婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

 ミラジェーンは自室で身支度を整えていた。

 何度か時計を見る。

 予定の時刻ちょうどだが、部屋の外から声はかからない。


「時は金なり、いえ、金持ちは喧嘩をせずとも言いますし、悪銭は身につきませんし……」


 ミラジェーンの身支度を手伝う侍女は、吹き出すのを堪えながら彼女の髪を丁寧に梳いていた。


「お嬢様、地獄の沙汰も金次第とも申しますし、待たされた分はかわいらしくアクセサリーでもおねだりになればよろしいかと」

「遅刻したからといって罰金を払わせようとするのは、いささか行儀が悪いと思うわ」

「言い方ですよ。殿方の誰もが第二王子殿下のように気が利くわけではないのですから」


「ど、どうしてここで殿下のお名前を出すのかしら」

「あ、馬車が入ってきましたよ」


 それを聞いたミラジェーンは勢いよく立ち上がったが、髪に引っかかりを感じ、すぐに座り直した。まだ侍女が髪を梳いていたので、ブラシが引っかかったのだ。

 侍女がミラジェーンの髪からブラシを外し、梳き直していると、やがて扉がノックされた。


「お嬢様、エリオット様がお越しでございます」

「今行くわ」


 ミラジェーンは侍女と共に部屋を出た。

 ロビーではエリオットが笑顔で待っていた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、エリオット様」

「かまわないよ、僕は心が広いから」


 侯爵家の侍女は優秀であり、主人に恥をかかせるような態度は取らなかった。

 ミラジェーンはそのことに感謝しつつ、にこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。次回は時間通りにいらしていただけると助かりますわ。本日は観劇の予定でしたわね」

「ああ。父がいい席を用意してくれてね」


 エリオットの腕に手をかけて、ミラジェーンは歩き出した。

 今日は彼に連れられ、最近流行しているという観劇に向かう予定だった。

 それだけに時間には気を遣っていたが、そこまで厳密でなくともよかったのかもしれないと、ミラジェーンはそれ以上の苦言を飲み込んだ。


 オリン公爵家の馬車は、素晴らしい乗り心地であった。ミラジェーンが仕立ての金額を尋ねたくなるほどには素晴らしかったが、一般に下品と見なされることは承知していたため、口をつぐんだ。

 彼女が物事の値段で価値を見定めようとしても、それを咎めないのは家族と、付き合いの長いリサーナやエースくらいであった。

 インサラータ伯爵一家なども、価格についての言葉を交わしたことはないが、商家との付き合いが多いことから、賛同してもらえるかもしれない。


「さすがオリン公爵家の馬車、素晴らしい乗り心地ですわね。御者の方の手綱裁きも素晴らしい」

「はは、そうだろう? 君もオリン公爵家の一員となれることを喜んでほしいね」

「もちろんでございます」


 ミラジェーンは微笑んでから、窓にかかるカーテンや内装、贅を凝らしたしつらえを見回した。

 エリオットは満足そうにミラジェーンの様子を眺めながら、足を組み直した。