『出来ましたよ、どうですか?』
自分の部屋で化粧台の鏡で自分の格好を見る。今日はなぜか綺麗なワンピースを着ている自分が映っていてなんでかなぁと思うけれど、さっきもメイドさんに『お客様がいらっしゃるんですよ』と言われたし……。
でもいつも、お客様が来ても私は部屋に篭もっているのになんでだろう。
『旦那様が待ってるので、朝食食べにいきましょう』
私はそれに頷くとヘアセットをしてくれた人に付いて部屋を出た。リビングの扉を開くと、お母さんはキッチンでご飯を作っていてお父様はコーヒーを飲んでいる。それにお兄ちゃんはスマホを弄っている。
お母さんは私に気付くと、近寄ってきた。
『おはよう! 服、やっぱり可愛いわね』
お母さんは私に向かって指文字やジェスチャーで表した。
『ありがとう。お母さん、おはよう』
私も指文字をお母さんに向かい表すとメイドさんが座るように促され、椅子を引いてくれたので座った。
私、五十嵐美央(いがらし みお)は耳が聞こえない。赤ちゃんの頃、高熱を出して耳が聞こえなくなったのだ。だから普段会話をする時は、指文字か口の動きを読み取りで何を言っているのか理解する。だが、伝わらない時は筆談を使い話す。
小さなホワイトボードを取り出して私は【おはようございます】と黒ペンで書き込む。お父様に私は、手を振ってこちらに視線を向けるとそのメモを見せる。
「お・は・よ・う」
お父さんは口をゆっくり動かしながら、指文字を使い挨拶をしてくれた。だけどすぐに視線を落として、こちらを見てくれなくなった。
お兄ちゃんにも挨拶するが、こちらを向いてくれなくて上手く挨拶が出来なかった。お兄ちゃんは指文字を知らないからメモするのが億劫なんだと思う。とにかくお話をしてくれないし目も合わせてくれない。
『みお、今日はお客様が来るからね』
お父様は、私の顔を見てゆっくりと口を動かす。ゆっくりなら私も言っていることが分かる。だけど、誰が来るのかそれが知りたいんだけどなぁ。
【お客様……? それは誰ですか?】
『ひみつだよ。楽しみにしてて』
楽しみに、って。私、家族や家庭教師の天野先生以外で話したことないから怖くて聞いているのになぁ。
もしかしたら、私のこと馬鹿にするかもしれないじゃない。私は黙って下でも向いていようかな。
「〜〜」
お兄ちゃんはパンだけ食べて立ち上がると、何かを言ってリビングから出て行ってしまった。するとお父様はお母さんに何かを言っている。私には聞こえないけど、楽しくはない雰囲気だし怒っているのかもしれないと察する。
スクランブルエッグとウインナーを交互に食べながらパンを食べた。私はお母さんが作るふわふわのスクランブルエッグが大好きで、いつも作ってくれる。
今日も美味しい……。
『そろそろ来ると思うから美央、早く食べなさい』
私はお父様に頷くと残っていたスープを飲み食べ終え、お皿の片付けをお母さんと一緒にした。
それからお客様が来るまでリビングのソファに座り、テレビを見て待つことにした。すると、お父様の秘書さんがやってきてお父様に何かを言っている。
『美央、お客様が来たから客室にいくよ』
客室……? このお屋敷にそんな場所あるんだなぁ。
私は、リビングか自分の部屋しか知らない。ほとんど、自室から出ないから1人じゃどこにも行けない。
お父様について行くと、一つの扉の前で止まりノックをした。ドアが開くとダンディな男性と髪が長い綺麗な女性に、同い年くらいの男の子が座っている。
「はじして、――といいま……らし……って」
この人、早くて口の動きが見れなくて、何を言ってるのか全く読み取れない。だけど、お父様と男性は話を続けている。お母さんも向かいに座る女性と話していて置いてけぼりだ。
どうすればいいんだろう……。こんなこと初めてで、怖くて仕方ない。分からなくてつい、俯いてしまった。
すると、肩をトントンとたたかれて顔を上げると部屋には私と男の子しかいなかった。私、置いて行かれたのかもしれない……。
「俺の名前、倉橋哉斗(くらはし かなと)だ」
くらはし、かなと……? ゆっくり、話してくれた?
私が耳、聞こえないこと知ってるの?
