私は昔使っていた部屋へ、殿下は客室へ荷物を運び入れたあと、二人で応接室へ向かった。
途中でばあやや執事には泣かれるし、殿下と補佐官、それから第二王妃につけてもらった侍女たちは使用人に睨まれて、ひどく肩身が狭そうだった。
応接室では両親が待ち構えていた。
「この度は視察を受け入れてくださり、ありがとうございます、ヴォーティガン卿」
「なに、かわいい娘を連れてきてくれるとなれば断れないさ。相変わらず君たちは娘の使いどころがうまい」
「お父様、おやめになって。モルドレッド殿下は私を同行させるために国王陛下を説得してくださったんですよ」
モルドレッド殿下は青ざめているし、父の笑顔は引きつっているし、応接室の空気は最悪だった。なのに母だけは、いかにも楽しそうに微笑んでいらっしゃる。
「まあまあジニー。お父様を許して差し上げて? 何年も会っていなかった年頃の娘が、殿方と親しげに帰省してきたからすねているのよ」
「すねてなどおらん! ……ところで最近、近隣の貴族から少々おもしろい話を聞いてね」
一瞬で、部屋の空気が張り詰めた。
殿下と私は思わず背筋を伸ばし、母は扇で口元を隠した。
「……はい。ヴォーティガン卿のお力添えを願いたく、本日はお願いに参りました」
「先に聞くが、ジニー。彼の言葉に嘘はないかい?」
「ございません」
私がそう答えると、父は目を細め、わずかに口元を上げた。
「聞く価値がありそうだ」
モルドレッド殿下は膝の上で、こぶしをわずかに震わせていた。
いつもなら手を添えるけど、今は堪える。
「ありがとうございます、卿。兄上のことなのですが……」
殿下は、アーサー第一王子がウーサー国王を能力で操っていることと、その狙いがおそらく王位の早期継承にあることを説明した。
「……これはわたしのせいなのですが、私がジェニファー嬢と親しくしていることを兄上はいたく警戒しておりまして」
「ジニーの監禁理由を考えれば当然だな」
そのとき、窓の外で強い風が吹き抜けた。
木々の影が窓辺に揺れ、薄暗い室内でゆらゆらと形を変えていた。
日の差さない部屋の中で、父の鋭い視線が殿下を射抜いた。
「う、はい。そのため、わたしと彼女、ひいてはヴォーティガン卿が台頭する前に兄上の立場を盤石なものにしたい、というのが目的だと思われます」
「まったく、すっとこどっこいだな、君は」
父のあまりの暴言に、私とお母様は思わず同時に吹き出してしまった。
それについては正直否定できない。けれど、そもそも離宮全体にそういう空気があったから、殿下一人を責めるのは違う。
「ジニーはどうしたい? わたしとしては、愛娘をそんな危なっかしいことに巻き込みたくはないんだがね」
「モルドレッド殿下がアーサー殿下を差し置いてでも王位継承の意思があるとおっしゃるのなら、私はヴォーティガン家の者として剣になるのはやぶさかではございません」
「彼は、我々が背中を預けるに足る人物かい?」
「足ります。あの王宮で唯一、私の自由を願い、そのために動いてくださった方ですから」
「……そうか。ジニーがそこまで言うのなら、乗ってあげよう。わたしとしても、娘がいつまでも幽閉されたままなのは面白くない。もちろん、君が娘に“良く”してくれているのは知っているからね」
薄く笑う父に、殿下の顔色が悪くなった。
母は扇で口元を隠しているけれど、肩が震えていて、まったく隠しきれていない。
モルドレッド殿下は小さく息を吸い、居住まいを正した。
「王子のままでは、愛する女性の一人も守れないと、遅ればせながら気づきました。どうか、お力添えのほどお願いします」
殿下が頭を下げた。
私も続けて頭を下げた。
父が膝の上で手を強く握るのが見えた。
「二人とも、顔を上げなさい」
殿下とともに従うと、父はまっすぐに殿下を見つめていた。
「ヴォーティガン家は東の海を守り、国家を逆賊から守り、人民の生活を守る防人の一族だ。むろん、そこの娘も。貴殿には、我々の誇りを守っていただきたい」
「承知仕りました。父王の卿に対する数々の無礼をどうか謝らせてください。まことに、申し訳ありませんでした」
モルドレッド殿下は再び頭を下げた。
やがて殿下が頭を上げるころには、父の表情も穏やかなものへ変わっていた。
「さて、話もまとまったことだし、ジニーは一度街に顔を出しておいで。殿下を案内して差し上げるといい。街の者たちも、長らく君の身を案じていたから」
「はい、お父様。ありがとうございます」
「かまわんよ」
父はひらひらと手を振った。
「今後どう動くつもりなのかは、夕食のときにでも聞かせてくれ。とびきり美味い海の幸と、我が領の新鮮な食材を用意しているからね」
「ありがとうございます!」
殿下と共に応接室を出た。
扉を閉める直前、父が母に泣きつく声が聞こえた。モルドレッド殿下が私に甘えてくるときとそっくりで、つい笑みがこぼれた。
