さよならの嘘、君とつなぐ魔法の笛 ~当て馬の私が、奇跡を起こすまで~

話は、私が常世中学に入学して間もないころにさかのぼる。

休み時間に私の席に小柄な女子がやってきた。

「あの、塩川ククリさん……あなた、温故小出身だよね?」
ことの始まりは、クラスメイトのそんな一言だった。
「そうだけど……えーっと、小玉フミさんだっけ?」
「名前覚えてくれていてありがとう。あ、わたしは日新小出身。よろしくね」
「こちらこそ」
「それから、自己紹介のとき、ククリさんの家って買物公園で本屋さんやってるって言ってたよね?」
「うん、『蛍明堂こども書店』っていうお店で、子供向けの本ばかりだけど」
「あっ、やっぱり! わたしね、小さい頃から通ってるよ。読書会もやってるでしょ?」
「よく知ってるね。贔屓にしてくれて、ありがとうございます」
わたしは席から立って深々とおじぎした。
彼女はモジモジしながら続きを話した。
「そ、それでなんだけど……来週のホームルームでクラスの係決めをやるよね?」
「そうだね?」
「あの……一緒に図書委員やんないかなって思って……本、好きだよね?」
「ああそれね。私もやりたいと思ってた」
彼女の表情がぱあっと明るくなった。
「よかった。じゃあ、一緒にやろうよ! ……それから、図書委員って三人だよね」
「うん?」
フミさんはまたモジモジし始めた。
「あの……今村トシキ君っているでしょ。温故小出身で」
「ああ、トシキね。六年のとき一緒のクラスだったよ」
「ええと……今村君を図書委員に誘ってくれないかな?」
「え、いいけど、どうして?」
「わたし、見たの。『蛍明堂こども書店』の読書コーナーで、森 絵都さんの『カラフル』を熱心に読んでるのを」
「ああ、そういえば、トシキも本好きだったからね。そしたら小玉さん、自分で誘ってみたら?」
彼女は真っ赤になった。
「そ、そんな! まだ喋ったことないし、出身の小学校も違うし……塩川さんからお願いできないかな?」
「ええ? ……まあいいけど」
そんなやりとりがあって、私はトシキを図書委員に誘った。彼も(フミさんと同様)進んで人の輪に入っていくタイプではなく、私が声をかけると嬉しそうにして二つ返事で引き受けてくれた。

ホームルームで係が決まったあと、各係ごとに自己紹介しあう時間が設けられた。
「ククリ、ボクを図書委員に誘ってくれてありがとう。『蛍明堂こども書店』にもよく通ってるよ……ひょっとしたらククリが店にいるかも知れないと思ってね」
それを聞いて、フミさんの表情が少し曇った。私は慌ててフォローする。
「ああ、君に図書委員になって欲しいって言いだしたのは、フミさんからだよ。私は『ただの伝言係』だから」
「へえ、そうなんだ」
そこでトシキは、興味深そうにフミさんを見つめる。彼女は赤くなった。
その後、私が二人の聞き手となり、お互いに好きな本などの話をして盛り上がった。

三か月ほど経つと、蛍明堂(ウチの店)にトシキとフミさんで一緒に来るようになった。なんか初々しいカップルで微笑ましい。

六月に入ると、フミちゃん(このころからお互いちゃん呼び)が私の席に、彼女よりも背の高いショートヘアの女子を連れてきた。もうこの頃にはクラスメイトの顔と名前はみんな知っている。西野ユウカさんだ。
「あのククリちゃんね、相談があるんだけど」
「なにかな?」
「今月の下旬に『ネイパル深川』で新入生の宿泊研修があるでしょう?」
「そういえば」
宿泊研修とは、常世中の一年生全員が、一年間のオリエンテーションと親睦を兼ねて、深川市の青少年の研修施設で行う二泊三日の合宿だ。
フミちゃんは前よりも、モジモジせずに私に相談を持ちかけてきた。
「男女三人ずつで一つの班になるでしょ? 同じ班になってくれないかな……ユウカちゃんとも一緒に」
西野ユウカさんはよろしくね、と私に頭を下げた。
「うんいいよ、まだ誰と一緒の班になるか、決めてなかったし」
「「ありがとう!」」
二人は声をそろえて喜んでくれた。

