私のウソをホントに変えてくれた、桃銀の魔笛

『魔笛の悪夢』を見たその日。


カヲねえさんが言う、『テレパシー』が通じたのかどうかは、わからない。

朝のホームルームの時間に担任の遠藤先生が、一人の男子生徒を連れてきた。

彼は、チョークを手に取ると自分で黒板に、

吉川 凪

と書き、あいさつした。


「はじめまして……ではない人もいっぱいいますね。改めまして、吉川凪(なぎ)といいます。小学校の時は旭川に住んでいたんですけど、親の仕事の都合で函館の中学校に入学しました。でも、また親父が転勤になっちゃいまして……。五条にある保険会社の社宅に住んでます、出戻りです(笑)。常世中は、みなさんの方が先輩になりますので色々教えて下さい。よろしくお願いします」

ナギがそう自己紹介して頭を下げると、クラスの男子の中から、
「おー、久しぶりだな」
「背、でかくなったな! お前」
「俺が色々役に立つ情報を教えてやるぞ」
と教室のあちこちから声が上がった。ナギや私と同じ、温故小学校出身の生徒たちからだ。


「えーっと、それでは吉川くんの席は……」
遠藤先生が教室内を見回す。

アニメやラノベのテンプレ的な理想パターンだと、私は教室の後ろの方に座っていて、たまたま空いている私の隣りの席に転校生の彼が座って『ひさしぶり、よろしく』とウィンクする……という流れになるのだけれど、残念ながらそうじゃなかった。私は近眼でもあったので、前から二列目の真ん中の席に座っていて、ナギは窓側の一番後ろに新たに用意されていた席に座った。

「ククリ、久しぶりだな」

彼が自分の席に向かう時、ウィンクこそしなかったけれど、そう言って私にだけ見えるように手を軽く振った。

「ひ、久しぶり」

そう答えるのがやっとだった。
彼が今どんな顔をしているのか、すごく気になったけど見逃してしまった。露骨に振り向くのは気がひける。



吹奏楽の部員は始業式の校歌の伴奏のため、ホームルームが終わると別行動となり、部室に行って楽器を用意して体育館に向かう。

いまいち暖房が効いていない体育館でブラバンのメンバーは音合わせをしたあと、背中を丸めて椅子に座ってスタンバった。ようやくゾロゾロと全校生徒が集まってきた。

校長先生の長―くありがたいお話を聞いて、各学年の主任先生から諸々の連絡があり、最後に私たちの伴奏で校歌を斉唱した。生徒が退場する時、急きょ顧問の先生からリクエストがあって、レパートリーの中からぶっつけ本番でマーチを吹かされた。

部室に楽器を片づけて教室に戻ると、ナギの席の周りには男子生徒が何人も取り囲んで話をしている。温故小出身の女子も何人か加わっていた。

担任の先生が教室に入ってきてみんなは慌てて席に着く。ホームルームが始まり、その日は午前中で下校となった。

クラスメイトたちがガタガタと席を立ち始めたころ、後ろの出入り口からナミとツクルが教室を覗いていた。ナギもそれに気づき、手招きして教室に入れた。成り行きで私も三人と合流した。

「おう、ナギ久しぶりだな……でもないか、LINEでやりとりしてるし」とツクル。
「そうよ、ツクルから、こっち戻ってくるって聞いてびっくりしたわよ」とナミ。

会話からすると、二人はナギが戻ってくることをあらかじめ知っていたようだ。

そのまま疑問をぶつける。
「ツクル、あのさ、こっちにナギ……吉川君が戻って来るって、いつ連絡もらったの?」
「ああ、つい一週間前だよ……ククリさー、わざわざ『吉川君』って呼び直すなんて、随分よそよそしいな」
少しニヤつき気味でツクルが答えた。
「教えてくれてもいいのに」私は蚊帳の外に置かれたみたいで面白くなかった。
「そんなのサプライズに決まってるべ! でもまさかナギがククリと同じクラスになると思ってなかったけどな、アハハ」
とツクルが笑うと、ナミもナギも釣られて笑った。

