アドラ王国での暮らしがスタートした。
わたしの一日は、母国の方角へ向かって祈りを捧げることから始まる。
「お父様、お兄様、どうぞ安らかに」
いまはただ、こうして追悼することしかできない。
わたしの存在が、アドラ王城全体に歓迎されていないのはよくわかる。
食事は与えられているが、異物の混入は日常茶飯事だ。
嫌々といった様子でメイドが運んでくる食事に虫やゴミがスープに入っているだけならまだかわいいほうで、毒が入っていそうな異臭がしていることもある。
わたしがパンしか手を付けないと見るや、今朝はなんとパン生地にゴミが練り込んであった。
「ねえ、焼く前のパン生地にゴミをわざわざ練り込むなんて、ここの厨房の衛生面を心配するわ」
「それで、どうしたんだ?」
わたしはシリウスが持ってきたパンを受け取った。
「『アドラのみなさんは、こんなゴミを食事として召し上がるんですか』ってパンを見せて言ったら、メイドにものすごく怖い顔で睨まれたの」
クスクス笑いながら報告する。
この手の嫌がらせなら、母国の貴族学校でもさんざんやられていたから慣れている。
「さすが俺のマリアだな。俺からも言っておく」
「ありがとう。でも、どうせ聞きやしないわ」
俺のマリアと言われた件に関しては華麗に聞き流す。
婚約は解消だと申し出たあの夜、シリウスは怒って出ていったが、翌日にはなにごともなかったかのようにケロッとした様子で訪ねてきた。
この年齢の男児はあれこれ引きずらない。しかし、遠い異国への婿入りを勧めると少々不機嫌になる。そんな知見を得た。
シリウスは、わたしへの嫌がらせを静観しているわけではない。ちゃんと気づいているし再三注意してくれているようだが、一向になくならない。
それも仕方ない。
メイドたちにしてみれば、敵国の捕虜が王城の客室でいい暮らしをしているのが許せないのだ。
なぜこんなヤツの世話をしてやらねばならないのかと不満を募らせているにちがいない。
いくら人道的で大人の対応をと言われても、嫌なものは嫌!なのだろう。
食べ物も飲み物も、シリウスから受け取るもの以外は信用ならない。
毒の耐性なら少々あるけれど、なにかを混ぜられた不味い食事など御免だ。
「だから、もう食事はいらないって伝えてちょうだい。このご時世に食べ物を粗末にするなんて馬鹿げているもの」
戦地となった場所は、いまごろ復興で大変だろう。だからパンを食べられるだけでもありがたい。
「わかった。申し訳ない。マリアが寛大で助かる」
「こちらこそ、分不相応な部屋を用意してもらって感謝しているわ」
寛大なのはむしろシリウスやアドラ王室のほうだ。
利用価値のないわたしをこうして王城に住まわせているのだから。
国王に会ったことはないが、病気がちで臥せっているという。
政務はシリウスの長兄であるライアス王太子が担い、母親である王妃がサポートしているらしい。
アドラ王室について知っているのはこれぐらいだ。
いつまでわたしを生かしておくつもりなのかは不明。もう家族は誰もいないのだから、死ぬ覚悟ならとっくにできているというのに。
「今日も爆弾の話を教えてくれないか」
わたしには火薬を精製する知識がないと知りながらも、シリウスは爆弾にまつわる話をあれこれ聞きたがった。
好奇心旺盛なお年頃なのだろう。
「そもそも火薬が爆発するだけでは、殺傷能力が足りないのよ」
「そうなのか?」
「爆発で飛び散った破片をまき散らすことで、有効範囲と殺傷威力を上げるの」
「恐ろしいな」
シリウスだけでなく、部屋の隅に控えるサミュエルまで顔を顰めている。
しかし恐ろしさの度合いでいえば、アドラの魔導士たちが使う『真空魔法』のほうがよほど残忍だ。
広範囲にドーム状の結界を張り、中の空気を抜いて窒息させるのだから。
「シリウスも魔法が使えるんでしょう? わたしにとっては魔法のほうが怖いわ」
するとシリウスは肩をすくめた。
「俺は、魔法が使えない呪いにかかっているから」
「ええっ!?」
シリウスが呪いに……?
言葉の綾として呪いと言っているだけで、単純に魔法が使えないだけかもしれない。
「どうってことないわ。わたしだって使えないもの」
気にしなくていいと慰めるつもりでそう言ったら、シリウスがプハッと笑った。
「マリアはおもしろいな。俺にそんなことを言うヤツは初めてだ」
肩を揺らして笑い続けている。
シリウスのゲラが発動した。こうなると、ひとしきり笑うまでは収まらない。
べつにおもしろいことなんて言っていないのに、わたしの発言がいちいちツボるようだ。
サミュエルは、そんなシリウスをいつも温かい目で見つめている。
母国の塔で初めて出会った時、サミュエルはもっさりした髭面だった。
だから中年のおじさんだと思っていたのに、髭を剃り落としてみたら二十代と思しき青年になって驚かされた。
声を聞くまで誰だかわからなかったほどだ。
そんなサミュエルの変わりようのほうが、わたしの発言よりおもしろいと思うんだけど?
