さよならの嘘、君とつなぐ魔法の笛 ~当て馬の私が、奇跡を起こすまで~

一月下旬、時刻は夜の九時。

無茶苦茶『しばれる(寒い)』中、「カヲねえさん」と一緒に、旭川駅の南側にあるクリスタル橋を渡って家路を急いでいる。
姉は北海道大学に進学していて、週末に時々旭川に帰ってきている。
今回は、私と一緒にコンサートに行く、という目的があった。中学に入る前、姉は私に『魔笛』マジックフルートを授け、機会があったら連れて行ってくれると約束していたのをちゃんと覚えていた。
今夜、大雪クリスタルホールにある音楽堂で、ダイジェスト版ではあるけれど、モーツァルトの歌劇『魔笛』の上演があったのだ。

歌劇というと堅苦しくて難しいってイメージがあるけど、実際に見て聴いたらすごく面白かった!
上演前にカヲねえさんがあらすじを解説してくれたけど、それがわかりやくてよかったのかもしれない。

以下、その解説。

簡単にいうとね、ファンタジー、冒険、お笑いが詰まった、まるで『RPG』ようなオペラよ。主人公の王子様、タミーノが魔法の笛というアイテムをゲットして誘拐されたパミーナ姫を救い出すというお話。ねっ? なんかゲームっぽいでしょー? 

登場人物はこれだけ覚えておいてね。

タミーノ(テノール)王子ってね、大蛇に襲われて気絶しちゃうとか、なんか最初は頼りないんだけどね、愛のために「沈黙」や「火と水の試練」に挑む勇者へと成長していくのよ。

パパゲーノ(バリトン)は、羽根だらけの『鳥刺し』。あ、鳥の刺身じゃなくて、鳥を捕まえる商売をしてる人。ムードメーカーで、おいしいご飯とかわいい奥さんがいれば大満足な普通のキャラ。

パミーナ(ソプラノ)姫は、ヒロインね。『夜の女王』の娘。なかなかしっかりもので芯の強いお姫さま。
夜の女王(ソプラノ)はね、クセモノなのよー。一見、可哀想なお母さんっぽいけど、実は恐いおばさま。

ザラストロ(バス)は、すごく賢い人。最初はラスボス感があるんだけど、実は徳の高い『僧侶』でタミーノの師匠みたないな人。

あらすじはね……要は『勇者と鳥男のドタバタ冒険記』

クエスト発生!

大蛇に襲われたタミーノ王子は、夜の女王の侍女たちに助けられるの。
女王から『悪魔ザラストロに誘拐された娘パミーナを救い出して』と頼まれて、見せられた写真にベタ惚れしたタミーノは、『魔法の笛』というアイテムを手して助けにいくの。
お供は、嘘をついて、なんか罰ゲームされた鳥男、パパゲーノ。

まさかの事実発覚!

ザラストロの神殿に到着すると、実はザラストロがいい人で、女王が悪者だったってことがわかるの。
で、このお坊さん、『タミー』がお姫さまを母親からちゃんと守れるかを試すためにいろいろクエストを与えるの。

過酷な試練!

タミーノとパパゲーノは『沈黙の行』にチャレンジ。タミーノは見事にクリア。でね、お喋りパパゲーノは速攻で脱落するんだけど、ちゃっかり可愛い奥さんパパゲーナをゲットしちゃうのよ。

めでたし大団円!
タミーノとパミーナは『魔法の笛』の力を借りて『火と水の試練』を突破し、みごと結ばれ、めでたしめでたし!

