さよならの嘘、君とつなぐ魔法の笛 ~当て馬の私が、奇跡を起こすまで~

タマミの紹介でナミの当て馬を頼まれたのは一学期の終業式の日。
夏休みがあるし、その間コンクールの練習と本番があるから、しばらくは当て馬の実行は無理なんじゃないかと私は言ったのだけど、本人は接触のチャンスはあるから大丈夫だとタマミに言ってたらしい。

確かに毎日のように私とナミとツクルは常世中学校の同じ場所にいた。
そこは、体育館。
吹奏楽部は八月のコンクールに向けて練習場所をステージの上に替え、なるべく本番に近い雰囲気で練習させてもらっている。
で、体育館のフロアを練習場所にしているのが男女のバスケ部。
ナミは陸上の旭川地区の大会が終わってからはバスケ部の練習に参加している。北海道大会までそんなに日がないので、どうやらバスケ部の練習のあと、グラウンドに出て一人でスタートやフィニッシュの練習をしているらしい。子供のころから彼女は二つのことを同時にやる必要があるときは、どちらも疎かにしないタチだから、オーバーワークが心配だ。今も真剣な表情でフォーメーション練習をしている。ステージの方によそ見をする気配もない。

体育館で毎日のように顔を合わせているのに、話しかけるチャンスがなかなか来ない。事前にLINEで段取りを決めておけばよかった。

「あのさ、一緒につきあってくれないか?」
吹奏楽の練習が終わり、楽器を片づけていたら、ツクルが私に声をかけてきた。
「なに?」
「ナミにさ、あんまり無理し過ぎない方がいいんじゃないかって、言ってやりたいんだ」
「いいよ、私も心配だった」

バスケ部の練習は二十分ほど前に終わっていて、フロアにはナミの姿も見当たらない。

体育館を出て廊下をしばらく歩くと、グラウンドに出られるドアがある。その前に、短距離用のスパイクシューズを持ったナミがいた。服装はバスケのユニフォームのままだ。

「おい、ナミ!」
背後からツクルが声をかけると彼女はビクッと肩をすくめた。

「あー、びっくりした! 急に声かけないでよ」
そしてブラバンの練習お疲れさまと言ってスパイクシューズを地面に置き、ヒモをゆるめ始めた。

「おまえさ、こういうときいつもそうなんだけど、陸上とバスケ、両方ともがんばりすぎないで、ほどほどにしといた方がいいんじゃないか?」
ツクルがめずらしくちょっときつめに言った。
「いやー、そうなんだけどさ、バスケはレギュラーになったばっかで、今抜けるとはずされちゃうかもだし、陸上は今年こそ全国に行きたいし……」
「そういうの『二兎追うものは』っていうんじゃないのか?」
「そうそう、アタシ可愛いウサギちゃんだから、両方とも頑張っちゃう!」
「……いやこれ、兎を追っている人間のことわざだし、意味も勘違いしているし」
「ジョーダンジョーダン。もうすぐ全道大会だから、それまで頑張らせて」
そう言うと、夕空が広がるグラウンドめがけて走り去ってしまった。

「どうする、待ってる?」
私は『当て馬実行』のために三人で話すきっかけをつくりたかったわけではないけど、心配していることをちゃんと伝えておきたかった。

「いや、いいだろ。ナミも馬鹿じゃないし。帰ろう」

夏休みに入って、結局このパターンが続いている。私とツクルが一緒に先に帰って、ナミは居残り練習をする。
帰り途中、ツクルに『ナミがいかに魅力的な子か』を伝えたいけど、ツクルは良くも悪くも彼女のことを知っている。だからこそナミのオーバートレーニングぶりを心配しているのだ。

当て馬作戦に関しては、しばらく膠着状態が続く。そして、七月末、吹奏楽部はコンクール直前の夏合宿に入った。

 ◯

合宿の日程はほぼ缶詰め状態で、個人練習、パート練習、木管練、合奏を繰り返すのできついはきついけど、いつもの仲間と違う場所、しかも人里からちょっと離れた大自然の中で楽器を吹くのは楽しかった。

練習が終わるとお風呂に入り、夕御飯をたべて、わずかな自由時間を楽しむ。そんなことをしていると、すぐに消灯時間になるけれど、女子たちが同じ部屋に何人もいてそのまま寝るわけがない。私は木管パートの同級生二人、一年生三人と同室。めいめい二段ベッドの通路側に腰かけ、女子会トークを繰り広げる。

三日目の夜は恒例のスイカパーティーがあり、みんなでかわりばんこでトイレに行ってトークどころでなかった。毎年これを繰り返している。スイカが利尿作用があるのを知ったのは、もう少し年をとってからだ。

四日目、最終日の夜は、昨夜の借りを取り戻すぞと言わんばかりに、同室の女子たちはランランと目を輝かせていた。
そして私は彼女らの餌食となる。

「あのー、ククリ先輩って、いつもツクル先輩と一緒に帰るじゃないですか、本当に幼馴染みってだけですよね?」
「前から同じこと何度も聞かれて何度も同じこと言ってますけど……そうよ、たまたま同じ小学校に通ってて、たまたま同じ方向に家があるだけ」
「ほんとうですか? 信じていいんですか? それならわたし、告白しちゃってもいいですよね?」
「……別にいいんじゃない」