ナギが旭川に戻ってきてくれたのは嬉しいけれど、なんだか夕べの夢の続きのように『私以外みんなグル』という雰囲気が漂っていて素直に喜べなかった。

ナギの姿はツクルほど変化はなかったけれど、やっぱり背は大きくなっていたし、あごの線からは子供っぽさは消えていた。

「だいぶ変わったよな、みんな」
そう言ってナギはちょっとまぶしそうに私たちの顔を見比べた。

「……とは言ったものの、ナミは相変わらず小さいし、童顔だよな」ともつけ加えた。
「こらっ! 問題発言だぞ。これでも中学に入ってから七センチも背が伸びたんだから!」と口を尖がらせるナミ。

 私たちはまた『腐れ縁カルテット』を復活させた……温故小出身の生徒には、そのように見えたかもしれない。




その日は四人でナミの家の洋食店、『自在軒』でお昼をごちそうになった。歓迎の意味も込めて彼女のお父さんの奢りだそうだ。

四人がけのテーブル席にそれぞれナミとツクル、私とナギが並んで座った。

「始業式の時に気づいたんだけど、ツクルとククリはやっぱブラバンやってたんだな。それに、この学校の演奏はレベルが高いな」とナギがコメントすると、
「そりゃあ、全道レベルだからね」とツクルが胸を張る。
その話をきっかけに、ボリューム満点の洋食ランチをいただきながら、お互いの近況を報告しあった。ナミは陸上大会でいかに悔しい思いをしたか、そして来年こそリベンジしてやるぞと力強く語った。

「ところでナギは函館の中学でなにをやってたんだ?」ツクルが振る。

「いや、これと言って……しいていえば、文芸クラブっていうのがあって、そこで本を読んだり、簡単な小説を書いていた」

ナミはうなずいて感想を漏らす。
「へえ、文学少年かあ、そう言えばナギって作文とか得意だったもんね……あ、でも文芸クラブっていったら女子ばっかだべ?」
「そうだな、男は俺と一年生の二人だけ。女子は合わせて七人だったな」
「うわー、ハーレムじゃん……じゃあ、彼女とかできたべ? なんかイケメン風になってるし,モテたんじゃない?」そう言ってナミはちらっと私を見た。

「いないよ、そんなの」
「ほんとかなー? なんか怪しいべ」
「マジでいないよ」
「じゃあ、恋人募集中! だよね? アタシ応募しちゃおうかな」
「コラ」とツクルがナミの頭を小突き、彼女はペロッと舌を出して笑った。

会話を聞いていたら一瞬昔の四人に戻ったような気がした。
でも、私はといえば、ナギと二言三言しか話ができなかった。

 〇

そんな感じで私たちの中学二年生の三学期が始まった。

私とツクルやナミが部活をやっている間、ナギは図書室で勉強したり本を読んでいるらしく、時間を合わせて一緒に帰る、だいたいそんなパターンになった。

それを繰り返しているうちに、おや? と思うことが出てきた。

帰り道はだいたいナミとナギが並んで歩き、楽しそうに会話しているのだ。その後をツクルと私が続き、もっぱらブラバン話をする。

放課後はそれがしばらく続いた。ナミはナギとの会話に乗ってくると、彼の背中をバンと叩いたり、マフラーを引っ張ったりとスキンシップも多めだ。まあ彼女、もともとそういうところはあったけれど。

さすがに心配になり、隣りにいるツクルに声をかける。
「ねえツクル、あの二人……あれでいいの?」
「いいんじゃね。久しぶりなんだしさ」
「だって、ツクルとナミは……」
そう言いかけるとなぜか彼は顔を私と反対方向に向け、会話を避けた。

だいたいナミのやつ。

ナギが戻ってくる前は、『連絡をとってみたら』って言ってたくせに、いざ彼が戻ってきたら、独り占めして会話のチャンスを与えてくれない。

私はこの間見た『魔笛の悪夢』を思い出した。パパゲーノがパミーナ姫を奪う夢……あれって正夢? 予知夢?


