婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

 ミラジェーンが侯爵邸内の執務室に戻ると、兄と母はそろばんを弾いていた。

 東の国から取り入れた品だが、計算機としてとても役に立つ。

 彼女も自分用に大きさ違いを二つ愛用していた。


「お父様の話は婚約についてかしら」


 母親が顔を上げた。


「はい。エリオット・オリン様と婚約が決まったと」

「あなたはそれでいいの?」

「私が断ってよい話でしょうか?」

「ダメってことはないわ」


 ようやく手を止めた母親の顔は、父親同様に渋かった。

 ミラジェーンは静かに首を振った。


「家のお役に立つことです。私に異論はありません」

「頑固だな。殿下も苦労される」


 兄が吹き出したが、ミラジェーンはそちらを見なかった。

 母親も苦笑して、ペンで計算結果を紙に書き付ける。

 ミラジェーンも席に着き、王家から預かっていた婦人会における今年度予算に、改めて目を通し始めた。

***

 数日後、ミラジェーンはブライズ侯爵と共に馬車で城に向かっていた。


「例の話だが」


 ブライズ侯爵はミラジェーンの斜め上辺りを見ながら口を開いた。


「婚約の話でしょうか」

「ああ。それだがね、来週末にオリン公爵家にお邪魔することになったから」

「承知いたしました。正式な婚約のご挨拶でしょうか?」

「いや、顔合わせ程度だ。ミラはエリオットくんと親しくないだろう?」


 ブライズ侯爵の言うとおり、ミラジェーンはエリオット・オリンとさほど親しい間柄ではない。パーティ等の社交の場で挨拶を交わす程度だ。


「はい、ではそのつもりでお伺いします」

「それと、第二王子殿下のことだが」

「殿下は、この件について何かおっしゃっていましたか?」


 ミラジェーンの低い声に、ブライズ侯爵は首を振って目を逸らした。


「いや、そもそもお伝えしていない」

「……ではなにも問題などないではありませんか」


 うつむいたミラジェーンに、ブライズ侯爵は渋い顔で口を閉じた。


「ミラ、殿下も努力はなさっていたが、なにしろオリン公爵家の手回しが早すぎた」

「……存じておりますわ」


 ミラジェーンはそれ以上何も言わなかった。

 ブライズ侯爵は渋面のまま、「怖いなあ」「でもお伝えしないわけにはいかないし」「怖いものは怖いよなあ」「国王陛下もさっさと認めてしまえばよかったのに」とぼそぼそつぶやき続けていたが、ミラジェーンはそれを聞き流し、窓の外を眺めていた。