……以上、カヲ姉さんの解説でした。

魔法の笛や鈴とかのアイテムが出て来たり、ストーリーはメルヘンファンタージだったり本当にゲームの世界っぽくて、実際にRPGゲームのタイトルがあるとのこと。


コンサート帰りの道すがら、橋の上を吹きすさぶ風に身を縮めながら、姉が聞いてきた。

「ところでククちゃん、マジックフルートで思い出したんだけど、例の『クサレ縁カルテット』はどうなってるのかなー?」

私がそれに答えられないでいると、なにかを察して話題を変えてくれた。


私が『罪滅ぼしのビジネス』の一環として、ナミに頼まれ、当て馬になった

いろいろな経緯はあったけれど、ツクルとナミは、めでたくカレシ、カノジョの関係になった。

姉が言うようにはナギにテレパシーは送れず、私は独りぼっちになっている。

中学に入ったら、ブラバンを初めて、友好関係も広げて自分に自信を持つ……姉にそう誓ったのに、自信を持つどころか、ヒットポイント・ゼロ状態で今、彼女と並んで歩いている。

ビュッと橋の上を突風が吹いた。
姉は着ていた厚手のロングコートの前を開け、私を包みこんでくれた。

その優しさがに甘える自分が情けなくて、ボロボロ涙を流しながら歩いた。

その夜。
夕食を済ませ、熱い風呂に入ってすぐ寝た。
何も考えずに朝までぐっすりと眠りたい。

雪がしんしんと降るなか、私はクリスタルホールの建物に入り、ダッフルコートについた雪を払った。

あれ、なんかここ最近来たことがあるような……
確か、カヲ姉さんに連れられて魔笛を観にきたような気がするけど。

でも、となりに姉の姿はない。
状況が飲み込めないまま、音楽堂へと進む。

ロビーには受付のスタッフもいなくて、ガランとしている。ホールの中からは音楽が聞こえる。もう始まっているのだろうか?

遅刻したか不安になったが、バッグもスマホも持ってきていない。

とにかく客席に入ってみることにした。
音をたてないよう、思いドアを両手でゆっくり開け、そのすき間から音と光がクレッシェンドして私に降りかかってきた。

自分の体が入れるくらいドアが開いた。

そこは、客席じゃなかった!
ステージの上だ。

そして、その中央、石段が組まれ、高くなったところにある人物がいた。

黒光りするロングドレス姿で頭は銀色に
輝く装飾のついた冠をかぶっている。

これは先ほど(?)見たはずの『夜の女王』だ。

で……よくよく見ると、女王様は、カヲねえさん!!!

姉はドアの間からのぞきこんでいる私に気づいた。

「あら、ククちゃん……じゃなかった。タミーノ、ずいぶんのんびりとしたご登場ねー」

口調は姉のままだ。
しかし……今、タミーノって言った?

「さあ、タミーノ、さっさとこっちにいらしゃい」

わけもわからず、姉、いや夜の女王に促されまま、ステージを進む。
照明に照らされて気がついたが、私はベージュ色の「狩衣(かりぎぬ)」を着ていた。これは日本の公家さまが着ていた普段着で、確かにこれはタミーノの衣装だったはずだ。

ここに来て私は今、どういう状況がわかった。

多分、これは夢だ。
夕べ観に行った魔笛の音楽や舞台に圧倒されたので、きっと夢の中に出てきている、いや夢の中の舞台に私が出ているのだろう。
そう思うと少し気が楽になった。

ダイジェスト版だが一回観ているし、姉があらすじを教えてくれたので、ストーリーはだいたいわかっている。

このドタバタRPGドラマを楽しんでみよう。

「よく来てくれたわね、タミーノ。あなたにお願いがあるの」

そばに寄った私に姉、じゃなかった夜の女王は優しい声色で話しかけてきた。
その声はずいぶん高いところから聞こえてくる。

「わたしの愛しい娘、パミーナちゃんがね、ザラストロっていう悪い僧侶に誘拐されちゃったのー」
ちゃんづけか……
「それでねえ、パミちゃんを連れ戻してほしいの」
パミちゃん? ……まあいいか。

そうして、夜の女王はいきなり歌いだした。
たしか、『ああ、恐れおののかなてもよいのですよ、わが子よ』という一つ目のアリア(独唱曲)だ。
すごく高い声だけど、憂いを帯びていて美しい。たしか実際に、カヲねえも歌がうまかった。
この歌声にタミーノはだまされてパミーナを救いにいくのだ。

