無事に父の説得も済んで、私とモルドレッド殿下は王都に戻ってきた。
それからしばらくは、一緒に報告書を作ったり、それぞれの政務に追われたりする日々が続いた。
その中で、私と殿下は時折城下町に顔を出すようにした。
きっかけは、父のこんな言葉だった。
「優れた為政者というものは貴族や、国王陛下の支持も必要だが、まず臣民から支持を得なくてはならない」
と言われたのだ。
すると殿下も、
「俺が王位を継承する気はないと明言していたのは対貴族だけだし、城下町ってほとんど行ったことがないんだ。だから、君と俺とで視察してさ、顔を売ってもいいと思うんだよ」
とおっしゃるので、行けてもせいぜい週に一度だけれど、やらないよりはずっといい。
少なくとも、国王陛下につきっきりのアーサー殿下には、まず思いつかない手段だ。
***
それに、目的はどうあれ、城下町を散策する時間は純粋に楽しかった。
子供のころは、私も城塞都市の中を自由に駆け回っては、よくばあやをまいたものだ。
もっとも、まいたつもりになっていたのは私だけで、ばあやはしっかり後をついてきていたのだけれど。
「まあ、おいしそう」
「店主、こちらは?」
「鶏の串焼きですよ、お坊ちゃん。しがない庶民の食べ物だ。お貴族様のお口に合うとは思えないがね」
「おひとつくださいな。殿下、半分こしましょう」
「で、殿下!?」
店主が目を白黒させながら、串焼きをよこしてくれる。店主は目を白黒させながら串焼きを差し出してくれた。私の侍女が能力で毒がないかだけ確認してから返してくるので、私は殿下と半分ずつ分け合って食べた。
「おいしい! すごくおいしいです。タレが甘辛くて、お肉も柔らかいですわ」
「そ、そんな大したもんじゃねえよ……お貴族様なら、普段もっといいもん食ってるだろ……」
「それはそれ、これはこれ。私、ヴォーティガン家の者ですから、こういったすぐに食べられる食事は慣れているんです」
戦時中の携帯食として、だけれど。それに、携帯食よりずっとおいしい。
「ヴォーティガン……ヴォーティガン辺境伯家のジェニファー様!? ってことはこちらはモルドレッド殿下!? こ、こんな粗末なもんを食わせて不敬罪でとっつかまっちまう!!」
殿下は目を細め、怯えきった店主へやさしく微笑みかけた。
夏の陽射しが、殿下のさらさらした白金の髪に反射してきらきらと輝いていた。
同時に、ふわりと花のような香りが漂った。
「どうか、ご自身の商品を粗末だなんて言わないでほしい。とてもおいしかった。ありがとう」
店主がぽかんと殿下に見とれている間に、私たちは次の店へ向かった。
その途中、少し先から喧騒が聞こえてきたので、殿下と目配せして様子をうかがった。
そこでは、酒臭い息を吐きながら、酔っ払いらしい壮年の男たちが掴み合いの喧嘩をしていた。
観戦していた年配の女性が、私と殿下に気づいた。
「お貴族様がこんなしょうもない喧嘩野次馬するものじゃないよ」
「あ? お貴族様だあ?」
喧嘩していた男の一人が、足をもつれさせながらこちらへ近づいてきた。
殿下が素早く私をかばう。
「けっ、見世物じゃねえぞ!?」
その瞬間、殿下から先ほどと同じ花のような香りがふわりと広がった。
それと同時に男性がゆらりと立ち止まった。
「お気を悪くされたのなら、申し訳ございません。たまたま通りがかったものですから」
「あ、いや……」
「僕ら、お恥ずかしながらこの辺りには明るくないんです。おすすめのお酒があれば教えてください」
喧嘩していたもう一人の男性も寄ってきた。
「お貴族様に勧められるような上等なもんなんか、この辺りにはねえよ」
「ご謙遜を。そもそも僕、家では母が厳しくて、ほとんど飲ませてもらえないんです。……第二夫人の子なものですから」
半分くらいは本当だ。
殿下は王宮でも離宮でもほとんどお酒は嗜まない。
でも第二王妃殿下が飲ませないのではなく、味が好きではないからというだけだ。
ちなみに私は、お酒を飲める年になって初めて殿下と飲んだ際、相当暴れたらしく、それ以来、禁止されている。
周囲の人々は首を傾げ、それから何かに気づいたようにぱっと目を見開いた。
人々はひそひそと顔を寄せ合い、それから最初に声をかけてくれた女性が私を覗き込んできた。
「もしかして、第二王子のモルドレッド殿下と、ジェニファー・ヴォーティガン嬢なのか?」
「はい。城下町の視察という名目ですが、のんびり散策させていただいております」
明るく答えると、人々がどっとざわめいた。けれど、それもすぐに落ち着き、殿下は男性たちからおすすめの酒場を教えてもらっていた。
私のほうも、婦人たちから境遇を気の毒がられたり、殿下との恋話を根掘り葉掘り聞かれたりした。
