……俺は、どうするべきなんだろう。
自室の窓から外を見る。
春の終わりを思わせる穏やかな風が吹き、窓辺に立つ俺の髪を揺らした。
ジニー、通りかからないかな。
何かの拍子に俺へ気づいて、いつもみたいに目を細めて手を振ってほしかった。
小さくて華奢なのに、剣だこの消えない少し固い手。俺はあの手が大好きなんだ。
目を閉じて、開いた。
庭園から、花弁がひらひらと風に乗って舞い上がるのが見えた。
席に着く。
頑張ろう。
***
俺は、各所へ送る手紙を書いていた。
視察へ向かうから、その旨の連絡と称して、各地域を治める貴族や有力家系へ手紙を送っておく。あわせて、視察道中の護衛を強化するため、母と俺で抱えている軍の警備体制も見直しておいた。
さらに今回の視察の最終目的地はヴォーティガン領だ。
普段、ヴォーティガン領との連絡は、手紙なら厳しく検閲されるし、人を送っても父上の息のかかった護衛がつくから、発言にも気を遣う。けれど、視察という名目があれば多少は自由が利くはずだった。
静かな執務室で、俺は便せんへペンを走らせた。
視察へ伺うこと、その時期、ジニーが同行すること、最近のジニーの様子。それから……気づけば、視察のことよりジニーについて書いているほうが長くなってしまったけど、仕方がない。それに少し力が入りすぎて、便せんの端を破いてしまったけど、まあ許容範囲だろう。
書き終えた手紙は、まとめて補佐官へ渡しておいた。
それから各地域の税収状況を確認したり、父上に専属で仕えている医師へ話を聞きに行ったりした。けれど最近の父上はお元気らしく、医師も特に異変はないと言っていた。
……もっとも、それを完全に信じていいのかどうかすら、俺にはわからなかった。
ある朝、身支度を調えて食堂へ向かうと、浴室からジニーが出てきた。
「おはようございます殿下」
「うん、おはようジニー」
彼女は軽く頭を下げ、そのまま静かに去っていく。
ふわふわの髪からは洗いたての石けんの香りがして、思わず振り返りそうになるのを堪えた。
……嘘だ。結局、堪えきれずに振り向いた。
ジニーにはとっくに見透かされていたらしく、彼女は立ち止まって俺を見ていた。
乾かしたばかりの髪は柔らかく広がり、上気した頬は淡い桜色で、まるで春の妖精みたいだった。
あーあ。
本当に妖精ならよかったのに。
そうしたら俺は、「妖精だから」と自分に言い聞かせて、手を伸ばすのを諦められるのに。
ジニーは足音もなく、俺の前まで戻ってきた。
「モルドレッド殿下」
「うん」
「覚悟が決まりましたら、私はいつでも殿下のお話をうかがいますわ」
「……うん」
彼女はやっぱり妖精みたいに、にこりと微笑んで去っていった。
残された俺は、彼女の髪が廊下の角の向こうへ消えていくのを、立ち尽くしたまま見送っていた。
窓から風が吹く。
温かな陽射しは、俺の足元だけを照らしていた。
なのに、君の笑顔だけはどうしてあんなに眩しく見えるんだろう。
出会ったころと、何も変わらないままだった。
***
自室の窓から外を見る。
春の終わりを思わせる穏やかな風が吹き、窓辺に立つ俺の髪を揺らした。
ジニー、通りかからないかな。
何かの拍子に俺へ気づいて、いつもみたいに目を細めて手を振ってほしかった。
小さくて華奢なのに、剣だこの消えない少し固い手。俺はあの手が大好きなんだ。
目を閉じて、開いた。
庭園から、花弁がひらひらと風に乗って舞い上がるのが見えた。
席に着く。
頑張ろう。
***
俺は、各所へ送る手紙を書いていた。
視察へ向かうから、その旨の連絡と称して、各地域を治める貴族や有力家系へ手紙を送っておく。あわせて、視察道中の護衛を強化するため、母と俺で抱えている軍の警備体制も見直しておいた。
さらに今回の視察の最終目的地はヴォーティガン領だ。
普段、ヴォーティガン領との連絡は、手紙なら厳しく検閲されるし、人を送っても父上の息のかかった護衛がつくから、発言にも気を遣う。けれど、視察という名目があれば多少は自由が利くはずだった。
静かな執務室で、俺は便せんへペンを走らせた。
視察へ伺うこと、その時期、ジニーが同行すること、最近のジニーの様子。それから……気づけば、視察のことよりジニーについて書いているほうが長くなってしまったけど、仕方がない。それに少し力が入りすぎて、便せんの端を破いてしまったけど、まあ許容範囲だろう。
書き終えた手紙は、まとめて補佐官へ渡しておいた。
それから各地域の税収状況を確認したり、父上に専属で仕えている医師へ話を聞きに行ったりした。けれど最近の父上はお元気らしく、医師も特に異変はないと言っていた。
……もっとも、それを完全に信じていいのかどうかすら、俺にはわからなかった。
ある朝、身支度を調えて食堂へ向かうと、浴室からジニーが出てきた。
「おはようございます殿下」
「うん、おはようジニー」
彼女は軽く頭を下げ、そのまま静かに去っていく。
ふわふわの髪からは洗いたての石けんの香りがして、思わず振り返りそうになるのを堪えた。
……嘘だ。結局、堪えきれずに振り向いた。
ジニーにはとっくに見透かされていたらしく、彼女は立ち止まって俺を見ていた。
乾かしたばかりの髪は柔らかく広がり、上気した頬は淡い桜色で、まるで春の妖精みたいだった。
あーあ。
本当に妖精ならよかったのに。
そうしたら俺は、「妖精だから」と自分に言い聞かせて、手を伸ばすのを諦められるのに。
ジニーは足音もなく、俺の前まで戻ってきた。
「モルドレッド殿下」
「うん」
「覚悟が決まりましたら、私はいつでも殿下のお話をうかがいますわ」
「……うん」
彼女はやっぱり妖精みたいに、にこりと微笑んで去っていった。
残された俺は、彼女の髪が廊下の角の向こうへ消えていくのを、立ち尽くしたまま見送っていた。
窓から風が吹く。
温かな陽射しは、俺の足元だけを照らしていた。
なのに、君の笑顔だけはどうしてあんなに眩しく見えるんだろう。
出会ったころと、何も変わらないままだった。
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