さよならの嘘、君とつなぐ魔法の笛 ~当て馬の私が、奇跡を起こすまで~

六月の北海道、六月の旭川は、大のお気に入り。

内地(道外)では梅雨の真っただ中でジメジメ蒸し暑い季節のようだけど、ココは全然違う。木々の緑は柔らかく、空の色は透き通ったブルー。涼しさと暖かさと花の香りが混ざった優しい風。
そして何よりも。
私、塩川ククリがお気に入りの大イベントがある。それは、北海道音楽大行進。
旭川の市街地を数多くのブラスバンドの団体が行進するマーチングフェスティバル。
昔は『北海道護国神社例大祭慰霊音楽大行進(長い!)』という慰霊のためのイベントみたいだったけど、今では全国に誇れるブラバンの祭典だ。
小さい頃から、家のそばを通るマーチングの列を憧れを持って眺めていたけど、遂に去年、カヲ姉さんから授かった『マジックフルート』を手に、念願のデビューを果たした!

入学した常世(とこしえ)中学は、全校生徒数が三百五十人位、一学年四クラスの小さな学校。ドーナツ化現象が進んで、街の中心地に住む人が少なくなってしまったためだ。それでも、吹奏楽部の部員数は、きっかり五十名。実に生徒の七人に一人が楽器を吹いている計算になる。

一度着てみたかったのが、マーチングバンド・コスチューム。わが常世中のものは、ライトグリーンのジャケットに、ライトブルーの帽子。これに白い羽が付いている。白のスカートまたはパンツは自前で調達……スカートの丈、少し短かったかな。
まさに初夏の新緑というイメージ。部室で顧問の先生からクリーニングしたての衣装を受け取ったときは本当にドキドキワクワク嬉しかった。

指揮を務めるドラムメジャーに次いで、私が吹くフルートが先頭。初参加の去年は緊張したけど、目立つのが恥ずかしくて嬉しい。うちのブラバンは、マーチングバンドのコンクールには出ず、ステージ演奏が多いけれど、このイベントのために、隊列の行進や簡単なフォーメーションの練習は、四月からみっちりやった。

集合場所は、街の北部にある石狩川沿いの広場。幼稚園から小中高、一般までの団体が数多く集まっている。ウチの中学の川向うにあるブラバンコンクールのライバル校、金星中学の生徒から「今年のコンクール代表は金星がもらうからな!」という挑戦的な声が飛ぶ。
それに笑いながら手を上げて「いや、常世が全道(大会)に行くから!」と答えたのは、幼なじみの同級生、ツクル。彼は買い物公園のサックスおじさんの銅像に憧れ、アルトサックスを吹いている。練習に熱心なのが先輩に評価され、この四月から二年生ながら副部長を務めている。
彼のルックスというか体型は小学生の時からだいぶ変わった。当時はポッチャリしていて、背は私よりも低かったけど、練習の成果(?)か、背が伸び、スラリとしている。私が百五十八センチで、それより十センチくらい高いので、百七十センチ弱くらいかな。

旭橋の先のロータリーから演奏を開始する。曲は、スーザの『ワシントンポスト』とYOASOBIの『勇者』を交互に披露する。沿道には多くのお客さんが観に来てくれていた。中学のクラスメイトの姿も多く見られる。すごく嬉しく、やっぱり恥ずかしい。
「ククリ―! めんこーい! ツクルー! カッコいいぞー!」
ひと際大きな声援が飛んで来た。ナミだ。視線があったら小さい体で大きく手を振ってくれた。
彼女は、人混みの中、ずっと私たちの隊列についてきてくれて、終了地点の一条通までずっと声援を送ってくれた。

無事マーチングを終了し、解散すると、ナミと何人かの同級生がスススッと寄って来た。
「お疲れさまー!」
「ありがとう」
「去年も思ったけどさ、アタシもブラバン、やればよかったなー……無茶苦茶カッコいいべ」
ナミは露骨にうらやましそうにグチった。
「なに言ってんのよ、あなた来週、中体連の大会じゃない? 今年もヒロイン確定でしょ?」
「そんな簡単に優勝できるみたいに言うな! 今日もこれから厳しいトレーニングだぞ」
そう、彼女は去年も百メートル走で優勝し、旭川大会の中一の新記録を樹立している。
本当は彼女、かけもちでやっているバスケ部に専念したいみたいだけど、こんな逸材を体育の先生が放っておくわけがない。大会シーズンはほとんど陸上の練習につき合わされ、私やツクルとゆっくり遊ぶ時間はほとんどなくなってしまった。私たち吹奏楽部も秋のコンクールに向けて、夏休みはほとんど休みなしで練習だ。

「おー! ツクル、馬子にも衣装とはこのことだべさ」
そう言って、ナミはツクルの背中をバンバン叩いた。
「痛えな、褒めるんならもっと素直に優しく褒めろ」
「あーわかった……でもあんた、マジにシュッとしていい男になったね。買物公園のサックスおじさんが嫉妬するぞ」

私たち幼馴染みカルテットは、ナギが引っ越していったあとはトリオになってしまったが、相変わらず仲良くつきあっている。小学校卒業間際の一件で、ナミはもう、私とは口もきいてくれないと覚悟していた。だけど、何事もなかったかのようにケロリとして前と同じように接してくれている。
「ククリは、カレシと離ればなれとなって、不憫なヤツよのう」と冗談めかして言うが、本心ではどう思っていいるのか、わからない。
それに私は彼女にもツクルにも、大事なことを言っていない。『ナギが私のことを好きだと言ったウソ』を。
それを二人に伝えたら、どうなるだろう。絶対許してくれないのではないだろうか。
心に刺さったトゲは抜けないまま。いつかは二人に正直に話さなければいけないと思う。でもそれはいつ?

そんな私は罪滅ぼしになるのかわからないけど、中学に入ると「あること」を始めた。
それは、ほんの小さなきっかけからだった。

私はそれを『当て馬屋』と呼んでいる。