桜木学園、歴史研究科百人一首部 〜桜の下、託された記憶〜

 藤堂くんと一緒に演じるなんて、考えつかなかった。
 彼は助監督試験に落選してしまったようで、俳優として演じることになった。

 それが、どうして私の共演相手となったのか。
 何よりそれが、一番謎だった。

「志津音、なんの役やるの?」
 それは昨日の昼休み、詩波が興味深そうに聞いてきたのが始まりだった。後ろに歌波も控えていて。
 詩波は脚本家になれたと、合否発表の直後、はしゃいでいたな。
「紫式部の役が、気になるんだよね。詩波の書いた紫式部なら、きっと美しい女性だと思うよ、憧れる。それに、共演相手とも打ち解けやすそうな役だし」
 詩波はうなずいてくれた。
「良いね、志津音。感情表現がカギだから、その辺はオーディション頑張って」
 感情表現か。演技は好きだしそれなりに得意だから大丈夫だろう。
 それから台本を見せてもらい、私はなんだか分かった気がした。
 藤堂くんが、私の希望する紫式部の夫である藤原宣孝役をやるんじゃないかーーーって。

[まあ、それは光栄ですわ。しかしながら私は、宮仕えに不向きなものでして・・・・・・]
 私は今、オーディションの最中だ。心身ともに紫式部になりきって演じている。
[そうか。それは残念だな。しかし香子殿。そなたの源氏物語は一条帝も読みふけっておられるのだ。我が娘、彰子も気に入っている。ぜひ一度、帰って考え直していただきたい]
 少し離れたところで、藤原道長役に決まった六年生・桜木礼司(さくらぎれいじ)さんの瞳が細められる。礼司さんはここの学園長の甥っ子さんだ。彼のお父さんは学園長の五つ下の弟で、プロの有名な俳優さんだ。確か、桜樹礼賀(さくらぎれいが)という芸名でやっていた気がする。「ぎ」の字を少し変えただけの、本名と同じ読みの芸名だ。
[ではお言葉に甘えさせていただき、今日はこれで失礼します]
 頭を下げて退出するところまでが、今回のオーディション。
 オーディションの場所は普通の体育館。扉を開けようとしてドアノブに触れたところで、私は足を止めた。
 扉の窓に、人影が映っている。
「あの・・・・・・」
 それでも扉を開けると、そこには藤堂くんが立ち尽くしていた。
「志津音・・・・・・オーディション、どうだった?」
 藤堂くんは私に近づいてくると、私の演技用の浴衣を整えてくれた。
「まだ結果はわからないの。藤堂くんは?」
 藤堂くんは本心のわからぬウィンクをして、リュックサックから何かを取り出した。