一学期の終業式。
この日ばかりは午前中で下校となる。
明日から楽しい夏休み、と行きたいところだけど、お盆の期間と日曜を除いてほぼ練習三昧。
8月の頭に吹奏楽コンクールの地区予選。見事代表に選ばれたら、8月下旬に北海道大会だ。
その前に、夏休みに入ってすぐ四泊五日の合宿もある。場所は一年生の研修合宿と同じ深川。
キャンドルサービスはやらないけど、OBの方々の寄付で三日目の夜に恒例のスイカパーティーがある。去年、厨房のシンクで冷やしていたのを一年生が運んだけど、その個数にびっくり。大玉が三十個もあった。単純計算すると、一人半玉以上食べることになる。準備の時、床にブルーシートが敷かれたけれど、なんでそれが必要なのか、食べ終わって、食堂がスイカジュースの海になったのを見て初めてわかった。
吹奏楽部の先生の温情からか、ご本人も一息つきたいのか、終業式の午後は、個人練習もやらないでまっすぐ帰るようにとお達しが出た。
私も早く帰って昼ご飯を食べてダラダラしたかった。暑いし。
「ククリさーーん、ちょっといい?」
通知表やら、置き勉していた教科書やらを補助バッグにしまっていたら、クラスのドア付近で長身の女性が手を振っていた。この間縁結びに成功したバスケ部のタマミだ。
入っておいでと言う前に、下校する生徒の流れに逆らって、窓側後部の私の席に近づいてきた。
「どうしたのかな?」
まさか当て馬・縁結びにアフターサービスを求めてきたのか?
「お仕事の依頼……当て馬屋さんの」
私は慌てて口に人差し指をあてた。
いくら『さんづけ』にしてもその名をクラスメイトに聞かれるのはよろしくない。
だいたいクラスが違うバスケ部のタマミと親しげに会話しているのを不自然に思う生徒もいるかも知れない。
彼女は私の前の席の椅子をくるりと回すとドッカと座った。顔の位置が近くて高い。
「……仕事と言っても。これから夏休みだし、しばらく無理なんじゃないかな」
「ウチもそう言ったんだけどね、休み中でも接触のチャンスはいっぱいあるから大丈夫って言うのよ」
「その子、誰?」
「それが……直接会うまで名前を出さないでって言われてるのよね」
「ちょっと待った! 私が当て馬屋をやるときは、事前にどこの誰かを教えてもらってOKしてからって言ったよね?」
「それはそうなんだけど、名前言っちゃうと断られるかも知れないって……ちゃんと秘密守る子だと思うよ」
「うーん、悩むなあ……で、いつ会えるの?」
「今から」
「え⁉」
「あ、お昼ご馳走してくれるって、だからお店に連れてきてって言われているの」
「餌で釣ろうというわけか」
私は渋々学生カバンと補助バッグを担いでタマミの後をついていった。さすがバスケ部、大股でずんずん進んでいく。
いつもの通学路を通って五条付近で左側の道に入った時に嫌な予感がした。
店先に『自在軒』と描かれた大きな白い看板の前で彼女が止まって入り口を指差し、ニタニタしている。悪い予感が当たった。
扉を開けるとタマミは私が逃げないように背後に回り背中を押した。
「いらっしゃーい! おう、ククリちゃんじゃないか! 久しぶりだな、ちょっとは美人ちゃんになったか?」
なったかと質問されても困る。見たままを判断して欲しい。娘が娘なら、父親も父親だ。
奥の四人がけの木のテーブル席に座っていたナミはきまり悪そうな表情を浮かべて手を上げた。
この『自在軒』は、彼女の家族が代々やっている老舗の洋食屋さんで、旭川市民に愛されている。
タマミは私をナミの真っ正面に座らせ、彼女自身はナミの隣に座った。こうやって並んで座っているのを見ると、同じバスケ部なのに背の高さがずいぶん違うなと驚く。
確かナミの身長は百五十五センチ。それでも最近はレギュラー争いをしているらしいから大したもんだ。
「ナミ、なんでこんな回りくどいことを……」
「あのさ、その前になんか言うことない?」
「?」
「お祝いの言葉とか」
「あ、ああ。地区大会、百メートルの優勝おめでとう」
「ありがとう……てか冷たいなあ、花咲に応援にも来てくれなかったし……」
花咲とは『花咲スポーツ公園』という総合運動施設で、立派な陸上競技場も備わっている。確か今年の全道大会もそこで行われるはずだ。
「だって私もブラバンの練習があったし、LINEでゴメンって謝ったでしょ?」