彼女ら、本当に告白する気があるのかどうかはわからないけど、確かにあの『サックスおじさん』のツクルがモテ期の絶頂期にいるのは間違いないらしい。負けヒロになってしまうとナミが焦るのも無理はない。

そのあとも、ツクルの小さい頃のエピソードとか、バスケ部のナミさんとツクルの関係はどうだとか聞いてくるので辟易とした。

この話題を切りたく、自販機で水を買ってくると言って私は部屋を出た。

自販機から転がり出た三百ミリリットルのボトルを持ち、何気なく玄関を見ると、少しドアが開いていて、夜風が入り込んでいる。確か、この施設は夜の間は鍵がかかっていたような。
興味本位で玄関に散らばっているサンダルから一足を選んで履き、ドアのすき間から外をのぞく。真夏とは思えない涼しい空気。
ドアを開け前庭に出た。玄関まわりの街灯は消えていて真っ暗だ。

何気なく空を見上げ、信じられない光景を見た。

一面の星空。一つ一つの星の粒が大きい。なんというか、うまい例えになっていないけれど、イチゴを食べるときのミルクが夜空にボタボタボタとこぼれているよう。
星は遥かかなたの遠い宇宙で光っているのではなく、まるで自分の顔の至近距離にあって、手を伸ばせば届いてしまうような錯覚に陥る。

天の川もはっきり見えた。その星の川の中に、赤い星、青い星で円盤状の輪郭を形づくっている天体があった。星や星座のことはあまり詳しくないのが悔やまれる。

「すごいな、これ」

その声を聞いて初めてそばに人がいることに気がついた。
正門横の生け垣のあたりに男子生徒が立っていた。

「ツクル! こんな夜中になにやってるの?」
「それはお互い様、ククリもだろ」
「い、いや私はのどが乾いたから水を買いに来ただけ」
手に持っているミネラルウォーターのボトルを上げた。
「ツクルこそ、どうしたのよ?」

「部屋で缶詰パーティーが始まった……ワヤやわ」
「ああそれ、まだやってるんだ」

話には聞いていたけど、男子部員たちは、魚やら焼き鳥やらの缶詰めを持ち込んで夜食がわりに食べているらしい。
『缶詰め合宿の夜は缶詰だ!』とワイワイ騒ぎながらみんなで食べるのがこの合宿の醍醐味だとか。確か、夜遅くまで騒いでいて顧問の先生に怒られて缶詰め持ち込み禁止になったはずじゃ?
ちなみに、ツクルはサバだのサンマだの、青魚系の缶詰は大の苦手だったはずだ。

「それで避難してきたってわけか」
「ああ、でもおかげでこんなすごい星空を見ることができた」
「ほんと、旭川じゃ絶対見れないよね」

「それから、ククリに会えた」
「え⁉ ……またまたご冗談を」

ツクルがそばに寄って来た。
辺りが暗いので、彼の表情はわからない……冗談で言っているのか、本気で言ってるのか。

私とツクルは一メートルくらいの距離で向かい合った。

二人の間を一層涼しい風がそよぎ、彼はもう一度空を見上げた。
釣られて私も顔を上げる。

無言で二人、そうしていたけど、私はあることを思い立った。
せっかくだから、ナミのことをどう思っているのか聞いてみよう。そして彼女が好意を寄せていることをほのめかしてみよう。

「ツクルさ、ナミのことを……」
「ククリ、おまえのことが好きだ」

声が重なった。

「今、何て言ったの?」
「……はずかしいな……ククリが好きだと言った」

「え……まじ?」
「うん、まじ」

夜風がやんだ。
突然の告白に私は頭の中が真っ白になった。思考停止ってこういうことを言うんだ。

「ククリ、大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫」

「急にごめんな」

そして私の頭にポンと手を載せた。
それはまるで、私に涙を流させるスイッチみたいだった。
彼なりの気づかいの表現。

私、多分。
彼のこういうところが好きなんだ。今さら気づいたわけではない。ずっと前から。

でも。

私はナミと約束した。
当て馬になるって。

だから、好きになっちゃいけない。好きになったら、当て馬失格だ。

だから。
言うんだ、ククリ。
ツクルだけに通用する『切り札』の言葉を。

「あ、あの……ごめん……私、好きな人がいるんだ」

「……そうなんだ。それって……」

「そう、ナギのことが好き」
「そうか、やっぱり……でも、あいつは、だいぶ前に遠くに引っ越した」

「そう。だけど……忘れられない」

「……忘れられない、か。それじゃあ、しょうがないな」

ごめん。私、ナギのことが忘れられないんじゃなくて、列車が出発したときの、彼の表情が忘れられないの。

また嘘をついた。
ツクルにも嘘をついた。

でも、嘘をつくしかないんだよ。
前に嘘をついて傷つけたナミのためにも。

私はしゃがんで泣いた。
旭川駅のホームでそうしたように。

ツクルは私が泣き止むまでずっと待ってくれていた。
さっきより冷たくなった風が吹き始めたのをきっかけに、
「中に入ろう」と声をかけてくれた。

ねえ、そんなに優しくしないで。
私は君を振ったんだから。