その日の昼下がり、私、ジェニファー・ヴォーティガンはモルドレッド殿下と共に離宮の庭の最奥へと足を運んでいた。
ここは第二王妃殿下が用意した密会用の庭園で、いくつもの能力を掛け合わせているらしく、外からは中の様子を見ることも、声を聞くこともできない。仕組みと、使われた能力については、「秘密です」とのことだった。
当然、利用には第二王妃殿下の許可が必要で、私と殿下がここへ入るのも二度目だった。
……一度目は私が王宮に連れてこられてすぐ、殿下と初めてお会いした時だ。
その密会用の庭園で、私と殿下は並んでベンチに腰を下ろしていた。……というより、私に抱きついて離れない殿下の髪をなでながら、満足してくださるのを待っていた。
「寂しかったんだよ!」
「私も寂しかったです」
「本当に?」
「殿下にウソなどついたことはありませんわ」
庭園には色とりどりの春の花が咲き、やわらかな風に乗って、小鳥たちのさえずりが遠くから聞こえてきた。
「好き。結婚して」
「殿下が成すべきを成して、国王陛下が首を縦に振ったなら、検討いたしましょう」
「……しょうがない、いっちょ反逆しようかな」
殿下は最後に私の背中をぎゅっと抱きしめると、ようやく顔を上げた。
「殿下、まずはどうしましょうか」
そう聞くと、殿下は下がっていた眉を上げ、への字に曲がっていた口元もすっと引き締めた。
「……まずは支持基盤を固めようか」
殿下は体を起こして背筋を伸ばした。
春の終わりの温かな風が吹き、殿下の後ろで結ばれた髪をさらりと揺らす。
緑の瞳が厳しく細められた。
「知っての通り、兄上の支持基盤は厚い。俺と君だけじゃ、とても太刀打ちできないよ。なにしろ父上もついてるし」
「ええ……それは、そうですわ」
「でも、俺らにはちょうどいい機会がある」
殿下がニッといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「地方視察、ですわね?」
「そうだ。道中で貴族らの支持を集められるように、俺と君とでがんばろう。最終目標は君の父上だ」
「たしかに、父が殿下につくと表明すれば、それだけで周辺諸国も殿下を支持なさるでしょう。先に父を説得なさっては?」
「ヴォーティガン卿を最初に攻略できるのは君だけだよ」
殿下は苦笑して肩をすくめた。
本当にそうかしら?
父は相手が娘だからといって、判断を甘くするような人ではないのだけれど。
「君には実績と能力があるし、卿からの信頼もある。でも俺はそうじゃないから、周囲の貴族を味方につけてから、正々堂々挑ませてもらうよ」
「殿下のよいようになさってください。視察中の挨拶以外で、私にできることはありますか?」
「もちろん」
殿下は目を細めて私を見た。
「今は社交シーズン真っ只中だから、夫人方のお茶会で情報収集を。女性の方がそういうの、得意だろ?」
私は思わず眉をひそめたけれど、すぐに頷いた。
第二王妃殿下が頻繁にお茶会を開いているから、そこに参加させてもらってもいいし、頼めば正妃殿下主催のお茶会にも潜り込めるはずだ。
それに、正妃殿下や第二王妃殿下が主催するお茶会は敷居が高く、参加する年齢層もどうしても高めになる。なら、私の方で敷居も年齢層も低めのお茶会を開いたっていい。
「かしこまりました、殿下。ご期待に添えるよう、努力いたします」
「うん、頼りにしてるよ。俺は引き続き、兄上から任されてる国政を手伝いながら、何を企んでるのか調べるからさ」
殿下が真っ直ぐに私を見た。
同じように見つめ返す。
「俺の目的は、兄上が父上を操るのを止めさせること、そして君を自由の身にすることだ」
「私の身ですか?」
たしかに殿下は前から時々そう言っていたけれど、まさか本気だったなんて知らなかった。疑っていたわけではなく、そこまで優先順位が高いとは考えていなかったのだ。
「国政が最優先ですので、私のことは……殿下がお気にかけてくださるだけで十分ですわ」
「十分じゃない」
強い風が吹き抜けた。
頭の上では木々が音を立てて揺れ、鳥たちが飛び立つ。
