お風呂上がり。
洗面所兼脱衣所にある大きな鏡の前に立ち、バスタオルを落とす。
扇風機を回し、まだ濡れたままの髪も降ろし、自分の姿を映してみる。
中二の女子の平均的身長。
スリムでもポッチャリでもない。
胸は少し育ってきたかな。でも周りの女子をみると、かなり個人差があるようなので、自分がどの辺に位置するのかわからない。
……最初っから勝負する気はないけど、姉にはとうていかなわない。同じ食生活を送ってきたはずなのに。
自分で言うのもなんだけど、顔立ちはそんなに悪くはない。でも、コレといった特徴もない。姉さんに比べると、これまたかなり見劣りする。
肩にかかる程度の長さの髪も、サラサラしていてきれいねとか言われたことはない。
要は派手さが何もないのだ。
授業中や本を読んでいる時、そしてブラバンで楽譜を見ている時は、銀色のフレームの眼鏡をかけている。最近はTikTokなんかで『めがねをはずしたら、むっちゃ可愛い!』というショート動画をよく見かけるけど、私がいきなり眼鏡をとっても、なんの驚きもないだろう。
でも、不思議だと思う。
『こんな私でも』当て馬屋を始めてみると、私のことを好きだって言ってくれる男子がいたりする。
だから、当て馬のプロセスの『Separate』の段階で、私への好意をスマートにかわし、依頼主の女の子に注意をひきつけるのに、正直こんなに苦労するとは思ってもいなかった。
別にモテ自慢でもなんでもないよ。自慢するほど自信はないし。
いったい、鏡に映っているこの女の子のどこがいいっていうんだろう?
男子の好意をかわす術は、クラスでモテる女子たちの『観察と伝え聞き』で学んだ。
「君ってほんといい人だよね。いつまでも友達でいたいな」
「ごめん、私、テニスに夢中で(私の場合はブラバンに夢中で)男の子とおつきあいするとか、今は考えられないの」
この方法は三人の男子には一定の効果があった。「そうだったんだ……それは残念だな」と言いながらも、たいてい少し未練が残る。
この『ちょっとの未練』というのが、実に大事なポイントだ。そこに当て馬を依頼してきた女の子の話題を出したり、偶然を装って引き合わせると、自分でも驚くくらいうまくいった。
だいたい中学生の恋なんてそんなもんだろう。相手のことが本当に好きなのか、『恋に恋しているのか』自分でもわからなくなっているのだから。
ああ! 私って、なんで恋愛論をこんなに偉そうに語っているんだろう? まだ本当の恋なんてしたこともないくせに……
四人目の男の子――フミちゃんとユウカの分も数えると六人目の男の子――の時は苦戦した。というか正直、情が移りそうになった。
隣のクラスでバスケ部の男子。当て馬の依頼主は、同じ部のタマミ。バスケをかけ持ちしているナミに彼女の名前を出したら、「ああ、サバサバした性格でいい子だよ……でもなんでタマミを知ってるの?」としつこく聞かれて困った。
彼女がターゲットとしているバスケ部の男子は、二年でレギュラーの座をゲットしていて学年中の女の子からも人気がある。背も高くて目立つし。
でも彼、バスケがうまいだけでなく、練習熱心で、人あたりもいい。
私はタマミからの紹介という形で彼とコンタクトする機会を作ったが、それ以来、登下校や休み時間にすれ違っても、大きく手を振って挨拶してくる。
そしてある日、彼に軽くコクられた。
このままでは私、依頼主に恨まれる!
「今私、ブラバンに夢中で、これから練習もきつくなるし、お互い大変だと思うから、友達として時々話そうね」
とモテ女子から学んだ方法で断ったが、
「二人で時間がゆっくりとれるようになって、ククリちゃんが真剣に考えてくれるようになるまで、僕はじっくり待つよ」と粘り腰だ。でも押しつけがましさはなく、誠実さが滲み出ている。笑顔もさわやかだし。
それとなく依頼主のタマミさんのことをどう思っているか聞いてみたところ、「タマミはほんといい友達だよ」と言う……いい友達か…
私は約二ヶ月をかけ、徐々に距離をとりつつも、彼がまだ気づいていないタマミさんの魅力を探し、なんとか二人の仲を取り持つことができた。
当て馬をギブアップして、いさぎよく依頼主に頭を下げようと思っていたギリギリのところだった。
未練がないかというと嘘になる。でもダメなんだ。私は罪人。罰せられなければならないのだから。
そんな回想から戻り、鏡にぼんやりと映った裸の自分を見直す。
本当にこんな子のどこがいいんだろう? いくら考えてもわからない。自分のことが一番よくわからない。
だからこそ、当て馬の対象者の心から確実に離れていける方法をもっとちゃんと考えなくちゃいけない。
本当は知っている。すごく簡単なことだ。
「私のこと好きな人がいて、私もその人のこと好きなんです」
これ以上シンプルで説得力のある言葉はない。
でも、ダメだ。
これは絶対言っちゃいけないんだ。
私はこれで、ナミとナギを傷つけた。
もうこれ以上誰も傷つけたくない。
”じゃあ、本当に誰かを好きになれば、いいんじゃない?”
鏡の中の自分が問いかけてくる。
だれを?
怖い。それはできない。
もう、当て馬屋なんて、やめてしまおうか?
こんな回りくどいことしないで、ナミに頭を下げてちゃんと謝る。
そしていっそのこと、当て馬の男子に「私、好きな人がいるんです。その子は女の子で、ナミっていうんです」って、言わせてもらおうか(笑)。
そんなこと、できるわけないじゃん!
だって。
言葉には出さないけど、彼女は心の中では私を憎んでいるはず。
いつ友達でも幼馴染みでもなくなってしまってもおかしくない。
◯
七月の旭川市は最近暑い。
この短い人生の中でも、気候がずいぶん変わってしまったと感じる。
これといった結論が出ないまま、ムシムシとウツウツとした気分で学校に通った。
一学期の最終日、七人目の当て馬相談を受けた。
その依頼主は、ナミだった。



