亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 時はさかのぼり五日前。
 アドラ王城のライアス王太子の執務室は、深夜にもかかわらず煌々と灯りがついていた。

 執務室の奥にある小部屋。
 本来ここは、王太子が休憩や仮眠をとるためのプライベート空間なのだが——いまはそこでせっせと爆竹作りが進行している。

「こんな場所で火薬を扱うのは危険じゃないのか?」
 万が一、引火でもしたらこの一角が吹っ飛ぶだろう。
 呆れ顔のシリウスの問いに、ライアスがにっこり笑う。

「魔法の結界なら張っていますのでご安心を。それに、まさかここで本物を作っているとは、母上も想像すらしていないでしょう」
「そうだな」

 王太子の執務室は、魔法や魔道具でも盗聴されず、無断で押し入ることもできない不可侵な場所だ。
 工房では、ただ竹筒を均等な長さに切り分ける作業をしていただけ。
 火薬の代わりに木炭の粉末を入れてそれっぽく仕上げた物を、ほどよく厳重に保管していた。
 本物の火薬はずっと執務室に保管されている。
 サミュエルにその秘密を打ち明けられた時、シリウスは己の耳を疑った。

 工房をダミーにして王妃を出し抜いたのはあっぱれだが、ライアスはこんな危険な橋を渡る人間ではない。
 国王や王妃へのあからさまな裏切りは、今後の親子関係に暗い影を落とすだろう。
 まして火薬を暴発させることがあれば、廃位の恐れだってある。

「おまえはもっと、いい子ちゃんじゃなかったのか?」
「所持しているだけで戦争にまで発展してしまう火薬など、魔法大国アドラには不要です」
 ライアスはきっぱり言い切った。
「それに私個人として、どうしても英雄王子殿の呪いを解きたかったのです」

 シリウスは腕組みをしてライアスを見上げる。
 態度は大きくても体は少年のままだ。
「一丁前なことを言うようになったんだな。ヨチヨチ歩きで俺の後ろを追いかけていた丸っこい赤ん坊だったくせに」
「いつの話ですか」
 ふたり同時にプッと笑った。

 爆竹が完成したのは翌朝のことだった。
「三百連発です。火薬をすべて使い切りました」
 胸を張るのはサミュエルだ。
 
 火薬が水に濡れてダメになり落胆しているように振る舞うのも限界がある。
 バレる前に決行してしまおうと、最後は夜を徹しての作業となった。

 細い竹筒が導火線でズラッと繋がっている爆竹を、シリアンが感心したように見つめる。
「どこでこれに火をつけるんだ?」
 さすがにこのまま執務室で行うわけにはいかないだろう。

「マリア様のオススメは、音がよく響く地下牢だそうです。すでにライアス殿下が鍵を開けてお待ちです」
 一度火をつけてしまえば、最後のひとつが破裂するまで止められないという。
 失敗の許されない一発勝負だ。

「わかった。マリアを信じよう」
 シリウスは、一刻も早くマリアのもとへ駆けつけたい一心ではやる気持ちを抑えられない。
 完成した爆竹は、シリウスみずから運んだ。

「万が一、途中で妨害に遭いそうになったらすぐ火をつけろ」
「承知しております」
 最後の最後、ここで火薬を運んでいることを嗅ぎつけられて水魔法でも当てられたらひとたまりもない。
 不審な動きを見せる輩がいれば、王城の廊下だろうがなんだろうが、その場で爆竹を破裂させてやる心づもりでふたりは地下牢目指して駆け抜けた。