彼は、あの鳥のように私を自由な空へ飛び立たせようとしているらしい。
もし自由に羽ばたけたとしても、私はきっと――。
「ありがとうございます、殿下」
モルドレッド殿下に木漏れ日が降り注ぎ、白金の髪がきらきらと輝いて見えた。
あまりにまぶしくて、つい目を細めてしまう。
「殿下のお気持ち、ありがたくちょうだいいたします」
すっと、モルドレッド殿下が私に手を差し出した。
その手を取ると、指先をやさしく握られ、殿下が顔を寄せた。
一瞬触れて、すぐに離れる。
「ジニー。どうか、不甲斐ない俺に力を貸してほしい」
「よろこんで、モルドレッド殿下。この不肖ジェニファー・ヴォーティガン、殿下のお力となりましょう」
「命ある限り」と続けたかったけれど、飲み込んだ。
きっと殿下は、そんな誓いを受け入れてはくださらないでしょうから。
「……よし、じゃあ視察の日程を詰めていこうか」
「承知しました。では殿下の執務室に参りましょうか」
「やだ! ここでやろう。執務室に戻ったら、俺にも君にも別件が舞い込んでくるし。……もう少しだけ、ジニーを独り占めさせてほしい」
殿下は背中を丸め、甘えるように下から私を覗き込んだ。
先ほどまでのきりっとした表情はどこへやら。眉は下がり、口元も頼りなさそうに閉じられていた。
「仕方のないお方ですこと」
そう言うと、殿下の手が膝の上に置いていた私の手にそっと重なった。
指が絡んで、軽く握られる。
「俺がすぐに決められなかったのが悪いんだけどさ。でも、ジニーと会わずにいて、寂しかったんだ」
「ふふ、私も寂しかったです。でも殿下には、一人で考える時間が必要でしたから。我慢しておりました」
「ごめん、我慢させて」
「かまいません。こうして覚悟を決めてくださいましたから」
絡んだ指を握り返す。
私と殿下は、ようやく同じ方向を見据えられていた。
***
ここは第二王妃殿下が用意した密会用の庭園で、いくつもの能力を掛け合わせているらしく、外からは中の様子を見ることも、声を聞くこともできない。仕組みと、使われた能力については、「秘密です」とのことだった。
当然、利用には第二王妃殿下の許可が必要で、私と殿下がここへ入るのも二度目だった。
……一度目は私が王宮に連れてこられてすぐ、殿下と初めてお会いした時だ。
その密会用の庭園で、私と殿下は並んでベンチに腰を下ろしていた。……というより、私に抱きついて離れない殿下の髪をなでながら、満足してくださるのを待っていた。
「寂しかったんだよ!」
「私も寂しかったです」
「本当に?」
「殿下にウソなどついたことはありませんわ」
庭園には色とりどりの春の花が咲き、やわらかな風に乗って、小鳥たちのさえずりが遠くから聞こえてきた。
「好き。結婚して」
「殿下が成すべきを成して、国王陛下が首を縦に振ったなら、検討いたしましょう」
「……しょうがない、いっちょ反逆しようかな」
殿下は最後に私の背中をぎゅっと抱きしめると、ようやく顔を上げた。
「殿下、まずはどうしましょうか」
そう聞くと、殿下は下がっていた眉を上げ、への字に曲がっていた口元もすっと引き締めた。
「……まずは支持基盤を固めようか」
殿下は体を起こして背筋を伸ばした。
春の終わりの温かな風が吹き、殿下の後ろで結ばれた髪をさらりと揺らす。
緑の瞳が厳しく細められた。
「知っての通り、兄上の支持基盤は厚い。俺と君だけじゃ、とても太刀打ちできないよ。なにしろ父上もついてるし」
「ええ……それは、そうですわ」
「でも、俺らにはちょうどいい機会がある」
殿下がニッといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「地方視察、ですわね?」
「そうだ。道中で貴族らの支持を集められるように、俺と君とでがんばろう。最終目標は君の父上だ」
「たしかに、父が殿下につくと表明すれば、それだけで周辺諸国も殿下を支持なさるでしょう。先に父を説得なさっては?」
「ヴォーティガン卿を最初に攻略できるのは君だけだよ」
殿下は苦笑して肩をすくめた。
本当にそうかしら?