「みお、って呼んでいい?」
い、いきなり呼び捨て!? そういうものなのだろうか。家族にしか呼ばれたことなくてバクバクと心臓が音を立てる。
「ごめん、なれなれしいよな? みおちゃん、でいい?」
ちゃん付けは、なんだか恥ずかしい……。でも、まぁいいか。私は、倉橋くんの言葉に頷く。
「俺のことは、哉斗って呼んで」
私はメモ用紙を取り、ペンを持って私は返事を書いて彼に見せる。
【かなとくん、って呼びます】
哉斗くんの反応が怖かったけど、頷いてくれて少しだけ安心した。
話したのは5分も経たない時間で、名前だけを知っただけだけど……さっきまでの不安で沈んでいた気持ちが少しだけ溶けたのが分かった。
*友だち。
午後15時、勉強がひと段落した頃。
家庭教師の天野先生が私の肩をトントンと触れた。
『美央さん、今日クッキー焼いてきたの。一緒に食べよう』
天野先生は手話を使いそう言うと、可愛い缶箱をカバンから取り出してテーブルに置いた。
『美味しそう! 天野先生のお菓子大好き』
『良かった。じゃあ、お茶淹れるわね』
天野先生は、手話が出来る人だ。
福祉系の大学に行っていて手話サークルに所属していたらしい。在学中、塾講師をしていた時に手話スピーチ大会に出場したらしく。それを見ていたお父様にスカウトされたのだ。
『今日は、ダージリンにしたのよ。専門店で買ってきたの』
『もしかして、あの茶葉専門店のダージリンですか?』
『そう! いつも買うの大変なんだけど、朝から並んだんですよ』
私は先生が淹れてくれた紅茶を飲みながら、クッキーを頬張る。サクサクでとても美味しい。
『そうだ! 旦那様から聞いたのだけど、美央さん婚約したんですって? おめでとうございます』
『先生……でも、私今まで同い年くらいの子と話したことなかったでしょう? だからうまく話せなくて。どうすればいいのか分からないんです』
『そうですねぇ……あ、噂をすれば彼、来ましたよ』
扉を背にしていたから気づかなかった……けれど、後ろを見ると哉斗くんが立っていた。
私は先生に『ありがとうございます』と話すと哉斗くんにペコっと頭を下げた。
メモを取り出して【こんにちは】と書いて見せた。
『こ・ん・に・ち・わ』
え、指文字……? 哉斗くんが、なんで指文字できるんだろう?
「君、どうして指文字を……?」
天野先生がゆっくりと私に見えるように哉斗くんに問いかける。
「ネットで、調べました……美央ちゃんとお話したくて」
「へぇー! そうなんだ『良かったね、美央ちゃん』」
天野先生にいきなり振られ、私は頷くしかない。
『美央ちゃん、彼が来たし私は帰るね』
天野先生はそう言って立ち上がる。
『ありがとうございました』
私はそう手話で言うと、天野先生は哉斗くんに話しかけると何かを2人で話をしている。何を話しているんだろう
……?
『ここ』
哉斗くんは、椅子を指さす。
『座ってもいい?』
その後にゆっくりと哉斗くんはそう言った。彼の言葉を読み取ると、『うん』と頷き返す。
哉斗くんは、先生が座っていた席に座ると何故か深呼吸を始めた。
【どうしたの?】
「『俺と』」
哉斗くんは、ゆっくり口を動かして自分を人差し指で指す。
「『友達』に」
そして両手の拳を合わせて力強く握る。
「なってください『お願いします』」
右手の拳を頭に当て、手を開くと頭を下げながら手を前に出すと1つの小さくて可愛らしい封筒を私に差し出した。
「手紙書いたんだ。良かったら読んでくれる?」
ゆっくりと言う哉斗くんに向かって『うん』と頷く。すると指文字を使って『ありがとう』と言ってくれた。
哉斗くんが帰ると、くれた手紙を開けて中に入っていた便箋を開くと綺麗な文字が並んでいる。
【美央ちゃんのこと、もっと知りたい。俺、手話とかたくさん練習するから下手かもしれないけどお話しましょう】
手話、練習してくれるんだ……だから、さっき少しだけ手話で話してくれたんだなぁ。
ぎこちないけど、一生懸命練習したんだって感じの手話だった。私のために、わざわざ……。
それに友達が出来たのって初めてだ。
机の引き出しに入っているレターセットを取り出した。これは去年の誕生日にいただいたけど使用する機会がなかったんだよね……だけど、ついにその機会がやってきて本当に嬉しくてボールペンを走らせた。
【私でよければ、手話教えます。私のためにありがとうございます】
何回も書き直しをした結果、3枚ムダにしてしまったけど変なことを書いちゃうよりいいよね……?
