いじめる人より、いじめられる、人間不信みたくなる方が、みっともないだろうか?て心底自身を責めた。小中高生と大学生のみなさんにも知ってもらいたいこと

その夏休み終わり怖くなり
死を考える
夏休み終わり一人で泣く(97年の夏休み終わりと00年の8月27日一人で泣き、97年度はまた明日も、二学期も、恐喝詐欺無理強いされると連休の終わりや夏休み終わり怖くなってた。
00年も、また新学期もまたクラスや図書委員でわたしひとり蔑むこと言われ、また蔑むこと言われ、蔑むこと言われ、蔑まれてしまうと死にたいほど怖くなってたのは確かです)

、クラスや委員で一人だけ、自分だけ蔑むこと言われるも
自分だけ蔑むこと言われると
自分だけ蔑むこと言われると
また明日も次の日や次の委員でもわたし一人だけが蔑まれる、見下される、蔑む見下すことを言われる、また蔑むこと言われるし
また蔑まれる、今度はどんな蔑むこと言われるかわからないと怯えてしまう
だから特に97年度まるまる一年と
00年度の特に前半人間不信なった


わたしは、恐喝詐欺無理強いする人や人を蔑むこと言う人もだけどそのいじめや蔑むような人を未然に遠ざけられなかった、いじめを防げなかった、いじめる人を遠ざけられなかった
わたし自身にも責めるおもいでたくさんです。




いじめる人にいじめられる人が死を考えるほどこわくなる
夏休み終わり一人で泣く
、そしてなによりも、自身がいじめられてしょうがない存在であほうか??、
いじめられるわたしがいじめられて仕方ない存在なのだろうかて、自身を責めること気づいてもらいたい