「ほらそうやって何でもスマホで済まそうとする……優勝のお祝いだって、なんかクスダマがポンと割れるアイコンを贈ってきただけだし」
「ナミなら地区大会なんか余裕でしょ? ちょっと大げさすぎない?」
「あ、孤独なアスリートのことをなんもわかってないべ? いつもスタート直前は、なんまら心臓バクバクなんだから」
「まあまあ、この話はそんなところでいいんでないかい」
タマミが両手を振りながら割って入った。ナミはちょっと不満そうだ。
そうだ、話を元に戻さなければ。
「まず、ここに至るまでの経緯を教えてくれない?」
「その前にさ、何か頼んでよアタシ持ちでいいからさ」
「やったー!」と手を上げて喜んだのはタマミ。
「えー、タマに奢るって言ったっけ?」
小柄な子が自分より大きな同級生のことをタマと呼ぶのはなんか違和感がある。
「仲介料よ」
「しょうがないなあ」
私はカニクリームコロッケの定食、ナミはオムカレーを、タマミは肉ライス(ポークチャップ)を頼み、二人はそれに大きいみそ汁をつけた。
「あたしの奢りなんだからククリもみそ汁大きいのにしたら?」
「いいえ、遠慮しておきます」
名前はみそ汁、味もみそ汁だけど、その量と具が常識外れだ。以前何も知らずに頼んでびっくりした。ラーメンのどんぶりに入っているのは、ネギに豚肉に竹輪など。底には、パカンと割って投入された卵が隠れている。これだけで十分におかずだ。
結局のところ、私たちは、老舗洋食店の味とボリュームを堪能している間はそっちに全神経が集中していて終始無言だった。
「はー美味しかった! すっかりごちそうになったべ、じゃあワタシはこの辺で」
そう言ってタマミは汗をハンカチで拭きながら席を立った。
「え! 先に帰っちゃうの?」
「いやだって、当て馬の相談は二人だけでやりたいっていうのがナミのリクエストだしさ」
タマミに聞かれちゃまずいことなのか? お腹がふくれて重くなったが、気も重くなった。
女性のホールスタッフさんが食器を片づけ、冷たいほうじ茶が入った湯呑みを二人分置いてくれた。お昼時でお店は結構混雑しているけど、テーブル席を占領していていいのだろうか?
ナミはお茶を一口飲むと、いきなり質問から始まった。
「まず、ククリに聞いておきたいんだけどさ……」
「ちょっと待って! あなたが依頼人でしょ? 順序が逆じゃない?」
「いや、でもコレを確認しとかないと、相談していいかどうかわかんないからさ」
「……なによ?」
「あのさ、アタシとククリと……ツクル。この三人ってどういう関係だべ?」
「え⁉」
この質問、いつかどこかで聞いたことがある……デジャビュった。そのときは『四人』だったけど。
「どうって……普通に言えば、幼馴染み……ちょっと悪く言えば、『腐れ縁』」
「そうだよなあ、腐った『縁』だよなあ」
ナミは両手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。
「あなた、まさか私の当て馬の相手っていうのは……ツクル?」
「おお、察しがいいべ!」
「いや、話しの流れからして……それからナミの回りに男子の気配がしないもの。簡単に思い当たるじゃない」
「それはアタシをバカにしてる? ……まあその通りなんだけどね」
「でもなんで今さらツクルとくっつこうとするのよ?」
「ククリは部活でいつも一緒にいるからわかると思うけど、ツクル、最近モテんじゃん? サックス吹いてて、割りとイケメンになったし」
「なによ前は、買い物公園のサックスおじさんってからかってたじゃない?」
「男の子って中学に入ると、こうも変わるのね」
「ははあ、さてはルッキズムってヤツね」
「そんなんじゃないよ……あいつの良さはアタシが一番よく知ってるわけだし……あ、ククリも知ってるか。そうだ、聞きたかったのは……あんたはツクルのことはどう思ってんのよ?」
「え⁉ どうって……今も言ったけど、ただの幼馴染みよ」
「そうか、よかった……じゃあ気がねなく頼めんべ」
私が気がねする。だから、彼女には聞いておきたいことがある。
「あのさ……ナギのこと、今はどう思ってるの?」
「え⁉ またずいぶん昔の話を」
「昔たって、つい二年前の話よ?」