便箋を封筒に合わせて折って入れる。
封筒に【倉橋哉斗さま】と書いてシールで封を閉じた。
その後、小説を読んだり勉強したりして夕食まで過ごした。
***
茜色に空が染まってきた17時――。
『美味しい!』
哉斗くんはケーキ屋さんでプリンを買ってきてくれて今言った一緒に食べている。
「あー! 『良かった』今、人気なケーキ屋さんらしい」
そうなんだ……哉斗くんってなんでも知ってるんだなぁ。甘いものが好きだって言ったから買ってきてくれたのかな……。
『ありがとう』
「『いいよ』喜んでもらえて嬉しい」
哉斗くんは、いつものようにゆっくり言ってくれる。だけど、ふと不安になる。彼は、私の為に手話や指文字を覚えてくれた。とても優しい人。
だけど私は家族以外に優しくされたことがないからよくわからない。本当は無理しているのではないのかとか思ってしまう。
哉斗くんは学校のお友達とは遊ばないのかな。学校の課題だってあるだろうし、やっぱり無理をしてここに来ているんじゃないかと心配になってくる。
「どうした……?」
困ってる顔……。笑ってるけど、困ってる。私がボーっと考え事しているからだ。
『ごめんなさい』
私はこういう時どうしたらいいかわからない。謝るしかない。どうすればこの変な空気を和ませる術もない……。
「泣かないで……」
泣いてる……? 私、泣いてるの?
こんなの子どもみたいじゃん。自分の涙が溢れて膝に置いていた手の甲を濡らしている。泣いてるのか。
何が悲しいのか分からないけど、この涙を止める事ができなくて次から次へと涙が溢れてくる。
すると、哉斗くんは立ち上がると私の前に来た。そして、彼の指が私の瞼に触れて涙を拭う。
「今は、泣いてもいいよ」
そう哉斗くんは言ってしゃがむと、私の頭をポンっと触れた。
「……そばにいてあげる、涙が止まるまでずっと」
哉斗くんは口を開いた。だけど最初に何を言っていたのか聞こえなかった。だけど、背中を摩ってくれている哉斗くんの手が温かくて心地よかった。
私の涙が止まると「バイバイ、また明日」と言って哉斗くんは帰って行った――だが、その後謎の高熱を出してしまった私は2日間彼に会うことは許されなかった。
*お見舞い 哉斗side
「哉斗ーもう帰るのか〜?」
「……カイか」
授業が終わり、放課後。俺は帰り支度を急いでしていた。その時、話しかけて来たのは飯嶋海斗(いいじま かいと)。中学で仲良くなって今では親友だ。
だけど今は、早く会いに行きたいんだよ!
「今日は彼女に会えるお許し出たのか?」
「あぁ、親父から連絡があった」
美央ちゃんとは、一昨日から会っていない。というか会えていない。最後に会った日……彼女を泣かせてしまった。
俺が怖がらせることをしてしまったのか、本当はプリンが嫌いなんじゃないかとか考えたが……考えてもわかるはずもなく、2日間会うことも出来なかった。
「そっかぁ、よかったなぁ。でも、ほぼ毎日会ってるんだろう? 話すことあんの?」
「ある。学校とか行かないで会いに行きたい」
「えー……本当に哉斗か? でも親が決めた子なんだよな?」
確かに美央ちゃんは、親父が持ってきたお見合い写真の一枚だった。だけど、その中で1人選んだのは俺自身だ。
『親父、俺この子がいいわ』
『あぁ、その子か……五十嵐さんとこの』
あの時既に、父親に美央ちゃんが耳のことを教えてもらっていた。それでも彼女にとても惹かれた。
「……超可愛いんだよ」
「ベタ惚れかよ。あぁ俺も可愛い婚約者ほしい」
コイツと話している場合じゃない……今から寄るとこあるし、早く学校出ないと。
「哉斗くん! 今日暇? 良かったら一緒に」
「無理、今から彼女のとこ行くから」
「え! 哉斗くん彼女いるの!?」
あー! もう、うるさい。
海斗のせいで、足止め食らったじゃねーか。勘弁してくれよ。
「いるよ。だからどいてくれる? 今から会いに行くんだ」
俺がそう言うと、「あの噂本当だったんだ」「狙ってたのにぃショック〜」などの声が教室の外でも聞こえてくる。しかも廊下は塞がれ、キャーキャーと黄色い声が耳に響く。
「あ、明日なら大丈夫!?」
「は? 毎日無理。毎日彼女に会いたいんだから当然だろ?」
「えっ……」
「だから退いて。今から花屋にも行くんだから」
お見舞いには花が一番だと、海斗が言っていた。彼女の屋敷に行く前に花屋さんに寄ろうと思っているんだから邪魔しないでくれ……。
俺は、人集りができている中を掻き分けて靴箱に向かいながら運転手に電話をかける。すると、既に校門に車を停めてあるらしく急いで車に乗る。
「おかえりなさいませ、五十嵐様宅へ直で伺いますか?」
「いや、花屋に寄ってくれ。花をプレゼントしたい」
「はい、哉斗さま」
運転手は、ニコリと笑うとハンドルを持ち車を出発させる。学校から5分ほどで花屋に到着した。
「いらっしゃいませ〜何かお探しですか?」
「花束を可愛く見繕ってほしい」
「プレゼントでしょうか? 何色にしましょう?」
色か……美央ちゃんのイメージは、ピンクか?
