亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 王が代替わりし、祖父も今度こそ天寿を全うして召され代替わりした。
 すると火薬を巡る状況は徐々に変化していく。
 穏やかな性格の父は、新国王の要求をはねつける気概がなかった。
『隣国の要求が煩わしいのだ。火薬でドカンと脅してやることはできぬか』
 困り果てた顔で懇願されると、無碍に断れなかったのだ。

 しかし敵国アドラ王国とて馬鹿ではない。
 音だけの脅しと見るや、怯まずに攻め入ってきた。
『もう脅しは通用せぬ。もっと威力の高い爆弾を使うほか、我が国を守る術はない』
 
 こうしてズルズルと火薬が軍事利用されるに至った。
 わたしはおじいちゃんっ子だったから、よく知っている。
 祖父は倒れる前日までせわしなく働き続けた人だったが、幼い頃に母を病気で亡くしたわたしを気の毒がってか、なにかとかまってくれたのだ。
 前世で祖父が暮らしていた世界では、鉄の塊が宙を舞い上空から爆弾の雨を降らせるのだという。
 また、大陸を横断できるほどの飛距離を持つ爆弾を、狙い通りの位置に着弾させることまで可能だったらしい。
『人を殺す道具にしてはならん』
 いつもの好々爺の顔を引っ込めて、そう語る時だけはとても厳しい表情をしていた。

 もちろん、父の苦悩は相当なものだった。
 執務室で頭を抱える姿や、祖父の墓前で「申し訳ない」と声を震わせる後ろ姿を見たことがある。
 祖父の死後、十三歳のわたしがロミオ第二王子の婚約者になったのも、ご褒美ではなく人質みたいなものだったのだろう。
 納得いっていなかったのはモナーク伯爵家だけでなく、ロミオも同様だった。

 初顔合わせの時、ロミオは普段下ろしている黒い前髪を上げ、王族の正装をしていた。
 しかし、ネイビーブルーの目はこの世の終わりを訴えかけるように生気がなく、なにも映してはいなかった。
 新調したドレスで着飾っていたわたしもまた、にこりともせずそんな彼を黙って見つめていたと記憶している。
 
『モナーク伯爵家は、爆弾で成り上がっただけの下品な家門だ』
 それが貴族の社交界での共通認識だったのだから、ロミオが嫌がるのも無理はない。
 わたしは「爆弾令嬢」だの「悪役令嬢」だのと呼ばれ、学校でもつまはじきにされていた。
 しかしこちらにも、火薬で国家を支えてきた伯爵家としての矜持がある。
 だからなにを言われてもめげずに平然としていたし、わたしは自分を誇らしいとすら思っていた。
 
 そんなわたしの態度がまたロミオの癇に障った自覚はある。
 婚約者であるロミオは、率先してわたしを悪しざまに罵り邪険に扱った。
 わたしが悲しそうな素振りや涙でも見せれば、彼の溜飲が下がったのかもしれない。
 でも、相思相愛だったことすらない相手になにを言われようと、ちっとも悲しみがわいてこないのだから仕方ない。
 
『おまえなんて婚約者と認めないからな!』
『下品な爆弾令嬢め』
 顔を合わせるたび憎々しげに睨んでくるせいで、ロミオのせっかくの整った顔が台無しだ――わたしはそう思いながら辟易している態度を隠しもしなかったのだから、さぞやかわいげがなかっただろう。
 
 婚約者同士の定期的なお茶会はなく、舞踏会のエスコートもしてもらえない。わたしはいつも兄と入場した。
 ダンスのパートナーも兄だったけれど、一番気楽な相手だったからむしろありがたいと思っていたぐらいだ。
 もちろん、国王陛下もロミオの態度に気づいていなかったわけではない。
『ロミオも学校を卒業して本格的に政務に関わるようになれば、モナーク伯爵家に感謝するようになるだろう。それまで我慢してもらえるか』
 陛下直々にそう言われると、さすがのわたしも頷くしかなかった。

 卒業まで残り一年となった今年。
 ロミオがわたしへ向ける悪態はエスカレートの一途をたどった。
『勘違いするなよ。おまえと結婚なんて、想像するだけで反吐が出そうだ』
 彼がわたしとの婚姻を心底嫌がっているのは重々承知していたけれど、これは王命だ。勘違いしているのはどちらなのか。
 モナーク家が火薬の知識を盾にして婚約を迫ったにちがいない――そんな噂話を信じているのだろう。
 
 こっちだって愛のない結婚など願い下げだと苛立っていたある日、兄がわたしの部屋へやってきた。
『もう我慢しなくていい。あいつにこれを投げつけてビビらせてやれ』
 四つ年上の兄は、わたしに罵詈雑言を浴びせるロミオを快く思っていなかった。妹想いの優しい兄なのだ。
 渡されたのは破裂玉。
 飴玉ほどの大きさで、中には少量の火薬が入れられている。
 勢いよく地面に叩きつけるか踏んづけると、その衝撃で破裂して大きな音が鳴る。
 幼い頃に祖父と兄とで破裂玉を屋敷の庭で破裂させてよく遊んだものだ。
 ある時、兄が興味本位で破裂玉を手で握りつぶした。指がちぎれるとか手に穴が開くといった悲惨なことにはならなかったが、手の中で弾けた火薬で火傷を負うかなりひどい怪我だった。
『火薬は危険だとわかったじゃろ』
 誤った使い方をすれば怪我を負う。祖父はわたしたちにそれを教えたかったのかもしれない。

 久しぶりに破裂玉を手にしたわたしは、ロミオが破裂音に驚いてビビり散らかす姿を見てみたいと思ってしまった。
 もう卒業まで待つものか。待ったところで、どうせ彼の態度は変わらないだろう。
 だから、それからは常に破裂玉をポケットに忍ばせていたのだ。