私もだまされてみよう。

「承知しました」

女王が歌い終わるのをまって私が返事をすると、にっこりと微笑んだ。

「あ、それからね、もう一つお願いがあるんだけどー」
「それは、なんでしょうか?」

そのとき夜の女王の表情がガラッと変わった。
「あの、にっくきザラストロめをぶっ殺してくれる?」
憎悪の表情! 普段は優しくて可愛い姉の顔がゆがんでいる! 姉妹ゲンカ(めったにしなかったけど)でもあんな表情は見たことがない。
普段は温和な姉の本性を見たような気がして背中がぞわっとした。

私は恐る恐る女王に答えた。
「あの、ザラストロを殺せって頼んだのは相手は娘さん、パミーナ姫じゃなかったでしたっけ?」

それを聞いて女王様は表情を戻して微笑み、答えた。
「あらタミちゃん、なんでストーリーを知っているのかしらー?」
タミちゃんって……口調は優しいが、目は笑っていない。

「だいぶ前にわたしとお話したの覚えてる? そのときわたし、『中学に入っていろんなことをやって、いろんな人とお友達になって、自信をつけてね』って言ったはずよねー」

ギクッ。確かにそんな約束をした。

「でもねータミちゃん、あなた全然自信を持てないでいるでしょう? だからさー、あのクソボウズをグサッとやって、自信をつけて欲しいの」

そう言って私にナイフを手渡した。

ちょっとカヲねえさん、リアルの話とオペラの話がごっちゃになってるんだけど……あれ、夢を見てるんだから、ごっちゃになってるのはわたしの方か?

私はナイフをしぶしぶ腰帯にはさんだ。

「あ、そうそう、クエストのお供と、魔除けの宝物をプレゼントするからね、レアアイテムだから大事にするのよー」

今、クエストって言った? レアアイテムって言った?

女王がパチンと指を鳴らすと、三人の侍女が出てきた。うやうやしくフルートと鈴をかかげている。

女王は侍女からフルートを受け取り、私にそっと手渡してくれた。これは、以前姉から譲り受けた楽器と同じだ。オペラの中では金色の笛だったような気がする。

「さあ、パパゲーノ、あなたもこっちに来て魔除けを受け取ってちょうだい」

侍女から木製の柄にたくさんの銀色の鈴がついたモノを受け取り、女王は舞台袖に向かって声をかけた。


「あ、ゴメンゴメン、チコクしたー!」
そう言いながら、ステージ中央まで小走りにやってきたのは、全身みどり色の鳥の羽で覆われた人物、『鳥刺しのパパゲーノ』だ。

最初、鳥の羽に隠れて顔がよく見えなかったが……パパゲーノを演じているのは、ナミ!


「ちょ、ちょっとナミ、なんでそんな格好してるのよ?」
「ナミとは誰のことだ? ボクにはパパゲーノという立派な名前がある」

そう言って両手を広げ、その場でくるりと一回転した。
役になりきっている。しかもボクっ子……まあ、陽気で元気なナミにとって、パパゲーノは、ハマリ役なのかもしれない。

とにもかくにも、このヘンテコな設定で、私、タミーノとナミ扮するパパゲーノは、ザラストロの元に向かった。





道中、俊足のパパゲーノ――中の人は、旭川の中学短距離記録保持者だ――は、走って先に行ってしまい、私はお供なしでザラストロの宮殿に向かった。

宮殿の中に入ってみたものの、パパゲーノの姿がない。魔笛のストーリーと同じなら、彼?彼女?は、パミーナ姫を会っているはずだ。

奥の間に入ると、立派な椅子に僧侶が座っていた。ザラストロだ。
彼は立ち上がり、近づいてきた。
多分私が知っている誰かが僧侶の役を演じているんだろうと思っていたがそれは当たった。

