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わたしは窮地に陥っていた。
暗闇に響く荒い鼻息の音が徐々に迫ってくる。ほどなくして赤い双眸が浮かび上がった。
ランタンを前へ掲げると、前方に水牛タイプの魔獣がいる。
外へ出ずに戻ってきたのだろう。
キューちゃんに蹴散らかされたのだろうか、それともわたしの匂いがしたからか。
体格差はあれど、魔獣との一対一の勝負に負ける気はしない。
しかしそれは自由に動ける場合の話だ。
扉が開かぬよう押さえているこの状態では、身動きが取れない。
もしもわたしが背中を離せば、瞬く間に魔獣たちが飛びだしてくるだろう。
水牛と同時に大量の魔獣をひとりで相手にするのは、さすがのわたしでも無理だ。
「困ったわね……」
だからといって、あっさりあきらめはしない。
わたしは背中で扉を押さえたまま短剣をかまえた。
水牛がこちらへ突進してきたタイミングで、確実に額の魔核を貫かなくてはならない。
チャンスは一度きりだろう。
「さあ、かかってきなさい」
わたしの挑発に乗った水牛が、一度大きく鼻息を吐き姿勢を低くする。
来る!と、わたしが身がまえた時だった。
ものすごい勢いで走ってくる足音と煌めく一閃。
なにが起きたのかと思ったら、目の前の水牛の頭がゴロンと転がった。
「————!?」
別の魔獣がいるのかもしれない。
身を固くするわたしの視界に現れたのは、大人になったシリウスとキューちゃんだった。
シリウスが水牛の額を突きさし魔核を取り出している間に、キューちゃんがこちらへやってくる。
「キュウ!」
「キューちゃん、助かったー! ありがとう!」
キューちゃんは労うように、わたしの頬をペロリと舐めた。そしてまた扉の前に鎮座する。
「ありがとう。代わってくれるのね!」
「キュウ!」
キューちゃんが鼻先でわたしの胸を押す。
早くシリウスのもとへ行けと促しているようだ。
振り返ると、シリウスが苦笑しながら立っている。
「随分そいつと仲良くなったんだな」
「そうなの! わたしがお昼寝をしているキューちゃんの上に落っこちてね、勝手にキューちゃんって名前を付けてしまったけど、よかったかしら」
大人になったシリウスの顔を見るのがなんだか恥ずかしくて、わたしはキューちゃんとのなれそめからここに至るまでを早口でまくし立てる。
本当は、先に言うべきことや聞かなくてはならないことがたくさんあるはずなのに。
「マリア」
シリウスは静かな声でわたしの話を遮った。
聞き心地のいいテノールの声だ。
「こっちを見て」
大きな手で頬を挟まれて、上を向かされる。
「マリア、遅くなってすまなかった」
琥珀色の瞳に吸い込まれそうな気がして、わたしは声を上ずらせた。
「どうってことないわ。シリウスは絶対に来てくれるって信じていたもの!」
シリウスがククッと笑うと、喉仏が揺れた。
少年の姿だった彼には喉仏はなかったし、手もこんなに大きくなかった。
「丸っこくて柔らかそうな頬を撫でまわしておけばよかったわ。こんなにカッコよくなっちゃって」
強がりを言えたのはここまでだった。
呪いが解けて本当によかったと、胸が熱くなる。
「マリアのおかげで呪いが解けた。これからもずっと一緒にいよう。好きだ」
シリウスの顔が近づいてきて、唇が重なった。
ちゅっと音がして離れ、また重なる。
その間に何度も熱い吐息交じりに「好きだ」とささやかれては、また唇が重なった。
息継ぎもままならないわたしの限界が訪れる直前、背後で恨みがましい声が響いた。
「ギュウウウウッ!」
キューちゃんだ。
「ギュ! ギュウッ!」
