くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

「くっ、殺せ!」

 暗雲が垂れこめる魔王城の前で、喉元に剣を突き付けられた騎士服の少女が片膝をついたまま叫ぶ。
 しかしその咆哮は、目の前の少年の顔をしかめさせるだけだった。
 喉元に突き付けられていたはずの剣を離され、呆れた声が降ってくる。

「どうしてそんなことを言うの? 命は大切にしないと駄目だよ」

 戦場に似つかわしくない言葉だ。
 だが、変声期前の少し掠れたような幼い声色に偽りは乗っていない。
 屈辱的な言葉に少年を睨みつける。しかし彼は一切表情を変えることはなかった。
 それどころか切れ長の水晶のような双眸に憐れみを宿らせた。
 彼が小首を傾げると、羊のような黒髪が揺れる。

「敵将を追い詰めておいて首を取らぬとは……」
「何度言ったらわかるのかなぁ? 僕たち魔族に人間たちを殺す意思はないんだけど」
「そ、れは……」

 言い淀んだ少女の瞼が伏せられる。
 小さなため息が聞こえたかと思うと、少年が膝をついた。
 強制的に目線を合わせられ、少女の眉間にしわが寄る。

「騎士団長……えーと、確か、アイビーだっけ、名前」
「魔王がどうして私の名を……」
「魔王じゃなくて、ライネルね」

 アイビーの横髪を掬ったライネルは、銀糸のようなそれに唇を寄せる。

「ねぇ、僕の城へおいでよ」
「なっ!? 断――」
「君の返答に騎士たちの命がかかってるから、返事は慎重に、ね?」
「っ!」

 藍色の瞳を溢れんばかりに見開いたアイビーが勢いよく後ろを振り向く。
 奇襲だというのに、魔族側に負傷者はいない。それどころか騎士側にも、目立った負傷者はいなかった。
 圧倒的な戦力差に騎士たちの戦意は喪失しており、アイビーとライネルのやり取りを固唾を飲んで見守ってる。

「……捕虜は私だけで十分だろう。他の騎士たちは国へ帰してくれ」
「ん。交渉成立だね」

 ライネルに手を引かれ、アイビーは立ち上がる。
 アイビーを引き上げる手は見た目とは裏腹にとても力強いものだった。
 しかし彼の身長は年の離れた妹を彷彿させるほどしかないとは思えない。
 ライネルはアイビーを前に向かせると、真剣な顔つきで剣を掲げた。

「此度の戦は終わった! 我々魔王軍は貴国たちの帰国をもって兵を退かせると約束しよう」

 言い切ると同時に、騎士たちの体が光り始める。
 騎士たちが目を瞬かせていると、ライネルが剣をアイビーたちの国の方角へ振る。

「カーネル王国の騎士たちよ! 君たちの王へ伝えてくれ。何度攻めてきても僕が王妃のハーレムに加わることはないと!」

 騎士たちがライネルの言葉に絶句していると、一人、また一人と、カーネル王国方面へと飛ばされていく。
 どうやら魔法で全員強制的に帰国させるつもりらしい。
 最後の一人が飛んでいき、魔王城の前には魔族だけが残った。
 アイビーが呆気にとられていると、ライネルがすっきりしたと言わんばかりの笑みを向けられる。

「それじゃあ君の部屋に案内するね」
「え、いや……さっき発言は……?」
「聞きたい? アイビーが望むならちゃんと教えてあげる。でもここじゃなくて部屋でゆっくり話そう。少し長い話になるだろうからね」

 柔らかな口調だが有無を言わせない声色に、アイビーは頷くしかなかった。