亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 死ぬのは怖くない。
 わたしは父や兄と同じく、爆弾を開発したモナーク伯爵家の一員として、いつだってその覚悟をしてきたつもりだ。
 ずっとそう思っていたのに——。

 真っ逆さまに暗闇へ落ちているというのに、やけに思考がクリアで様々なことが頭の中を駆け巡る。
 その中で何度も出てきたのは、家族ではなくシリウスだった。
 笑い上戸な少年の姿と、眠っている大人の姿。
 ずっとそばにいると約束したのに、離れたのはまちがいだったのだろうか。
 
 最後にもう一度、シリウスに会いたかった……。
 なんだ、わたしったら未練たらたらじゃないか。
 
 自嘲した後、岩に叩きつけられるだろうと覚悟して目を閉じた——はずだったのに、わたしの体はボヨンとなにかバウンドした。
 落下の勢いがなくなり、わたしは一回転して見事な着地をきめる。

「グエェェェッ!」
 絞り出すような叫びが聞こえて腰に吊るしたランタンを向けると、白いお腹に青い鱗の巨大ななにかがひっくり返っている。

「ええっと、もしかしてお昼寝中だったかしら?」
 ヘソ天で寝ていた巨大生物のお腹に、たまたまわたしが落下したとしか思えない状況だ。
「ありがとう、命拾いしたわ!」

 金色の目をギョロリと光らせて立ち上がった姿を見て、これが果たして幸運だったのか不運だったのか判断に迷うわたしがいる。
 わたしの背丈よりも遥かに大きな体躯は青い鱗に覆われ、翼と鋭い鉤爪、割けた口からは大きな牙が覗いている。
 初めて見るけれど、これは翼竜にちがいない。
 伝説級のとんでもない魔獣に出くわしてしまった。

「ギュウウウウッ!」
 明らかに怒っている。それはそうだろう。
 不意打ちのフライングボディアタックは、さぞや痛かったにちがいない。
「ごめんなさい。まさかこんな場所であなたが寝ているだなんて、思ってもみなかったの」

 わたしが落ちた穴よりも下の空間はかなり開けている。
 どれぐらいの高さから落下したのかは、よくわからない。
 見上げると、かなり先の方に小さな灯りがチラチラ見える。
「わたしは無事でーす!」
 上に向かって大声で叫んだ。
 しかし、ヒュウヒュウと風が流れる音に紛れて届かなかったかもしれない。

「キュウ!」
 ドンと鼻で背中を押された。
 こら、無視するなとでも言いたげだ。

 もしかすると、この翼竜は人間の言葉をある程度理解しているのかもしれない。
 よく見れば、喉のあたりが金色に光っているから、ここに魔核があるのだろう。
 ということは魔獣にまちがいないのだが、知性が高く人間と意思疎通できそうな魔獣も存在するんだろうか。
 人間を見たら即襲いかかる凶悪な魔獣とはずいぶんちがう。
 
 うまくすれば、友好的な関係を築けるかもしれない。
 英雄王子の伝説にも、彼を手助けしたとされる翼竜が登場するからこの子だって——。

「んんっ? 待って、シリウスを助けた翼竜ってまさか……」
 竜は人間とはちがってとても長生きだと聞いたことがある。
「シリウスがここを封印したのが七十年と少し前だったかしら。ということは、十分可能性があるわよね?」

 わたしがシリウスの名を口にするたび、翼竜は首をわずかに傾げる。
 やはり、わたしの言葉がわかるようだ。

「ねえ。あなた、シリウスって名前の王子様を知ってる? プラチナブロンドの髪で、目はあなたと同じ色をしているわ」
 すると翼竜は、うれしそうに体を揺らした。

「わたしはマリア。シリウスの婚約者なのよ。婚約者ってわかる?」
「キュ……ウ?」
 わからないらしい。もっと平易な説明をしなければならない。

「ええっと、つまり、シリウスはわたしが大好きってこと!」
「キュウ!」
 わたしが胸を張って言うと、翼竜が目を輝かせた。
 どうやら通じたようだ。

 しかし、翼竜は鼻でわたしの胸元と突っついてくる。
「キュ! キュ!」
 まるで、おまえはどうなんだと問うように。

「わたし!? も、もちろんわたしも、シリウスが大好きよ!」
 まさかこんな場所で告白させられるとは、なにかの罰ゲームだろうか。
 シリウス本人がこの場にいないのが幸いだ。恥ずかしすぎる。

「キュウッ!!」
 熱を持った頬を押さえるわたしをよそに、翼竜はますます目を輝かせた。
「あなたもシリウスが好きなのね?」
「キュウウウ!」
 なんてかわいいんだろうか。シリウスにさぞや懐いていたのだろう。