「だってさ、ナギはあんたのことが好きだったんでしょ? あ、そうだ、大事なこと聞いてなかったけど、引っ越したあと、連絡とってるの?」
ぎく。
この話しの流れはよくない。聞くべきではなかったか。
「とってないよ。だって連絡先わからないし、あの頃はスマホもLINEもなかったし……」
「お互い好き同士だったら、住所教えあって、手紙くらい書かない?」
お互い好き同士って……違うんだよ。
話を戻そう。
「ナミ、あなたはもう、ナギのことはいいのね?」
「うん、いいよ」
あら、あっさり……
「わかった。じゃあ、当て馬、引き受ける」
「サンキュー! やったあ、さすが昼ご飯をおごっただけのことはあるぜ!」
「ちょっと待て。それとこれとは別。お代はきっちりといただきます」
「ええー! 極悪商売人!」
「言っとくけど、当て馬って大変なんだから」
「ええと、それはタマからもチラッと聞いたけど」
「ちょとスマホで『当て馬の語源』て調べてみて」
彼女は首をかしげつつスマホを取りだしググり出した。
「えーっとなになに? 『当て馬の語源は、種づけの際にメス馬の発情を促すオス馬のことで、発情が確かめられたら、本命のオス馬をあてがう』……な、なにこれ?」
「私たちの場合はオスメスそれの逆バージョンね」
「え?」
ナミは天井を見上げなにやら想像し始めた。
「わっ、わっ、エッロー! ククリあんた、いつもそういうことしてるの⁉」
「……なにを妄想したのかわからないけど、私が言いたいのは、それだけ大変なんだっていうこと。男子が本気で私のことを好きになってしまうっていうリスクもまったくないわけじゃない。でも今までうまくそれを回避してきたし、今度もそうするつもりだけど」
「わ、わかった。肝に銘じる」
「だいたいさ、ツクルはこんなに身近にいるんだから、パッと告白しちゃえばいいじゃない?」
「そんな話を戻さないでよ……それができれば、こんな悩まないよ。幼馴染みって、ほんと難しいと思う。今さら告るのは恥ずかしいし、かといってアタシたち仲がいいと油断してると誰かに先を越されそうだし……あ、これって『負けヒロ』ってやつ?」
「そうね、負けヒロって、マンガやアニメだけの存在かと思ってたけど、本当にいるんだって実感してるわ……しかも目の前に」
「こら、茶かすな!」
そうだ、いいことを思いついた。というか夕べ、鏡の前で冗談っぽく考えたことを思い出した。
『当て馬屋』を続ける上で――いやそんなに続けたいわけじゃないけど――少しでもリスクを小さくしておきたい。この際。
「ナミ、ひとつだけ交換条件を出させて」
「なに? その条件にもよるけど」
「あなたはこの条件を引き受けなければならない。じゃないと、私やらない」
「……だからなに?」
「当て馬役をやってるとね、相手がその気になっちゃって、なかなかうまく距離がとれないときがあるの」
「『その気になる』って……わっ、やっぱエッロ」
「そっちこそ茶かすな!」
「じゃあ、モテ自慢?」
「だーかーらー!」
「冗談、冗談」
「……要は、相手が納得して諦める『断り文句』を作っておきたいのよ」
「ああ、あるといいかもね」
「でしょ? だから協力して。こう言いたいの『私には好きな人、彼女がいます。だから諦めてね』って」
「……ひよっとして、そのカジョッて?」
ナミは恐る恐る自分の顔に人差し指を向けた。
「そう、察しがいいね」
「察しって……それじゃツクルがドン引きして身を引いちゃうじゃないの!」
「ああ、大丈夫よ。あなたとツクルをくっつけたあとに、彼にちゃんと事情を話してわかってもらうから」
「だ、大丈夫かな?」
「……多分ね」
ナミは腕を組んでちょっとの間、考えこんだ。
「あのさ、もしツクルが当て馬のあんたに発情じゃなくて、本気で好きになっちゃったら、どうするん?」
「え?」
彼女の視線が答えを迫る。
「……その時は、最後の切り札があるから大丈夫」
「なに、切り札って?」
「まあ、それは……これで交渉成立ってことでどう?」
「わ、わかった」
こうして私はナミの当て馬を引き受けることになった。彼女の今のナギへの思いも聞けたし、スッキリした……と言いたいところだけど、なんか余計にモヤモヤが強まったような気がする。
私たちの関係って、いったい、なんなんだろう?
