人質令嬢、第二王子と国家反逆を狙う

 背筋を伸ばした。

 ふっと息を吐き、鼻からゆっくり吸い込んで胸を膨らませた。


「ジェニファー・ヴォーティガン! 貴殿の剣はその程度か!」


 ジニーが駆けた。


「ヴォーティガン卿の教えを思い出されよ!!」


 師匠の木剣が嫌な音を立て、弾かれるように手から離れた。

 ジニーの剣が師匠の喉仏を捉える。


「……はい、今日はここまで」


 両手を挙げた師匠は苦笑まじりにそう言うと、こちらへ振り向いた。


「殿下、そりゃずるいですよ」

「えっ」

「殿下にそんな声をかけられたら、姫様が奮起しちゃうじゃないですか」

「ご、ごめん……?」


 師匠は苦笑しながら地面に落ちた木剣を拾い上げた。木剣は真ん中から二つにへし折れていた。

 師匠と入れ違いで、木剣を片づけたジニーが駆け寄ってきた。


「殿下!」

「ジニー、おつかれ」


 手にしていたタオルを差し出すと、ジニーは汗に濡れた顔のまま嬉しそうに受け取ってくれた。


「殿下、応援のほどありがとうございます。力が出ました」

「ジニーが強いからだよ」

「まあ」


 ジニーはタオルで顔をごしごし拭い、それから少し驚いたように目を丸くした。


「強いかどうかはわかりかねますが……私はただ、ヴォーティガン伯爵家の者として、胸を張っていられるようにしているだけです」


 その顔を前にすると、俺は何も言えなくなった。


「傍から見たら、ただの人質の娘ではございますが、でも、私は殿下がそう呼んでくださったとおり、ジェニファー・ヴォーティガンです。海より来る脅威を防ぐ防人(さきもり)の一族として、ふがいなくいたくないだけなんですよ」


 ジニーはそう言うと、「では、湯浴みをしてまいりますね。おやすみなさいませ、殿下」と丁寧に頭を下げ、夜の回廊へ去っていった。

 いつの間にか周囲の兵たちも引き上げ、訓練場には片付けをしている下働きの者たちだけが残っていた。


「俺は、俺は……」


 手のひらを見た。

 月明かりは差しているのに、俺の手と暗闇の境界はあいまいで、今にも自分自身を見失ってしまいそうだった。