それからしばらくは、一緒に報告書を作ったり、それぞれの政務に追われたりする日々が続いた。
その中で、私と殿下は時折城下町に顔を出すようにした。
きっかけは、父のこんな言葉だった。
「優れた為政者というものは貴族や、国王陛下の支持も必要だが、まず臣民から支持を得なくてはならない」
と言われたのだ。
すると殿下も、
「俺が王位を継承する気はないと明言していたのは対貴族だけだし、城下町ってほとんど行ったことがないんだ。だから、君と俺とで視察してさ、顔を売ってもいいと思うんだよ」
とおっしゃるので、行けてもせいぜい週に一度だけれど、やらないよりはずっといい。
少なくとも、国王陛下につきっきりのアーサー殿下には、まず思いつかない手段だ。
***
それに、目的はどうあれ、城下町を散策する時間は純粋に楽しかった。
子供のころは、私も城塞都市の中を自由に駆け回っては、よくばあやをまいたものだ。
もっとも、まいたつもりになっていたのは私だけで、ばあやはしっかり後をついてきていたのだけれど。
「まあ、おいしそう」
「店主、こちらは?」
「鶏の串焼きですよ、お坊ちゃん。しがない庶民の食べ物だ。お貴族様のお口に合うとは思えないがね」
「おひとつくださいな。殿下、半分こしましょう」
「で、殿下!?」
店主が目を白黒させながら、串焼きをよこしてくれる。店主は目を白黒させながら串焼きを差し出してくれた。私の侍女が能力で毒がないかだけ確認してから返してくるので、私は殿下と半分ずつ分け合って食べた。
「おいしい! すごくおいしいです。タレが甘辛くて、お肉も柔らかいですわ」
「そ、そんな大したもんじゃねえよ……お貴族様なら、普段もっといいもん食ってるだろ……」
「それはそれ、これはこれ。私、ヴォーティガン家の者ですから、こういったすぐに食べられる食事は慣れているんです」
戦時中の携帯食として、だけれど。それに、携帯食よりずっとおいしい。
「ヴォーティガン……ヴォーティガン辺境伯家のジェニファー様!? ってことはこちらはモルドレッド殿下!? こ、こんな粗末なもんを食わせて不敬罪でとっつかまっちまう!!」
殿下は目を細め、怯えきった店主へやさしく微笑みかけた。
夏の陽射しが、殿下のさらさらした白金の髪に反射してきらきらと輝いていた。
同時に、ふわりと花のような香りが漂った。
「どうか、ご自身の商品を粗末だなんて言わないでほしい。とてもおいしかった。ありがとう」
店主がぽかんと殿下に見とれている間に、私たちは次の店へ向かった。
その途中、少し先から喧騒が聞こえてきたので、殿下と目配せして様子をうかがった。
そこでは、酒臭い息を吐きながら、酔っ払いらしい壮年の男たちが掴み合いの喧嘩をしていた。
観戦していた年配の女性が、私と殿下に気づいた。
「お貴族様がこんなしょうもない喧嘩野次馬するものじゃないよ」
「あ? お貴族様だあ?」
喧嘩していた男の一人が、足をもつれさせながらこちらへ近づいてきた。
殿下が素早く私をかばう。
「けっ、見世物じゃねえぞ!?」
その瞬間、殿下から先ほどと同じ花のような香りがふわりと広がった。
それと同時に男性がゆらりと立ち止まった。
「お気を悪くされたのなら、申し訳ございません。たまたま通りがかったものですから」
「あ、いや……」
「僕ら、お恥ずかしながらこの辺りには明るくないんです。おすすめのお酒があれば教えてください」
喧嘩していたもう一人の男性も寄ってきた。
「お貴族様に勧められるような上等なもんなんか、この辺りにはねえよ」
「ご謙遜を。そもそも僕、家では母が厳しくて、ほとんど飲ませてもらえないんです。……第二夫人の子なものですから」
半分くらいは本当だ。
殿下は王宮でも離宮でもほとんどお酒は嗜まない。
でも第二王妃殿下が飲ませないのではなく、味が好きではないからというだけだ。
ちなみに私は、お酒を飲める年になって初めて殿下と飲んだ際、相当暴れたらしく、それ以来、禁止されている。
周囲の人々は首を傾げ、それから何かに気づいたようにぱっと目を見開いた。
人々はひそひそと顔を寄せ合い、それから最初に声をかけてくれた女性が私を覗き込んできた。
「もしかして、第二王子のモルドレッド殿下と、ジェニファー・ヴォーティガン嬢なのか?」
「はい。城下町の視察という名目ですが、のんびり散策させていただいております」
明るく答えると、人々がどっとざわめいた。けれど、それもすぐに落ち着き、殿下は男性たちからおすすめの酒場を教えてもらっていた。
私のほうも、婦人たちから境遇を気の毒がられたり、殿下との恋話を根掘り葉掘り聞かれたりした。



