いじめる人より、いじめられる、人間不信みたくなる方が、みっともないだろうか?て心底自身を責めた。小中高生と大学生のみなさんにも知ってもらいたいこと

それを知ってもらいたい
いじめてる人恐喝詐欺無理強いなどするひとやいじめてるひとならば死のうとまで、線路前に走り死のうとまではしないはずだし夏休み終わりが怖くなったりはしないはず
だからその、いじめられるしかないのなら死のうかとか
いじめられるしか道や選択肢がないなら死ぬべきかと(97年度まるまる一年と、00年度の特に前半におもいました。)

はっきり言うと恐喝詐欺無理強いする側、いじめる側なら自身は死ぬしかないとか地獄牢獄から出るには死ぬしかないとか 自身がいじめられ仕方ない存在なのだろうかと責めることは、少なくともないはず
夏休み終わりが怖くなったり
線路前に走って自死を選ぼうとすることもないはず


その
恐喝詐欺無理強いなどするひとのばあいは
報いや天罰も来なく
見逃されてるけど
される側は、いじめられるしかないならば、それしか選択肢ないのなら死ぬべきか、いじめられて仕方ない存在なのであろうか
自分はいじめられても仕方ない存在であろうかと自身を責めて 自身に対して責める自責や後悔ばかりおそわれる。
それをひとに恐喝詐欺無理強いする人や、人にバカにすること言う人にそれだけは気がついてもらいたいと思う