「それでね、もう一つ、お願いがあるんだけど」
「なにかな?」
フミちゃんはまたモジモジした。隣りで背の大きい西野さんも一緒にモジモジして髪をいじっている。
「クラスの土井ユウタ君も同じ班に誘ってくれないかな?」
「え、私が!? ……なんでそうなる?」
「だって、ククリちゃん、人当たりがいいし、好感度が高いし」
「そうかな?」
「そうよ、男子の間でもよく名前が出てるよ」と西野さん。
まったく自覚がない。
「でも、なんで土井君?」
確か彼は、家族と大雪山でアウトドアやスキーを楽しむのが好きだと自己紹介していた。
「い、いや、なんとなく……」
そう言って、目を宙に泳がせているのは、西野さんの方だ。
ははん、これは『気がある』ってやつだなと感じ取った。
「男子のあと二人は?」
「図書委員のトシキ君と、あと一人は……ククリちゃんにまかせるよ、誰か誘いたい男子がいれば」
フミちゃんがトシキ君を選ぶのはうなずけるけど、もう一人はほとんど丸投げ状態。幼馴染みのツクルなんかが手ごろだけど、残念ながら彼は隣りのクラスだ。

結局、なぜ私が? という疑問を抱きながらも、土井ユウタ君に一緒の班ならないかと誘った。彼は顔を輝かせ、二つ返事で引き受けた。彼の朝空小学校時代からの親友、玉井君もイモヅル式に私たちの班に加わった。

研修合宿の直前。
私は西野さんからまた変な相談を受けた。この合宿期間中に、土井君と仲良くなりたいとのこと。そんなこと言われてもなあ……
「うーん、私二人のことよく知らないし、難しいと思う」
「でも、フミちゃんとトシキ君の実績もあるべ?」
「え!?」
あれが実績? だいたい私、二人のために何かしてあげたっけ?
「お願い!」
しょうがないなあ。
「えーっと、ユウカは(キャラ的に彼女は呼び捨て)部活は何やってるんだっけ?」
「演劇部に入ってるよ、毎日発声練習ばっかしだけど」
なるほど。そして土井君はアウトドアか……

あ、そういえば、二日目の夜に『キャンドルサービス』があるな……キャンドルサービスとは、一人一人燭台つきのキャンドルを手に持ち、その炎を見つめながら歌を歌ったりして親睦を深めるイベントだ。私が本屋の娘で、店でも時々朗読会で本を読んでいることを担任の先生が聞き及び、キャンドルサービスの最後に朗読する役に任命されていた。

「ユウカ、それなら私とキャンドルサービスの朗読、一緒にやらない?」
「え、ウチが!?」

私は担任の先生に、演劇をやっていて(多分)気持ちを乗せて言葉を伝えられるユウカと一緒に朗読をやりたいと相談し、快諾してもらった。

そして、いよいよ宿泊研修に出発。
二日間の日程を仲間たちと楽しく過ごし、宿泊研修のイベントは、キャンドルサービスを残すだけ。

一人一人が手に持ったキャンドルに順番に火が灯され、ホールの照明が落とされる。
吹奏楽部の先輩から聞いていたけど、なかなか荘厳というかロマンチックな雰囲気だ。

生徒の何名かが、この研修の感想や学んだことを述べ。
『遠き山に日は落ちて』を無伴奏でみんなで歌い。

そして最後コーナー、朗読の時間となった。

私が選んだのは、『雪の遺書』。

これは、1965年に日高山脈で雪崩に巻き込まれ、生き埋めになった北海道大学山岳部のメンバーのリーダーが雪の中に閉じ込められながらも、地図の裏に書いた二千字ほどの遺書で、家族への思いや亡くなった仲間への謝罪が書き残されている。発見されてからは新聞などにも大きく紹介されたそうだ。

