やがて初夏も過ぎ、本格的な夏になろうかという頃、ブリテニア王国の東端にあるヴォーティガン領へとたどり着いた。
「きれいなところだ」
殿下は生まれて初めてやってきた辺境の地に、目を輝かせた。
私もここへ来るのは何年ぶりだろう。
そもそも王宮に召し上げられてから、ほとんど城から出ることもなく過ごしてきた。
久しぶりの故郷は海風が吹き抜け、潮の香りと青々とした畑がどこまでも広がる、のどかな場所だ。
それらを馬車から眺めながら、殿下はぽつりとつぶやいた。
「ジニーは、こんなきれいなところで育ったんだな」
「はい……私の、自慢の故郷です」
「ごめん、もっと早く来られなくて。ごめん、もっと、俺が」
「何をおっしゃいますの」
私は殿下の骨ばったこぶしに、そっと手を重ねた。
「殿下が視察にお誘いくださったから、こうして一緒にこの景色を見られたのではないですか。私も殿下にお見せしたかったんですのよ」
「……うん、ありがとう、ジニー」
畑の間の細いあぜ道を抜けると、馬車はゆっくりと都市部へ入っていった。
我がヴォーティガン邸は海に面した崖の上の城塞都市の最も奥、つまり戦争の最前線となる場所に建っている。
王家の紋章が入った馬車が通りに差しかかると、通りの空気がざわりと揺れ、住民たちのざわめきが馬車の中まで伝わってきた。当然だった。ヴォーティガン家も、この領地に暮らす人々も、王家によい印象などほとんど持っていない。
「殿下、帰省の挨拶は私からさせてくださいませね」
「それは俺が」
「そうしないと、暴動が起きて帰りの馬車がなくなりかねませんもの」
モルドレッド殿下が、いぶかしげに眉を寄せた。
私がにこりと微笑んだ瞬間に、馬車が城の前で止まる。
すぐさま馬車を飛び降り、御者より先に門へ向かった。
「ただいま戻りました」
目を丸くする門兵に声をかけると、彼らの瞳が潤む。
「ひ、姫様……っ」
「開けてくださる?」
「もちろんでございます!!」
ぎいぎいと重たい音を立てながら、ゆっくりと門が開いていく。私は大きく息を吸った。
「ジェニファー・ヴォーティガン、ただいま戻りました!!」
目いっぱい声を張り上げると、背後から割れんばかりの歓声が上がった。
馬車から苦笑したモルドレッド殿下が降りてきて、私に並ぶ。
「熱気がすごいな」
「当然です。ここでは団結しないと生き残れませんもの」
今は戦争をしていないけれど、いつ何時また火が上がるかはわからない。
戦争は、起こる前日までは平和なのだ。
振り向いて、門の前に集まった民衆へ大きく手を振った。
「そういうことをするから、王家から警戒されるんだ」
真後ろから声がかかった。
見ると、父が笑っていた。
「しないほうがよかったですか?」
「まさか」
父はくすりと笑い、殿下と、その後ろに控える馬車へ視線を向けた。
「やらなきゃ、ブリテニア王国の王子が一人減っていたかもしれんからな。わたしとしてはどちらでもかまわんが」
モルドレッド殿下が「ヒュッ」と息を呑む音が聞こえた。
そういうことを言うから、王家から警戒されるんですよ、お父様。
***
「きれいなところだ」
殿下は生まれて初めてやってきた辺境の地に、目を輝かせた。
私もここへ来るのは何年ぶりだろう。
そもそも王宮に召し上げられてから、ほとんど城から出ることもなく過ごしてきた。
久しぶりの故郷は海風が吹き抜け、潮の香りと青々とした畑がどこまでも広がる、のどかな場所だ。
それらを馬車から眺めながら、殿下はぽつりとつぶやいた。
「ジニーは、こんなきれいなところで育ったんだな」
「はい……私の、自慢の故郷です」
「ごめん、もっと早く来られなくて。ごめん、もっと、俺が」
「何をおっしゃいますの」
私は殿下の骨ばったこぶしに、そっと手を重ねた。
「殿下が視察にお誘いくださったから、こうして一緒にこの景色を見られたのではないですか。私も殿下にお見せしたかったんですのよ」
「……うん、ありがとう、ジニー」
畑の間の細いあぜ道を抜けると、馬車はゆっくりと都市部へ入っていった。
我がヴォーティガン邸は海に面した崖の上の城塞都市の最も奥、つまり戦争の最前線となる場所に建っている。
王家の紋章が入った馬車が通りに差しかかると、通りの空気がざわりと揺れ、住民たちのざわめきが馬車の中まで伝わってきた。当然だった。ヴォーティガン家も、この領地に暮らす人々も、王家によい印象などほとんど持っていない。
「殿下、帰省の挨拶は私からさせてくださいませね」
「それは俺が」
「そうしないと、暴動が起きて帰りの馬車がなくなりかねませんもの」
モルドレッド殿下が、いぶかしげに眉を寄せた。
私がにこりと微笑んだ瞬間に、馬車が城の前で止まる。
すぐさま馬車を飛び降り、御者より先に門へ向かった。
「ただいま戻りました」
目を丸くする門兵に声をかけると、彼らの瞳が潤む。
「ひ、姫様……っ」
「開けてくださる?」
「もちろんでございます!!」
ぎいぎいと重たい音を立てながら、ゆっくりと門が開いていく。私は大きく息を吸った。
「ジェニファー・ヴォーティガン、ただいま戻りました!!」
目いっぱい声を張り上げると、背後から割れんばかりの歓声が上がった。
馬車から苦笑したモルドレッド殿下が降りてきて、私に並ぶ。
「熱気がすごいな」
「当然です。ここでは団結しないと生き残れませんもの」
今は戦争をしていないけれど、いつ何時また火が上がるかはわからない。
戦争は、起こる前日までは平和なのだ。
振り向いて、門の前に集まった民衆へ大きく手を振った。
「そういうことをするから、王家から警戒されるんだ」
真後ろから声がかかった。
見ると、父が笑っていた。
「しないほうがよかったですか?」
「まさか」
父はくすりと笑い、殿下と、その後ろに控える馬車へ視線を向けた。
「やらなきゃ、ブリテニア王国の王子が一人減っていたかもしれんからな。わたしとしてはどちらでもかまわんが」
モルドレッド殿下が「ヒュッ」と息を呑む音が聞こえた。
そういうことを言うから、王家から警戒されるんですよ、お父様。
***



