人質令嬢、第二王子と国家反逆を狙う

 数日後の昼過ぎ、私とモルドレッド殿下は再び謁見の間を訪れていた。

 とはいえ、今日は正式な訪問ではない。だから裏手から静かに失礼させていただく。


 モルドレッド殿下と補佐官、私、それから私付きの侍女の四人で、足音を殺しながら国王陛下とアーサー殿下の様子をうかがった。

 今は他の貴族と歓談中らしく、私たちは物陰で会話が終わるのを待っていた。むせ返るほど濃い香りが漂っていて、そんなはずはないのに、香が目へ染み込むような感覚に何度も瞬きをしてしまう。

 私付きの侍女が静かに目配せを寄越す。私は小さく頷き、乾いた喉を潤すように唾を飲み込んだ。

 モルドレッド殿下も口をきつく結び、アーサー殿下の背中を鋭く見つめている。モルドレッド殿下の補佐官が書類を持ち直した。


 貴族が退室し、アーサー殿下が振り向く。


「やあ、モルドレッド。それにヴォーティガン嬢も。今日は訪問先の貴族たちの嗜好についてだったね」


 モルドレッド殿下と共に会釈し、補佐官が貴族の一覧を差し出した。


 主に話すのは私。その間、モルドレッド殿下には『抑制』をわずかに発動していただく。国王陛下へあっさり効果が及ぶか、能力に気づかれれば白。逆に抵抗されたり、気づかれもしなければ黒だった。


「手土産として輸入されたばかりの茶葉を考えておりますが――」

「いいね。でも隣の領なら、茶葉より香辛料のほうが喜ばれるかもしれない。男爵は食道楽でね」

「男爵婦人の好みはご存知でいらっしゃいますか?」


 私が話している間、補佐官が内容を逐一モルドレッド殿下へ囁いているはずだった。だから急に話を振られても対応できるし、どうしても取り繕えなければ――


「すみません、ジニーに見とれていて聞いてませんでした……って言うから」


 と言うそうだ。

 それは、本当に最後の手段にしていただきたい。

 王族が口にしていい言い訳ではないと思う。



 やがて、こちらからの確認は一通り終わった。


「モルドレッド殿下。殿下からご確認はございますか?」

「……ああ、俺からは大丈夫」


 モルドレッド殿下が、わずかに間を置いてからゆっくり頷いた。

 それが、確認は済んだという合図だった。


「そう、ならよかった」


 アーサー殿下は小さく頷いて、踵を返した。

 その瞬間、香りがさらに濃くなった。

 私たちは静かに頭を下げ、その場を退室した。


 王宮の廊下を、誰も口を開かないまま離宮へ向かって歩いた。


 外は春の日差しに満ちているのに、日の差さない廊下は妙に薄暗かった。隣を歩くモルドレッド殿下が、どんな顔をしているのかよく見えない。