亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

「ここがマリアの部屋だ」
「牢屋でも塔でもないのね」
 開け放たれたドアから部屋の中をぐるりと見回す。
 高級そうなふかふかの絨毯、大きな窓に、立派なベッドやクローゼット、ソファーとテーブルが備えられている快適そうな部屋だ。
 日当たりも良く、掃除も行き届いている。幽閉されていた塔とは雲泥の差だ。
 このようなもてなしを受けて大丈夫なんだろうか。

「言っただろ、婚約者として扱うって」
「この際だからはっきりさせましょう。座って」
 シリウスは文句を言わずにソファーに腰かける。わたしはテーブルを挟んで向かい側に座った。

「単刀直入に聞くけど、なにが目的なの?」
 ここまでの道中、ずっと考えてきた。
 シリウスがいきなり婚約者として扱うと言ったのは、わたしを守るためかそれとも油断させるためのどちらなのかと。

 第三王子の婚約者という立場なら、恨みがあってもおいそれとは手を出せない。
 だから好意的かつ楽観的に考えると、わたしの身の安全を考えて形式上そうしていると考えるのが自然だ。
 ではそうまでしてわたしをアドラに連れてきた目的はなにか?
 父と兄はもういないから、わたしを人質に取って火薬の知識を渡せと脅す相手は存在しないはずなのに。

 それとも――。
 勝利したからといって、戦争で大事な人を失っていたらエルゼア憎し・爆弾憎しの怨嗟は晴れないだろう。
 わたしを派手に公開処刑することで、その捌け口にする算段なのかもしれない。
 逃げ出されたら困るから、婚約者だと甘言をささやいて厚遇し油断させる作戦だ。

 しかしシリウスは、わたしの予想とは少しズレた発言をした。
「火薬が欲しい」
 シリウスが年齢にそぐわない大人びた顔でこちらを真っすぐ見つめる。

 そんな理由だったのか……。
 わたしの胸に、なんともガッカリしたような失望感が広がった。
 いや、王子様とはいえ所詮子どもなのだから仕方ない。
 
「火薬で爆弾を作りたいなら、わたしではなく父か兄と交渉すべきだったのでは?」
「秘密裏に接触して交渉したが断られた」
 そうでしょうね。わたしは苦笑する。
「挙句、弾薬庫ごと死なれて生きているのは娘だけ。仕方なく連れてきたというわけね?」
「レシピのありかだけでも教えてもらえないか」

 どうせモナーク伯爵邸や領地を徹底的に捜索するぐらいのことはしているだろう。
「あいにくだけど、火薬のレシピはどこにも存在していないわ」
「では、どうやって……」
 わたしは自分のこめかみを人差し指でトントンと叩いた。
「父と兄のここにしか入っていなかったの」
 悪用や盗用されぬよう、あえて形に残さずごく限られた人間にだけ口伝する方法をとっていた。
 つまり、この大陸は火薬の知識を失ったというわけだ。

 シリウスはまだあきらめきれないらしい。
「マリアは?」
「火薬を精製する知識なんて持っていないわ。こうやって連れ去られたら、拷問されて吐かされるのがオチだもの」
 だから父と兄は身の周りに細心の注意を払っていたし、追い詰められたら死ぬ覚悟もしていたのだ。

「期待外れでごめんなさい。あなたの力にはなれない」
 わたしが謝罪すると、シリウスは長い睫毛を伏せた。
 残念がっているのかそれとも怒っているのか、その表情から感情は窺えない。
 爆弾の利用目的は知らないが、どうせろくなことではないだろう。
 アドラは魔法大国なのだから、爆弾に頼らなくても魔法でどうとでもできそうな気はする。
 なにか事情があるにちがいないとはおもうけれど、それを知りたいとは思わない。

「わたしを広場にはりつけにして、みんなに石を投げさせて処刑すればいいわ。いい余興になるんじゃない?」
 もうそれぐらいしか、わたしの利用価値はないだろう。
 シリウスは無言のまま眉をきつく寄せてこちらを見た。

「でも、よその国には火薬が存在しているらしいから、あきらめるのはまだ早いわ」
 なぜわたしが慰める立場になっているのかよくわからないが、とにかく励ますしかない。
 相手はまだ子どもだ。
「知ってる。ただとても閉鎖的な島国らしい」
 それも当然調べたというわけか。

「お婿にいけばいいじゃない。わたしとは婚約解消ね。短い間だったけどありがとう」
「気安く言うな!」
 憮然としたシリウスが立ち上がり、肩を怒らせて部屋を出ていった。