そして。
その晩、またもあの夢を見た。

あの晩のように、カヲ姉さんが夜の女王になって超むずかしいアリアを歌う中。
ナミ扮するパパゲーノが、ナギ扮するパミーナ姫を小さい体で、よっこらしょっとお姫さま抱っこして、私にアッカンベーして連れ去ってしまったのだ。

そこで目が覚めた。

最悪の気分でベッドを降りる。




一月末の日曜。
ナミからLINEで誘いがあり、久々にミスドで二人だけのブランチ会をやった。

彼女は相変わらずフレンチ・クルーラーを食べている。私もいつもと同じストロベリーのポンデリングだけど。

たまらず聞いてしまう。
「ナミさ、ちょっとナギと仲良くしすぎじゃない?」
「えー、そんなことないよ。気のせいでしょ……さてはククリ、ヤキモチ焼いてるな?」
「そんなんじゃないよ! ただ、ナミとツクルのことが心配で」
「そうだよねー、ククリにせっかく『当て馬屋』やってもらったんだもんね、もし、アタシたちが別れちゃったら、アンタの当て馬ビジネスの業績に響いちゃうか」
「そんなことはどうでもいいんだけど」

「でもアタシ、以前はナギのこと好きだったしねー」
そう言うと、彼女は私の目を数秒見つめ、顔を伏せてマグカップをこねくりまわした。

私は恐々聞く。
「……それって、未練があるってこと?」


「さあ、わかんない」

そう言って再び顔を上げた。
「それよっかさ、今日はククリに相談があって誘ったんだ」
急に話をはぐらかされた……

「なによ、相談って?」

「来月、バレンタインデーじゃない?」
「うん?」
「その日の夕方、ククリんちの本屋さんで『キャンドルサービス朗読会』をやらせてもらえないかなって」
「え!? なにそれ?」
「ほら、一年の時、宿泊研修で深川に行ってさ、あんたとユウカで朗読したじゃない? あれ、彼女がやたら気に入っちゃってね、もう一度みんなの前でやりたいって言うのよ」
「あなた、ユウカと土井君とのこと、知ってるの?」
「うん、ククリに縁結びしてもらったカップルはね、密かにLINEで連絡とりあってるの」
「ええー、まじ!? 知らなかった……じゃあ『みんな』って?」
これは初耳だ。私の知らないところで色々なことが起きている。

「決まってるじゃない! ユウカと土井君みたいに、あんたが縁を取りもってくれたカップル『みんな』よ……アタシも含めてね」
「ええ!? でもなんかそう言われるの、仲人おばさんみたいでやだなあ」
「まあまあそうおっしゃらずに。話戻すと、確かククリのお姉さんが、高校生の時にアロマキャンドルを焚いて朗読会やってたのに行ったことがあるよ」
そう言えばカヲ姉さん、そんな女子会イベントをやっていた。彼女の朗読もなかなかのものだ……というより私よりずっとうまい。

「『自在軒』、つまりウチの父ちゃんがチョコとか飲み物とか用意するからさ……ユウカと一緒に、その場の雰囲気に合った『お勧め本』を朗読して欲しいな」

「……わかったけど、その日の夕方、一階の読書コーナーが空いてるか家に聞いてみないと」
「うん、頼みます」

「あの、それから……」

「なに?」

念のため聞いてみる。
「えーっと……ナギも誘うの?」
「当り前だべさ、恋人募集中って言ってたからアタシ、コクるかも知んないし」
「ちょっと!」

親に聞いてみたら、読書コーナーは夕方五時からなら使っていいよとのことで、『蛍明堂・キャンドルサービス朗読会』の開催が決まり、ナミからLINEグループで『私がとりもったカップルたち』に知らされた。

ナミ……仲間外れにしないで、私もそのグループに入れてくれ!