この日ばかりは午前中で下校となる。
明日から楽しい夏休み、と行きたいところだけど、お盆の期間と日曜を除いてほぼ練習三昧。
8月の頭に吹奏楽コンクールの地区予選。見事代表に選ばれたら、8月下旬に北海道大会だ。
その前に、夏休みに入ってすぐ四泊五日の合宿もある。場所は一年生の研修合宿と同じ深川。
キャンドルサービスはやらないけど、OBの方々の寄付で三日目の夜に恒例のスイカパーティーがある。去年、厨房のシンクで冷やしていたのを一年生が運んだけど、その個数にびっくり。大玉が三十個もあった。単純計算すると、一人半玉以上食べることになる。準備の時、床にブルーシートが敷かれたけれど、なんでそれが必要なのか、食べ終わって、食堂がスイカジュースの海になったのを見て初めてわかった。
吹奏楽部の先生の温情からか、ご本人も一息つきたいのか、終業式の午後は、個人練習もやらないでまっすぐ帰るようにとお達しが出た。
私も早く帰って昼ご飯を食べてダラダラしたかった。暑いし。
「ククリさーーん、ちょっといい?」
通知表やら、置き勉していた教科書やらを補助バッグにしまっていたら、クラスのドア付近で長身の女性が手を振っていた。この間縁結びに成功したバスケ部のタマミだ。
入っておいでと言う前に、下校する生徒の流れに逆らって、窓側後部の私の席に近づいてきた。
「どうしたのかな?」
まさか当て馬・縁結びにアフターサービスを求めてきたのか?
「お仕事の依頼……当て馬屋さんの」
私は慌てて口に人差し指をあてた。
いくら『さんづけ』にしてもその名をクラスメイトに聞かれるのはよろしくない。
だいたいクラスが違うバスケ部のタマミと親しげに会話しているのを不自然に思う生徒もいるかも知れない。
彼女は私の前の席の椅子をくるりと回すとドッカと座った。顔の位置が近くて高い。
「……仕事と言っても。これから夏休みだし、しばらく無理なんじゃないかな」
「ウチもそう言ったんだけどね、休み中でも接触のチャンスはいっぱいあるから大丈夫って言うのよ」
「その子、誰?」
「それが……直接会うまで名前を出さないでって言われてるのよね」
「ちょっと待った! 私が当て馬屋をやるときは、事前にどこの誰かを教えてもらってOKしてからって言ったよね?」
「それはそうなんだけど、名前言っちゃうと断られるかも知れないって……ちゃんと秘密守る子だと思うよ」
「うーん、悩むなあ……で、いつ会えるの?」
「今から」
「え⁉」
「あ、お昼ご馳走してくれるって、だからお店に連れてきてって言われているの」
「餌で釣ろうというわけか」
私は渋々学生カバンと補助バッグを担いでタマミの後をついていった。さすがバスケ部、大股でずんずん進んでいく。
いつもの通学路を通って五条付近で左側の道に入った時に嫌な予感がした。
店先に『自在軒』と描かれた大きな白い看板の前で彼女が止まって入り口を指差し、ニタニタしている。悪い予感が当たった。
扉を開けるとタマミは私が逃げないように背後に回り背中を押した。
「いらっしゃーい! おう、ククリちゃんじゃないか! 久しぶりだな、ちょっとは美人ちゃんになったか?」
なったかと質問されても困る。見たままを判断して欲しい。娘が娘なら、父親も父親だ。
奥の四人がけの木のテーブル席に座っていたナミはきまり悪そうな表情を浮かべて手を上げた。
この『自在軒』は、彼女の家族が代々やっている老舗の洋食屋さんで、旭川市民に愛されている。
タマミは私をナミの真っ正面に座らせ、彼女自身はナミの隣に座った。こうやって並んで座っているのを見ると、同じバスケ部なのに背の高さがずいぶん違うなと驚く。
確かナミの身長は百五十五センチ。それでも最近はレギュラー争いをしているらしいから大したもんだ。
「ナミ、なんでこんな回りくどいことを……」
「あのさ、その前になんか言うことない?」
「?」
「お祝いの言葉とか」
「あ、ああ。地区大会、百メートルの優勝おめでとう」
「ありがとう……てか冷たいなあ、花咲に応援にも来てくれなかったし……」
花咲とは『花咲スポーツ公園』という総合運動施設で、立派な陸上競技場も備わっている。確か今年の全道大会もそこで行われるはずだ。
「だって私もブラバンの練習があったし、LINEでゴメンって謝ったでしょ?」
