やがて馬車の揺れが穏やかになった。
窓の外へ目を向けると、どうやら街へ到着したらしかった。
王都からほど近いこともあってか、街は初夏らしい活気にあふれている。
街の奥に建つ大きな屋敷の前で、馬車がゆっくりと止まった。
馬車を降りると、街と周辺の土地を治めるアグラヴェイン侯爵夫妻が、屋敷の前で私たちを出迎えてくださった。
「よくぞお越しくださいました」
「歓迎いただきありがとうございます。活気のある素敵な街ですね。侯爵のお人柄がうかがえます」
モルドレッド殿下がにこりと微笑み、侯爵へ手を差し出した。
「ヴォーティガン嬢もお疲れではございませんか? どうぞこちらへ」
「ありがとうございます、婦人。先日はお世話になりました」
「本当にねえ。やはり先日のお茶会の後、わたくしと先にいらしていただきたかったわ」
「申し訳ございません、婦人」
殿下が笑顔で割って入った。
「彼女の姿が見えないと、わたしが不安になってしまうものでして」
「あらあら、無粋でしたわ。ごめんなさいね」
満面の笑みを浮かべたアグラヴェイン婦人に案内され、私と殿下は屋敷の中へ足を踏み入れた。
客間につくと、夫人は私を見て首を傾げた。
「寝室はいかがなさいます? 殿下とご一緒になさる?」
「私はソファを使わせていただきます」
「殿下、もう少し頑張りませんと」
微笑む夫人に、殿下が苦笑した。
「頑張っているのですけれど、彼女が恥ずかしがり屋でして」
「そういう問題ではございませんわ……」
結局、殿下はドア続きになった隣の寝室へ、侍女に案内されていった。
「殿下のことはお慕いしておりますけれど、結婚となりますと……陛下がお許しになりませんわ」
「それならいっそ、殿下がヴォーティガン伯爵家へ婿入りなされば良いのでは? アーサー殿下が王位を継承なさるのでしょう?」
客室のカーテンを開けながら、夫人がさらりと言った。
先ほどまでそばに控えていた侍女たちは、いつの間にか全員退室している。
「今のところ、アーサー殿下が有力のご様子ですわね」
手のひらに、じわりと汗がにじんだ。
喉がひりひりする。
「まあ……モルドレッド殿下にも、王位継承のご意思が?」
こちらの思惑を知ってか知らずか、夫人はためらいもなく核心へ踏み込んできた。
ゆっくりと唾をのみ込み、慎重に口を開いた。
「最近、アーサー殿下はとてもお忙しそうでして……モルドレッド殿下も、陛下から多くのお役目をいただいておりますし、まだなんとも申し上げられませんわ」
「たしかに、最近アーサー殿下となかなかお目にかかれないと妃殿下もおっしゃってましたわね。社交シーズンですのに」
「そういえば、お見合いも軒並みお断りされているとうかがいましたわ。よほど政務に注力なされているのですね。でも、この時期に何をそこまで……。わたくし、お恥ずかしながら政治には疎くて」
汗で湿った手を、ぎゅっと握りしめた。
張りつけたような笑みのせいで、口の端が引きつりそうだった。
窓の外が明るいせいか、部屋の中は妙に薄暗く感じられた。
「ふふ、ヴォーティガン家の方々は、常に防衛に力を割いていらっしゃいますものね。たしかに今の時期は、そこまで忙しくないものですの。バケーションまではまだ時間がありますし。終われば各地で収穫祭や豊穣祭が始まりますから、その頃は忙しくなりますけれど」
「なるほど……。教えていただき、感謝いたします。離宮で王妃教育は受けておりますけれど、最近は視察に向けて、各地域の歴史や特産について学ぶことが多く、時勢に疎くなっておりました」
「地域の特産ということであれば、この後の食事に我が領の特産である小麦と、それを使ったパンをお出しするから、楽しみにしてらしてね」
「はい、ありがとうございます」
ふと夫人が顔を上げた。
夫人の視線を追うと、モルドレッド殿下がドアの隙間からこちらを覗いていた。
「そろそろ、ジニーを返していただいても?」
「そうさせていただきます。せっかくですしお夕飯まで街の散策でもされては?」
「ありがたくお受けいたします」
離宮で過ごしていると、王城の敷地の外へ出る機会はなかなかない。
せっかくの機会だし、殿下との街歩きを楽しませていただこう。
名残惜しそうにする殿下の腕を取って、私はアグラヴェイン夫人の後に続いた。