途中でばあやや執事には泣かれるし、殿下と補佐官、それから第二王妃につけてもらった侍女たちは使用人に睨まれて、ひどく肩身が狭そうだった。
応接室では両親が待ち構えていた。
「この度は視察を受け入れてくださり、ありがとうございます、ヴォーティガン卿」
「なに、かわいい娘を連れてきてくれるとなれば断れないさ。相変わらず君たちは娘の使いどころがうまい」
「お父様、おやめになって。モルドレッド殿下は私を同行させるために国王陛下を説得してくださったんですよ」
モルドレッド殿下は青ざめているし、父の笑顔は引きつっているし、応接室の空気は最悪だった。なのに母だけは、いかにも楽しそうに微笑んでいらっしゃる。
「まあまあジニー。お父様を許して差し上げて? 何年も会っていなかった年頃の娘が、殿方と親しげに帰省してきたからすねているのよ」
「すねてなどおらん! ……ところで最近、近隣の貴族から少々おもしろい話を聞いてね」
一瞬で、部屋の空気が張り詰めた。
殿下と私は思わず背筋を伸ばし、母は扇で口元を隠した。
「……はい。ヴォーティガン卿のお力添えを願いたく、本日はお願いに参りました」
「先に聞くが、ジニー。彼の言葉に嘘はないかい?」
「ございません」
私がそう答えると、父は目を細め、わずかに口元を上げた。
「聞く価値がありそうだ」
モルドレッド殿下は膝の上で、こぶしをわずかに震わせていた。
いつもなら手を添えるけど、今は堪える。
「ありがとうございます、卿。兄上のことなのですが……」
殿下は、アーサー第一王子がウーサー国王を能力で操っていることと、その狙いがおそらく王位の早期継承にあることを説明した。
「……これはわたしのせいなのですが、私がジェニファー嬢と親しくしていることを兄上はいたく警戒しておりまして」
「ジニーの監禁理由を考えれば当然だな」
そのとき、窓の外で強い風が吹き抜けた。
木々の影が窓辺に揺れ、薄暗い室内でゆらゆらと形を変えていた。
日の差さない部屋の中で、父の鋭い視線が殿下を射抜いた。
「う、はい。そのため、わたしと彼女、ひいてはヴォーティガン卿が台頭する前に兄上の立場を盤石なものにしたい、というのが目的だと思われます」
「まったく、すっとこどっこいだな、君は」
父のあまりの暴言に、私とお母様は思わず同時に吹き出してしまった。
それについては正直否定できない。けれど、そもそも離宮全体にそういう空気があったから、殿下一人を責めるのは違う。
「ジニーはどうしたい? わたしとしては、愛娘をそんな危なっかしいことに巻き込みたくはないんだがね」
「モルドレッド殿下がアーサー殿下を差し置いてでも王位継承の意思があるとおっしゃるのなら、私はヴォーティガン家の者として剣になるのはやぶさかではございません」
「彼は、我々が背中を預けるに足る人物かい?」
「足ります。あの王宮で唯一、私の自由を願い、そのために動いてくださった方ですから」
「……そうか。ジニーがそこまで言うのなら、乗ってあげよう。わたしとしても、娘がいつまでも幽閉されたままなのは面白くない。もちろん、君が娘に“良く”してくれているのは知っているからね」
薄く笑う父に、殿下の顔色が悪くなった。
母は扇で口元を隠しているけれど、肩が震えていて、まったく隠しきれていない。
モルドレッド殿下は小さく息を吸い、居住まいを正した。
「王子のままでは、愛する女性の一人も守れないと、遅ればせながら気づきました。どうか、お力添えのほどお願いします」
殿下が頭を下げた。
私も続けて頭を下げた。
父が膝の上で手を強く握るのが見えた。
「二人とも、顔を上げなさい」
殿下とともに従うと、父はまっすぐに殿下を見つめていた。
「ヴォーティガン家は東の海を守り、国家を逆賊から守り、人民の生活を守る防人の一族だ。むろん、そこの娘も。貴殿には、我々の誇りを守っていただきたい」
「承知仕りました。父王の卿に対する数々の無礼をどうか謝らせてください。まことに、申し訳ありませんでした」
モルドレッド殿下は再び頭を下げた。
やがて殿下が頭を上げるころには、父の表情も穏やかなものへ変わっていた。
「さて、話もまとまったことだし、ジニーは一度街に顔を出しておいで。殿下を案内して差し上げるといい。街の者たちも、長らく君の身を案じていたから」
「はい、お父様。ありがとうございます」
「かまわんよ」
父はひらひらと手を振った。
「今後どう動くつもりなのかは、夕食のときにでも聞かせてくれ。とびきり美味い海の幸と、我が領の新鮮な食材を用意しているからね」
「ありがとうございます!」
殿下と共に応接室を出た。
扉を閉める直前、父が母に泣きつく声が聞こえた。モルドレッド殿下が私に甘えてくるときとそっくりで、つい笑みがこぼれた。



