 一瞬、殿下の言葉の意味がわからなかった。

 けれど、考えてみればありえない話ではなかった。

 私を返すことで、ヴォーティガン家からは感謝され、モルドレッド殿下と引き離すこともできる。

 そう、アーサー殿下が判断したのなら、私は。


 私はモルドレッド殿下の顔をじっと見つめた。

 薄暗い部屋の中でもわかるほど、殿下の眉は情けないくらいに下がっていた。


「いきなり帰ったりいたしません。こちらでもお勤めがありますし、そんな情けないお顔の殿下を放ってはおけませんもの」

「……そっか。じゃあ、もう少し情けない顔をしていようかな」

「いやですわ。そうなったら逆に殿下を見限って出ていきますわよ」

「それは嫌だ。塩梅が難しいな」


 殿下はゆっくりと体を起こし、そのまま私へもたれかかってきた。

 重ねた手の上で、互いの指が静かに絡み合う。


「殿下、そろそろ参りませんと」

「そうだね。すぐに戻るよ」

「はい、お待ちしております」


 重ねていた手を持ち上げられ、手の甲にあたたかな感触が落ちた。

 そのまま手を引かれ、私は殿下とともに立ち上がる。

 侍女とともに離宮の出口までついて行って、モルドレッド殿下の背中を見送った。