父は相手が娘だからといって、判断を甘くするような人ではないのだけれど。
「君には実績と能力があるし、卿からの信頼もある。でも俺はそうじゃないから、周囲の貴族を味方につけてから、正々堂々挑ませてもらうよ」
「殿下のよいようになさってください。視察中の挨拶以外で、私にできることはありますか?」
「もちろん」
殿下は目を細めて私を見た。
「今は社交シーズン真っ只中だから、夫人方のお茶会で情報収集を。女性の方がそういうの、得意だろ?」
私は思わず眉をひそめたけれど、すぐに頷いた。
第二王妃殿下が頻繁にお茶会を開いているから、そこに参加させてもらってもいいし、頼めば正妃殿下主催のお茶会にも潜り込めるはずだ。
それに、正妃殿下や第二王妃殿下が主催するお茶会は敷居が高く、参加する年齢層もどうしても高めになる。なら、私の方で敷居も年齢層も低めのお茶会を開いたっていい。
「かしこまりました、殿下。ご期待に添えるよう、努力いたします」
「うん、頼りにしてるよ。俺は引き続き、兄上から任されてる国政を手伝いながら、何を企んでるのか調べるからさ」
殿下が真っ直ぐに私を見た。
同じように見つめ返す。
「俺の目的は、兄上が父上を操るのを止めさせること、そして君を自由の身にすることだ」
「私の身ですか?」
たしかに殿下は前から時々そう言っていたけれど、まさか本気だったなんて知らなかった。疑っていたわけではなく、そこまで優先順位が高いとは考えていなかったのだ。
「国政が最優先ですので、私のことは……殿下がお気にかけてくださるだけで十分ですわ」
「十分じゃない」
強い風が吹き抜けた。
頭の上では木々が音を立てて揺れ、鳥たちが飛び立つ。
彼は、あの鳥のように私を自由な空へ飛び立たせようとしているらしい。
もし自由に羽ばたけたとしても、私はきっと――。
「ありがとうございます、殿下」
モルドレッド殿下に木漏れ日が降り注ぎ、白金の髪がきらきらと輝いて見えた。
あまりにまぶしくて、つい目を細めてしまう。
「殿下のお気持ち、ありがたくちょうだいいたします」
すっと、モルドレッド殿下が私に手を差し出した。
その手を取ると、指先をやさしく握られ、殿下が顔を寄せた。
一瞬触れて、すぐに離れる。
「ジニー。どうか、不甲斐ない俺に力を貸してほしい」
「よろこんで、モルドレッド殿下。この不肖ジェニファー・ヴォーティガン、殿下のお力となりましょう」
「命ある限り」と続けたかったけれど、飲み込んだ。
きっと殿下は、そんな誓いを受け入れてはくださらないでしょうから。
「……よし、じゃあ視察の日程を詰めていこうか」
「承知しました。では殿下の執務室に参りましょうか」
「やだ! ここでやろう。執務室に戻ったら、俺にも君にも別件が舞い込んでくるし。……もう少しだけ、ジニーを独り占めさせてほしい」
殿下は背中を丸め、甘えるように下から私を覗き込んだ。
先ほどまでのきりっとした表情はどこへやら。眉は下がり、口元も頼りなさそうに閉じられていた。
「仕方のないお方ですこと」
そう言うと、殿下の手が膝の上に置いていた私の手にそっと重なった。
指が絡んで、軽く握られる。
「俺がすぐに決められなかったのが悪いんだけどさ。でも、ジニーと会わずにいて、寂しかったんだ」
「ふふ、私も寂しかったです。でも殿下には、一人で考える時間が必要でしたから。我慢しておりました」
「ごめん、我慢させて」
「かまいません。こうして覚悟を決めてくださいましたから」
絡んだ指を握り返す。
私と殿下は、ようやく同じ方向を見据えられていた。
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