ツクルだ。

私は夜の女王に彼を殺してくれと頼まれている。とうていそんなことはできっこない。そんなことをしたら、ナミ、じゃなくてパパゲーノに恨まれるだろう。

「タミーノよ、よくここまで来たな」
彼は思慮深そうな声で私の来訪をもてなした。

「あの、ザラストロ、ここにパパゲーノは来ませんでしたか?」

「ここには来ていない。なにせ、奴は拙僧をさしおいて、パミーナの元に行ってしまったのだからな」

「えっ、どういうことですか?」

「こういうことだ」

そう言って僧侶は、広間の入り口を指差した。
そこには二つの人影があった。
その影が近づいてくる。

逆光でよく見えなかったけど、一人はすぐにわかった、全身鳥の羽に覆われたパパゲーノだ。隣にはシンプルだけど、品のいい白いドレスをまとった女性。パミーナ姫だろう。


その顔は……見覚えがある。

ナギだ。
ドレス姿がむっちゃ似合ってるけど、ナギだ。薄く化粧をしているけど、ぜんぜん違和感がない。


私は二人に近づく。

「ナ、ナギ!?」
「いいえ、わたくしの名前は、パミーナです……でも、お久しぶり」

「ど、どうしてここに?」
もちろん、私の夢だから、に決まっている。

私の質問に答えたのは、ナミだった。

「エヘヘ、ボクがハコダテから連れてきちゃった」

「な、なんで?」
「だってボク、やっぱナギ、じゃなくてパミーナ姫のことが好きなんだもの」

頭が混乱する。
パパゲーノのナミが『やっぱり』パミーナのナギのことを好きなんだって?


私は後ろを振り返り、ツクルが扮するザラストロの表情を確かめた。

無表情……というか、こうなることがわかっていた、という悟りきった表情。

「ザラストロ……ツクル……あなたはこれでいいの?」

「ああ、こうなることはわかっていた。というより、皆でこうなるように仕向けたのだ」

いったい、どういうこと!?

「み、皆ってだれのこと?」
そう問い詰めてると、大広間にまた一人、人影が近づいてきた。

黒いロングドレスに、きらびやかな冠……夜の女王。

「ククちゃん、じゃなかったタミちゃんごめんねー、この子たちに頼まれてねー、こんなふうにしちゃったの」

夜の女王は、いつもの姉と同じように、優しく微笑みながら私の肩に手を置いた。

「カヲねえさん、そしたら、パミーナ姫を救いだしてくれってお願いは?……ザラストロを殺してくれってお願いは?」

「ウフフ、それはね。ククちゃんたちみんながここに集まってもらう言い訳よ……なんなら、予定どおりそこのお坊さんをグサッとやってもいいのよ、恨みもあるだろうし」

ザラストロは、眉をひそめた。

姉の意図がまったくわからない。
「み、みんなをここに集めてどうするつもりなの?」

「それはねー、あなたがはっきりしないから、ここではっきりさせちゃおうってこと……あなたたち四人の関係を」

「ほら、タミーノ王子、ぐずぐずしてたらパミーナ姫をいただいちゃうぞ!」
最初に口を開いたのは、ナミだった。

「わたくしは、パパゲーノと一緒になっても構わないことよ」
そう言って、ナミの手をとったのは、ドレスをまとったナギだった。女の人のような言葉づかいが妙に似合っている。

「拙僧は、求道の身ゆえ、相手が女であろうと男であろうと、契りを結ぶことは許されぬ」

「まあ、お堅い方ねえ! そんなことおっしゃってると、本当にタミーノに刺されてしまいますよー」

そう言って、夜の女王は歌い始めた。
有名なアリア。
『復讐の炎は地獄のようにわが心に燃え』……これは、ザラストロを殺すようにうながす歌だ。

人間の声とは思えない超高音が広間に響き渡る。
美しく、呪わしく。

魔笛ってハッピーエンドな物語じゃなかったんだっけ?

これは悲劇だ。いや、悪夢だ。

夢なら早く醒めて欲しい。

この辛い舞台を一刻も早く消し去りたい。


私は腰帯につけているものを思い出した。
ナイフではなく。もう一つ、女王から授かったもの。

魔法のフルート。
これなら、このひどい世界を消せるかもしれない。
いや、これなら違う世界に変えることができるかもしれない。

私は必死に笛を鳴らした。

でも、女王の歌声がそれを消し去ろうとする。

私は抵抗して演奏を続けた。
今まで練習したレパートリーを続けて、途切れないように。


やがて、アリアは聞こえなくなり。

薄暗かった神殿に陽が差し込んできた。

朝がきたんだ。

私は試練を乗り越えることができたんだろうか?