私は冒頭のみを朗読し、『お母さん、お父さんごめんなさい』から始まる本文をユウカに任せた。

内容からすれば『ユウカの仲を取り持つ』目的で読ませてもらうのは、故人の方々に申し訳ないし、あざと過ぎるかもしれない。でも、アウトドアが好きな土井君はきっと心を動かしてくれると信じて、この手紙を選ばせてもらった。独り雪山で思いを綴った方がいたことをみんなに知って欲しいという願いもこめて。

ホールの方々からすすり泣きが聞こえ、やがてそれが泣き声の大合唱となった。ユウカも私も涙の洪水だ。

キャンドルサービスの最後は、一人一人握手を交わしていく。
土井君がユウカと向き合うと、彼は朗読者の方をポンポンと叩き、『ありがとう』と礼を言い、ユウカは彼女よりも背の高い彼の胸に頭をつけた。

 〇

中学一年の夏休みに入る少し前。
「あのさククリ、この子の相談に乗ってもらえる?」
そう言って、隣りのクラスの女の子を連れてきたのはユウカだ。
話を聞くと、また『恋の相談』だ。

「ちょ、ちょっと待って!」

その日は相談の主にお引き取りいただき、頭の中を整理することにした。

フミちゃんとユウカに起きたことを冷静に考え、共通点を見つける。

①女子から恋の相談を受ける

②私が相談相手と対象者が接近するきっかけをつくる

③相談相手の魅力に気づかせる

④二人は仲良くなる

自分の部屋でノートに書いて見て、私は思い出した。

ナミとナギとの一件があって、失意と後悔の沼の中。
この家の一階の店舗で読んだ、いざなぎのみこと、いざなみのみこと、そして、くくり姫の物語が描かれた絵本。
私も、くくり姫のように、とまで行かなくても、相手をことを思う二人の役に立てるのではないか?

自分の過ちをつぐなうために。
ひょっとしたら、ナミのためにできることがあるかも知れない。

私は、もう一度二つのケースを振り返り、①~④のプロセスがどうやったらうまくいくかを考え、修正してみた。

①Consult:女子から恋の相談を受ける

②Give:依頼者にきっかけと勇気を与える

③Search & Share:女子が持っている魅力と男子が魅力と感じる一致点を探し、共有してもらう

④Separate:私は対象の男子に絶対に恋愛感情を持たない。万一私が男子から告白されてもスマートにかわす

⑤Match:二人は結ばれる

⑥Secret:依頼者の秘密、自分が当て馬屋をやっていることはお互い秘密にする

英語の辞書で適当なキーワードを当てはめてみた。なんだか、ビジネスみたいだ。

多分だけど、④Separateが大事なんじゃないかと直感する。
うっすらとではあるが、当て馬の対象者となる男子は、私に対して何らかの好意を持っているらしいし。

ちゃんと二人を結びつけるために。

そして、自分を律し、罰するために。
恋なんかしちゃいけない、と。

姉に意見を聞いて教えを乞おうかと思ったけど、速攻で思い直した。
あの人は、無自覚に本能で動くタイプなので、きっと言葉にできないだろう。
それに、ヘタに話して、面白がられるものなんかイヤだ。

私はこの、なんちゃって縁結びモデルに、自分の脳内だけに『当て馬屋』という名前をつけた。



私は翌日、ユウカに相談に乗ってもいいと伝えた。
その代わり、二つの条件を出した。

その一。
謝礼として一件あたり、三千円をもらうこと。
中学生の小遣いから、この金額は高いと思う。
別にお金儲けがしたいわけじゃない。
自分にプレッシャーをかけるためだ。
……それに恋が成就するなら、そんなに高くないと思うけどね。

その二。
上の⑥に書いたように、お互いに秘密を守ること。
そうしないと私だけでなく、相談してくれた子もきっと不幸になるだろう。
そうすると、前に相談してくれた人が新たな相談者を紹介する『密かなビジネス』になる。

私はこうやって、『当て馬屋』として、中学二年の春までに、フミちゃんとユウカの案件も含め、六件の縁結びを成功させた。

そして新たに、七件目の相談が舞い込んできた。