そこまでしろとは言ってない!とでも訴えているような猛抗議だった。
わたしは窮地に陥っていた。
暗闇に響く荒い鼻息の音が徐々に迫ってくる。ほどなくして赤い双眸が浮かび上がった。
ランタンを前へ掲げると、前方に水牛タイプの魔獣がいる。
外へ出ずに戻ってきたのだろう。
キューちゃんに蹴散らかされたのだろうか、それともわたしの匂いがしたからか。
体格差はあれど、魔獣との一対一の勝負に負ける気はしない。
しかしそれは自由に動ける場合の話だ。
扉が開かぬよう押さえているこの状態では、身動きが取れない。
もしもわたしが背中を離せば、瞬く間に魔獣たちが飛びだしてくるだろう。
水牛と同時に大量の魔獣をひとりで相手にするのは、さすがのわたしでも無理だ。
「困ったわね……」
だからといって、あっさりあきらめはしない。
わたしは背中で扉を押さえたまま短剣をかまえた。
水牛がこちらへ突進してきたタイミングで、確実に額の魔核を貫かなくてはならない。
チャンスは一度きりだろう。
「さあ、かかってきなさい」
わたしの挑発に乗った水牛が、一度大きく鼻息を吐き姿勢を低くする。
来る!と、わたしが身がまえた時だった。
ものすごい勢いで走ってくる足音と煌めく一閃。
なにが起きたのかと思ったら、目の前の水牛の頭がゴロンと転がった。
「————!?」
別の魔獣がいるのかもしれない。
身を固くするわたしの視界に現れたのは、大人になったシリウスとキューちゃんだった。
シリウスが水牛の額を突きさし魔核を取り出している間に、キューちゃんがこちらへやってくる。
「キュウ!」
「キューちゃん、助かったー! ありがとう!」
キューちゃんは労うように、わたしの頬をペロリと舐めた。そしてまた扉の前に鎮座する。
「ありがとう。代わってくれるのね!」
「キュウ!」
キューちゃんが鼻先でわたしの胸を押す。
早くシリウスのもとへ行けと促しているようだ。
振り返ると、シリウスが苦笑しながら立っている。
「随分そいつと仲良くなったんだな」
「そうなの! わたしがお昼寝をしているキューちゃんの上に落っこちてね、勝手にキューちゃんって名前を付けてしまったけど、よかったかしら」
大人になったシリウスの顔を見るのがなんだか恥ずかしくて、わたしはキューちゃんとのなれそめからここに至るまでを早口でまくし立てる。
本当は、先に言うべきことや聞かなくてはならないことがたくさんあるはずなのに。
「マリア」
シリウスは静かな声でわたしの話を遮った。
聞き心地のいいテノールの声だ。
「こっちを見て」
大きな手で頬を挟まれて、上を向かされる。
「マリア、遅くなってすまなかった」
琥珀色の瞳に吸い込まれそうな気がして、わたしは声を上ずらせた。
「どうってことないわ。シリウスは絶対に来てくれるって信じていたもの!」
シリウスがククッと笑うと、喉仏が揺れた。
少年の姿だった彼には喉仏はなかったし、手もこんなに大きくなかった。
「丸っこくて柔らかそうな頬を撫でまわしておけばよかったわ。こんなにカッコよくなっちゃって」
強がりを言えたのはここまでだった。
呪いが解けて本当によかったと、胸が熱くなる。
「マリアのおかげで呪いが解けた。これからもずっと一緒にいよう。好きだ」
シリウスの顔が近づいてきて、唇が重なった。
ちゅっと音がして離れ、また重なる。
その間に何度も熱い吐息交じりに「好きだ」とささやかれては、また唇が重なった。
息継ぎもままならないわたしの限界が訪れる直前、背後で恨みがましい声が響いた。
「ギュウウウウッ!」
キューちゃんだ。
「ギュ! ギュウッ!」
そこまでしろとは言ってない!とでも訴えているような猛抗議だった。