「ロミオ王子は見る目がない。マリアといるとこんなにも楽しいのに」
シリウスは、目尻に滲む涙を指で拭いながら笑い続けている。
相手は十一歳の子どもだけれど、そう言われると悪い気はしない。
わたしもつられて笑いながらパンにかじりついたのだった。
わたしの一日は、母国の方角へ向かって祈りを捧げることから始まる。
「お父様、お兄様、どうぞ安らかに」
いまはただ、こうして追悼することしかできない。
わたしの存在が、アドラ王城全体に歓迎されていないのはよくわかる。
食事は与えられているが、異物の混入は日常茶飯事だ。
嫌々といった様子でメイドが運んでくる食事に虫やゴミがスープに入っているだけならまだかわいいほうで、毒が入っていそうな異臭がしていることもある。
わたしがパンしか手を付けないと見るや、今朝はなんとパン生地にゴミが練り込んであった。
「ねえ、焼く前のパン生地にゴミをわざわざ練り込むなんて、ここの厨房の衛生面を心配するわ」
「それで、どうしたんだ?」
わたしはシリウスが持ってきたパンを受け取った。
「『アドラのみなさんは、こんなゴミを食事として召し上がるんですか』ってパンを見せて言ったら、メイドにものすごく怖い顔で睨まれたの」
クスクス笑いながら報告する。
この手の嫌がらせなら、母国の貴族学校でもさんざんやられていたから慣れている。
「さすが俺のマリアだな。俺からも言っておく」
「ありがとう。でも、どうせ聞きやしないわ」
俺のマリアと言われた件に関しては華麗に聞き流す。
婚約は解消だと申し出たあの夜、シリウスは怒って出ていったが、翌日にはなにごともなかったかのようにケロッとした様子で訪ねてきた。
この年齢の男児はあれこれ引きずらない。しかし、遠い異国への婿入りを勧めると少々不機嫌になる。そんな知見を得た。
シリウスは、わたしへの嫌がらせを静観しているわけではない。ちゃんと気づいているし再三注意してくれているようだが、一向になくならない。
それも仕方ない。
メイドたちにしてみれば、敵国の捕虜が王城の客室でいい暮らしをしているのが許せないのだ。
なぜこんなヤツの世話をしてやらねばならないのかと不満を募らせているにちがいない。
いくら人道的で大人の対応をと言われても、嫌なものは嫌!なのだろう。
食べ物も飲み物も、シリウスから受け取るもの以外は信用ならない。
毒の耐性なら少々あるけれど、なにかを混ぜられた不味い食事など御免だ。
「だから、もう食事はいらないって伝えてちょうだい。このご時世に食べ物を粗末にするなんて馬鹿げているもの」
戦地となった場所は、いまごろ復興で大変だろう。だからパンを食べられるだけでもありがたい。
「わかった。申し訳ない。マリアが寛大で助かる」
「こちらこそ、分不相応な部屋を用意してもらって感謝しているわ」
寛大なのはむしろシリウスやアドラ王室のほうだ。
利用価値のないわたしをこうして王城に住まわせているのだから。
国王に会ったことはないが、病気がちで臥せっているという。
政務はシリウスの長兄であるライアス王太子が担い、母親である王妃がサポートしているらしい。
アドラ王室について知っているのはこれぐらいだ。
いつまでわたしを生かしておくつもりなのかは不明。もう家族は誰もいないのだから、死ぬ覚悟ならとっくにできているというのに。
「今日も爆弾の話を教えてくれないか」
わたしには火薬を精製する知識がないと知りながらも、シリウスは爆弾にまつわる話をあれこれ聞きたがった。
好奇心旺盛なお年頃なのだろう。
「そもそも火薬が爆発するだけでは、殺傷能力が足りないのよ」
「そうなのか?」
「爆発で飛び散った破片をまき散らすことで、有効範囲と殺傷威力を上げるの」
「恐ろしいな」
シリウスだけでなく、部屋の隅に控えるサミュエルまで顔を顰めている。
しかし恐ろしさの度合いでいえば、アドラの魔導士たちが使う『真空魔法』のほうがよほど残忍だ。
広範囲にドーム状の結界を張り、中の空気を抜いて窒息させるのだから。
「シリウスも魔法が使えるんでしょう? わたしにとっては魔法のほうが怖いわ」
するとシリウスは肩をすくめた。
「俺は、魔法が使えない呪いにかかっているから」
「ええっ!?」
シリウスが呪いに……?
言葉の綾として呪いと言っているだけで、単純に魔法が使えないだけかもしれない。
「どうってことないわ。わたしだって使えないもの」
気にしなくていいと慰めるつもりでそう言ったら、シリウスがプハッと笑った。
「マリアはおもしろいな。俺にそんなことを言うヤツは初めてだ」
肩を揺らして笑い続けている。
シリウスのゲラが発動した。こうなると、ひとしきり笑うまでは収まらない。
べつにおもしろいことなんて言っていないのに、わたしの発言がいちいちツボるようだ。
サミュエルは、そんなシリウスをいつも温かい目で見つめている。
母国の塔で初めて出会った時、サミュエルはもっさりした髭面だった。
だから中年のおじさんだと思っていたのに、髭を剃り落としてみたら二十代と思しき青年になって驚かされた。
声を聞くまで誰だかわからなかったほどだ。
そんなサミュエルの変わりようのほうが、わたしの発言よりおもしろいと思うんだけど?
「ロミオ王子は見る目がない。マリアといるとこんなにも楽しいのに」
シリウスは、目尻に滲む涙を指で拭いながら笑い続けている。
相手は十一歳の子どもだけれど、そう言われると悪い気はしない。
わたしもつられて笑いながらパンにかじりついたのだった。