「ほらそうやって何でもスマホで済まそうとする……優勝のお祝いだって、なんかクスダマがポンと割れるアイコンを贈ってきただけだし」
「ナミなら地区大会なんか余裕でしょ? ちょっと大げさすぎない?」
「あ、孤独なアスリートのことをなんもわかってないべ? いつもスタート直前は、なんまら心臓バクバクなんだから」
「まあまあ、この話はそんなところでいいんでないかい」
タマミが両手を振りながら割って入った。ナミはちょっと不満そうだ。
そうだ、話を元に戻さなければ。
「まず、ここに至るまでの経緯を教えてくれない?」
「その前にさ、何か頼んでよアタシ持ちでいいからさ」
「やったー!」と手を上げて喜んだのはタマミ。
「えー、タマに奢るって言ったっけ?」
小柄な子が自分より大きな同級生のことをタマと呼ぶのはなんか違和感がある。
「仲介料よ」
「しょうがないなあ」
私はカニクリームコロッケの定食、ナミはオムカレーを、タマミは肉ライス(ポークチャップ)を頼み、二人はそれに大きいみそ汁をつけた。
「あたしの奢りなんだからククリもみそ汁大きいのにしたら?」
「いいえ、遠慮しておきます」
名前はみそ汁、味もみそ汁だけど、その量と具が常識外れだ。以前何も知らずに頼んでびっくりした。ラーメンのどんぶりに入っているのは、ネギに豚肉に竹輪など。底には、パカンと割って投入された卵が隠れている。これだけで十分におかずだ。
結局のところ、私たちは、老舗洋食店の味とボリュームを堪能している間はそっちに全神経が集中していて終始無言だった。
「はー美味しかった! すっかりごちそうになったべ、じゃあワタシはこの辺で」
そう言ってタマミは汗をハンカチで拭きながら席を立った。
「え! 先に帰っちゃうの?」
「いやだって、当て馬の相談は二人だけでやりたいっていうのがナミのリクエストだしさ」
タマミに聞かれちゃまずいことなのか? お腹がふくれて重くなったが、気も重くなった。
女性のホールスタッフさんが食器を片づけ、冷たいほうじ茶が入った湯呑みを二人分置いてくれた。お昼時でお店は結構混雑しているけど、テーブル席を占領していていいのだろうか?
ナミはお茶を一口飲むと、いきなり質問から始まった。
「まず、ククリに聞いておきたいんだけどさ……」
「ちょっと待って! あなたが依頼人でしょ? 順序が逆じゃない?」
「いや、でもコレを確認しとかないと、相談していいかどうかわかんないからさ」
「……なによ?」
「あのさ、アタシとククリと……ツクル。この三人ってどういう関係だべ?」
「え⁉」
この質問、いつかどこかで聞いたことがある……デジャビュった。そのときは『四人』だったけど。
「どうって……普通に言えば、幼馴染み……ちょっと悪く言えば、『腐れ縁』」
「そうだよなあ、腐った『縁』だよなあ」
ナミは両手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。
「あなた、まさか私の当て馬の相手っていうのは……ツクル?」
「おお、察しがいいべ!」
「いや、話しの流れからして……それからナミの回りに男子の気配がしないもの。簡単に思い当たるじゃない」
「それはアタシをバカにしてる? ……まあその通りなんだけどね」
「でもなんで今さらツクルとくっつこうとするのよ?」
「ククリは部活でいつも一緒にいるからわかると思うけど、ツクル、最近モテんじゃん? サックス吹いてて、割りとイケメンになったし」
「なによ前は、買い物公園のサックスおじさんってからかってたじゃない?」
「男の子って中学に入ると、こうも変わるのね」
「ははあ、さてはルッキズムってヤツね」
「そんなんじゃないよ……あいつの良さはアタシが一番よく知ってるわけだし……あ、ククリも知ってるか。そうだ、聞きたかったのは……あんたはツクルのことはどう思ってんのよ?」
「え⁉ どうって……今も言ったけど、ただの幼馴染みよ」
「そうか、よかった……じゃあ気がねなく頼めんべ」
私が気がねする。だから、彼女には聞いておきたいことがある。
「あのさ……ナギのこと、今はどう思ってるの?」
「え⁉ またずいぶん昔の話を」
「昔たって、つい二年前の話よ?」