***
窓の外へ目を向けると、どうやら街へ到着したらしかった。
王都からほど近いこともあってか、街は初夏らしい活気にあふれている。
街の奥に建つ大きな屋敷の前で、馬車がゆっくりと止まった。
馬車を降りると、街と周辺の土地を治めるアグラヴェイン侯爵夫妻が、屋敷の前で私たちを出迎えてくださった。
「よくぞお越しくださいました」
「歓迎いただきありがとうございます。活気のある素敵な街ですね。侯爵のお人柄がうかがえます」
モルドレッド殿下がにこりと微笑み、侯爵へ手を差し出した。
「ヴォーティガン嬢もお疲れではございませんか? どうぞこちらへ」
「ありがとうございます、婦人。先日はお世話になりました」
「本当にねえ。やはり先日のお茶会の後、わたくしと先にいらしていただきたかったわ」
「申し訳ございません、婦人」
殿下が笑顔で割って入った。
「彼女の姿が見えないと、わたしが不安になってしまうものでして」
「あらあら、無粋でしたわ。ごめんなさいね」
満面の笑みを浮かべたアグラヴェイン婦人に案内され、私と殿下は屋敷の中へ足を踏み入れた。
客間につくと、夫人は私を見て首を傾げた。
「寝室はいかがなさいます? 殿下とご一緒になさる?」
「私はソファを使わせていただきます」
「殿下、もう少し頑張りませんと」
微笑む夫人に、殿下が苦笑した。
「頑張っているのですけれど、彼女が恥ずかしがり屋でして」
「そういう問題ではございませんわ……」
結局、殿下はドア続きになった隣の寝室へ、侍女に案内されていった。
「殿下のことはお慕いしておりますけれど、結婚となりますと……陛下がお許しになりませんわ」
「それならいっそ、殿下がヴォーティガン伯爵家へ婿入りなされば良いのでは? アーサー殿下が王位を継承なさるのでしょう?」
客室のカーテンを開けながら、夫人がさらりと言った。
先ほどまでそばに控えていた侍女たちは、いつの間にか全員退室している。
「今のところ、アーサー殿下が有力のご様子ですわね」
手のひらに、じわりと汗がにじんだ。
喉がひりひりする。
「まあ……モルドレッド殿下にも、王位継承のご意思が?」
こちらの思惑を知ってか知らずか、夫人はためらいもなく核心へ踏み込んできた。
ゆっくりと唾をのみ込み、慎重に口を開いた。
「最近、アーサー殿下はとてもお忙しそうでして……モルドレッド殿下も、陛下から多くのお役目をいただいておりますし、まだなんとも申し上げられませんわ」
「たしかに、最近アーサー殿下となかなかお目にかかれないと妃殿下もおっしゃってましたわね。社交シーズンですのに」
「そういえば、お見合いも軒並みお断りされているとうかがいましたわ。よほど政務に注力なされているのですね。でも、この時期に何をそこまで……。わたくし、お恥ずかしながら政治には疎くて」
汗で湿った手を、ぎゅっと握りしめた。
張りつけたような笑みのせいで、口の端が引きつりそうだった。
窓の外が明るいせいか、部屋の中は妙に薄暗く感じられた。
「ふふ、ヴォーティガン家の方々は、常に防衛に力を割いていらっしゃいますものね。たしかに今の時期は、そこまで忙しくないものですの。バケーションまではまだ時間がありますし。終われば各地で収穫祭や豊穣祭が始まりますから、その頃は忙しくなりますけれど」
「なるほど……。教えていただき、感謝いたします。離宮で王妃教育は受けておりますけれど、最近は視察に向けて、各地域の歴史や特産について学ぶことが多く、時勢に疎くなっておりました」
「地域の特産ということであれば、この後の食事に我が領の特産である小麦と、それを使ったパンをお出しするから、楽しみにしてらしてね」
「はい、ありがとうございます」
ふと夫人が顔を上げた。
夫人の視線を追うと、モルドレッド殿下がドアの隙間からこちらを覗いていた。
「そろそろ、ジニーを返していただいても?」
「そうさせていただきます。せっかくですしお夕飯まで街の散策でもされては?」
「ありがたくお受けいたします」
離宮で過ごしていると、王城の敷地の外へ出る機会はなかなかない。
せっかくの機会だし、殿下との街歩きを楽しませていただこう。
名残惜しそうにする殿下の腕を取って、私はアグラヴェイン夫人の後に続いた。
***



