さよならの嘘、君とつなぐ魔法の笛 ~当て馬の私が、奇跡を起こすまで~

話はその年の一月中旬にさかのぼる。
ククリは旭川市の中央図書館に本を返した帰り、気まぐれに隣接している常磐公園に寄ってみることにした。
夏場は学校行事の写生会などでよく訪れる場所だが、そこは木々も公園内の施設も歴史を感じさせる雰囲気があり、子供の騒ぎ声がないと、ちょっと淋しい場所だ。
この公園と買い物公園が会場となる『旭川冬まつり』の準備が始まると、また賑やかな場所になるが、この時期は、公園内を散歩する人も少なく、夕べ振った雪で、歩道の足跡もまばらだ。

「おーい、ククリ!」
千鳥ヶ池という、この公園の三分の一くらいを占める池のほとりを歩いていたら、後ろから声がかかった。同じ六年三組の『吉川ナギ。幼馴染みと言っていいくらいつき合いが長い。

白い息を吐きながら、ククリに追いついたその男の子は、息を整え、彼女と歩調を合わせて歩き始めた。

ククリは思わぬ場所でナギに出会えたことにびっくりし、しかも並んで歩くことになったので、ちょっとドキドキしている。

「こんなところで一人で歩いているなんて珍しいな」
「え? いや、ナギだってそうじゃない……私は図書館に本を返しに来てフラッと寄ってみただけ。君は?」
「ああ、俺は『旭川文学資料館』に行ってみたんだ」
「わあ、シブ、マニアックねえ、あそこは井上靖とか、三浦綾子とか阿部公房とかの資料とか展示してるけど、小学生が見るもあったっけ?」
「さすが、本屋さんの娘、詳しいね。ククリは行ったことあるの?」
「うん、何回か。でもなんでまた、文学資料館に行こうなんて思ったの?」

その返事に少し間があった。ナギは、輝く池の水面(みなも)を眩しそうに見つめている。

「いや、学校の休み時間とか、図書館で借りたこの本面白かったとか、ククリがよく教えてくれるだろ? で俺も読んでみて、どれも面白かったからさ、いろいろ読んでみようかな、と」
ククリは、自分のレコメンによって、ナギが本好きになってくれたことが嬉しかった。
「そっか……でも、文学資料館はちょっとハードル高すぎない?」
「一度行っておきたかったんだ。もう来れるかわかんないし」
そう言って男の子は立ち止まった。
「?」

「それから、お前の言う通りだな。もうちょっと、俺でも楽しくて読めるのから始めることにした」
「アハハ……じゃあさ、今度、そこの図書館に一緒に行こうよ。君が気に入りそうな本、一緒にいろいろ探すからさ」
つい、話の流れで、こんなことを言ってしまったが、ククリにとってはなかなか大胆な発言だった。
いつもは、この二人、同じく幼なじみで同級生の小森ナミ、神代ツクルの四人でつるんで登下校したり遊ぶことが多い。

そんな中で、彼女はナギを異性として意識し始めていた。何か一歩自分が踏み出せば、四人の関係に変化が起きるかもしれない。

本選びのアドバイザーになる、という申し入れに、ナギが困ったような表情を浮かべたのはククリは見逃さなかった。
「はは、ジョーダンよ……本ぐらい自分で選びたいよね?」

「いや、できればククリと一緒に本を色々と探してみたい……だけどさ」

「?」

「俺、小学校卒業したら、家族と一緒に函館に引っ越すんだ」
「え⁉」
「父さんは転勤になってね」
「そうなの……」

これから何かが始まる予感がした矢先、それが自分の勘違いであることに気づく。
「このこと、ツクルやナミには言ってあるの?」

「いや、まだ。もう少ししたら、二人には俺から話す」
「わかった。言わないようにする」

再びナギが歩き出した。あわててククリが追いかける。

「なんか『話の流れで』、みたいになっちゃったけどさ、真っ先にククリには話しておきたいって思ってたんだ」
「そう……ありがとう」

真っ先に教えてくれる……それはどういうことだろうか、とククリは疑問に思った。
彼はなにか、私に特別な感情を持っているんだろうか……自分がそうであるように。

そうだとしても。
これから離ればなれになるのに、なんの意味があるんだろうか。
さっきまでの胸の高鳴りが、無理やりなにか押さえつけられたような気分だった。

公園を出て、ロータリーを回って買物公園にあるそれぞれの家に向かう間、ほとんど会話をせずに二人は歩いた。