「ピンク色がいい……」
「畏まりました。こんな感じはどうでしょう? ガーベラとかすみ草です。女の子に人気なんですよ〜」
「じゃあ、これで……」
「ありがとうございます。では、番号札でお呼びしますね〜」
店員から【3】の番号を受け取ると、俺は店内をぐるっと回ってみる。こうやって見ると花って種類がたくさんあるんだなぁ……見ていて面白い。
その後、すぐに店員は出来上がった花束を持って来た。
「お待たせ致しました。このような感じでよろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます。では、お会計こちらでお願いしますね〜」
金額を払い店を出る。また車に乗り込むと、五十嵐家に向かった。
喜んでくれるだろうか……? 美央ちゃんは笑ってくれるかな? 笑ってくれるといいな。
*このドキドキの正体は?
熱が下がり、私はベッドに座って過ごしていた。
夕方になると、哉斗くんがやってきた。
「体調『大丈夫?』」
私は哉斗くんに頷くと、彼はホッとした表情を見せた。
「これ、美央ちゃんにプレゼント」
そう言った哉斗くんは私にピンク色の小さな花束を差し出されてそれを受け取る。
『これ』
私は花束を指さすと、メモ用紙に【どうして?】と書いて見せた。
「美央ちゃんが心配で、2日ぶりだしプレゼントをと思って」
プレゼント……! 嬉しいなぁ。
お花も可愛い。
『ありがとう!』
私はそう手話で言うと、ベルを鳴らした。
「ど・う・いたし……まして」
一生懸命にゆっくりとそう指文字で表してくれた彼にすごく嬉しく感じた。思わず拍手してしまう。
すると、部屋にメイドさんがやって来たので花束と書いておいた【花瓶に活けてくれる?】とメモ用紙も一緒に渡す。
「かしこまりました、花瓶に活けて来ます」
メイドさんが出て行くと、彼はベッドのそばにある椅子に座る。
そう言えば私、今パジャマだった。
「今日は、髪ストレートで可愛いね」
うわぁぁ……! 哉斗くん、今可愛いって。でも私、今パジャマだし、髪だって寝ていたから絶対ボサボサだよっ!
哉斗くんは優しいから、気を遣って可愛いだなんて言ったんだ……。もしかしたら、他の子にも可愛いって言っているのかもしれない。
それはそれで嫌だなぁ。
「ねぇねぇ」
哉斗くんは手招きする様に手を小さく縦に振る。
「女の子に可愛いってどうやってやるの?」
哉斗くんは、ゆっくりと口を動かして言った。女の子に、って誰かに言いたい人いるのかな……そんなことを考えながら、小指を立てて反対の手で円をかくように撫でてみせる。
「こう?」
私のを見よう見真似でやってくれた手話は完璧で、きっと言いたい相手は喜ぶんだろうなぁ。
「美央ちゃんは」
哉斗くんは私を指さした。
「『可愛い』」
先ほど教えた手話を滑らかにやった。え、これ練習だよね……?
【キミは可愛すぎる】
……へ? その文字を見て、これは私に対してなのかもと思った。そう思うと、身体の体は熱ってくる。
「『君の』ためならなんでも『したい』」
手話と指文字を混ぜながらそんなことを言われて、私のドキドキは最高潮……。心臓も悪いのかしら。
「今日は帰るよ、またね」
それだけ言って哉斗くんは、急足で帰って行ってしまった。ふと、哉斗くんの顔を見ると何故か耳たぶが赤くなっていて不思議だった。
***
「『どこも』異常はございませんよ」
『ありがとうございます……でも、ドキドキするんです』
そう、あの日から私の心臓は変なのだ。なんでか、哉斗くんのことを思うと心臓がぎゅ〜っとなってドキドキして……苦しい。
「ふふっ美央様も『大きくなったんですねぇ』」
『何を言ってるんですか! 私、悩んでるんです!』
「そうねぇ……言えることは『異常はないから大丈夫ってことね』」
でも、じゃあ……なんで苦しくなるの?
「あとは『美央さまが自分で答えを見つけるべきだと思うよ』じゃあ、またね」
『分かりました……』
自分で、ってどうすれば……?
不安だけど異常がないなら大丈夫なのかなぁ。
でもお医者様が言っていた“答え”がなんなのか考えてみても見つからなかった。