「だってさ、ナギはあんたのことが好きだったんでしょ? あ、そうだ、大事なこと聞いてなかったけど、引っ越したあと、連絡とってるの?」
ぎく。
この話しの流れはよくない。聞くべきではなかったか。
「とってないよ。だって連絡先わからないし、あの頃はスマホもLINEもなかったし……」
「お互い好き同士だったら、住所教えあって、手紙くらい書かない?」
お互い好き同士って……違うんだよ。
話を戻そう。
「ナミ、あなたはもう、ナギのことはいいのね?」
「うん、いいよ」
あら、あっさり……
「わかった。じゃあ、当て馬、引き受ける」
「サンキュー! やったあ、さすが昼ご飯をおごっただけのことはあるぜ!」
「ちょっと待て。それとこれとは別。お代はきっちりといただきます」
「ええー! 極悪商売人!」
「言っとくけど、当て馬って大変なんだから」
「ええと、それはタマからもチラッと聞いたけど」
「ちょとスマホで『当て馬の語源』て調べてみて」
彼女は首をかしげつつスマホを取りだしググり出した。
「えーっとなになに? 『当て馬の語源は、種づけの際にメス馬の発情を促すオス馬のことで、発情が確かめられたら、本命のオス馬をあてがう』……な、なにこれ?」
「私たちの場合はオスメスそれの逆バージョンね」
「え?」
ナミは天井を見上げなにやら想像し始めた。
「わっ、わっ、エッロー! ククリあんた、いつもそういうことしてるの⁉」
「……なにを妄想したのかわからないけど、私が言いたいのは、それだけ大変なんだっていうこと。男子が本気で私のことを好きになってしまうっていうリスクもまったくないわけじゃない。でも今までうまくそれを回避してきたし、今度もそうするつもりだけど」
「わ、わかった。肝に銘じる」
「だいたいさ、ツクルはこんなに身近にいるんだから、パッと告白しちゃえばいいじゃない?」
「そんな話を戻さないでよ……それができれば、こんな悩まないよ。幼馴染みって、ほんと難しいと思う。今さら告るのは恥ずかしいし、かといってアタシたち仲がいいと油断してると誰かに先を越されそうだし……あ、これって『負けヒロ』ってやつ?」
「そうね、負けヒロって、マンガやアニメだけの存在かと思ってたけど、本当にいるんだって実感してるわ……しかも目の前に」
「こら、茶かすな!」
そうだ、いいことを思いついた。というか夕べ、鏡の前で冗談っぽく考えたことを思い出した。
『当て馬屋』を続ける上で――いやそんなに続けたいわけじゃないけど――少しでもリスクを小さくしておきたい。この際。
「ナミ、ひとつだけ交換条件を出させて」
「なに? その条件にもよるけど」
「あなたはこの条件を引き受けなければならない。じゃないと、私やらない」
「……だからなに?」
「当て馬役をやってるとね、相手がその気になっちゃって、なかなかうまく距離がとれないときがあるの」
「『その気になる』って……わっ、やっぱエッロ」
「そっちこそ茶かすな!」
「じゃあ、モテ自慢?」
「だーかーらー!」
「冗談、冗談」
「……要は、相手が納得して諦める『断り文句』を作っておきたいのよ」
「ああ、あるといいかもね」
「でしょ? だから協力して。こう言いたいの『私には好きな人、彼女がいます。だから諦めてね』って」
「……ひよっとして、そのカジョッて?」
ナミは恐る恐る自分の顔に人差し指を向けた。
「そう、察しがいいね」
「察しって……それじゃツクルがドン引きして身を引いちゃうじゃないの!」
「ああ、大丈夫よ。あなたとツクルをくっつけたあとに、彼にちゃんと事情を話してわかってもらうから」
「だ、大丈夫かな?」
「……多分ね」
ナミは腕を組んでちょっとの間、考えこんだ。
「あのさ、もしツクルが当て馬のあんたに発情じゃなくて、本気で好きになっちゃったら、どうするん?」
「え?」
彼女の視線が答えを迫る。
「……その時は、最後の切り札があるから大丈夫」
「なに、切り札って?」
「まあ、それは……これで交渉成立ってことでどう?」
「わ、わかった」
こうして私はナミの当て馬を引き受けることになった。彼女の今のナギへの思いも聞けたし、スッキリした……と言いたいところだけど、なんか余計にモヤモヤが強まったような気がする。
私たちの関係って、いったい、なんなんだろう?



