亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる

 王城へ帰還すると、すぐさまシリウスを部屋へと運び侍医を呼んだ。
 ベッドに寝かされているシリウスの左腕は、赤黒く腫れていて痛々しい。

 狼に似た魔獣に噛まれたと説明すると、白衣を着た年配の侍医は「またか」という表情をした。
「森で狩猟大会の参加者が多数魔獣に襲われましてね、シリウス殿下は応急処置がよかったようですね。中には噛まれた腕や足がもう使い物にならない者もいます」
 腫れあがっているのは、魔獣の雑菌のせいだという。
 人間にとって耐性のない菌であるため症状が苛烈で、癒し魔法での治療にも限界があるようだ。

「マリアのおかげだな」
 シリウスがかすれた声で力なく笑う。
 すぐにお湯で表面だけでも綺麗に拭きとったのが功を奏したらしい。
「シリウスが、小屋があるって教えてくれたおかげだわ」

 ルルーニャのスカーフがあったことも、すぐそばに小屋があったことも、すべてが幸運だった。
「きっとシリウスには幸運の女神様がついているのね」
「だとすれば、それはマリアだな」

 わたしたちの会話を聞いていた侍医が、「お熱いですな」とボソッと呟く。
「時間はかかりますが、根気強く解毒していきましょう」
 侍医は治癒魔法を施して出ていった。
 入れ違いに入ってきたのは、青ざめた顔をしたライアスだった。

「申し訳なかった。まだあなたたちが森の中に取り残されているのを知りながら、火を放たなければならなかった決断を許してほしい」
「どうせ死ねばいいと思っていたんだろう?」
 シリウスの声は底冷えするほどの怒気を孕んでいる。

 帰路の途中でシリウスは、ライアスを問い詰めると言っていた。それと関係しているのだろうか。
 わたしはハラハラしながらふたりを見つめることしかできない。

「まさか! そんな考えなど毛頭なかった」
 ライアスは必死に首を横に振った。
「おまえになくても、王妃にはあるだろうが。火を放てと最初に言ったのは誰だ」
 シリウスに問われたライアスが口を噤む。

 ここでシリウスが突然体を起こし、ライアスのジャケットを右手で引っ張った。
「魔石鉱山に使いを出したのも、おまえらの指示だよな? ルルーニャに探らせていることに気づいていないとでも思っていたのか!」
 少年の姿をしているけれど、迫力がすごい。
「……」
 ライアスは黙ったままだ。

 いきなり魔石鉱山とルルーニャの名前が飛びだして、わたしは混乱していた。
 シリウスはすべてわかっているようだが、わたしにはさっぱりわからない。
 しかし、シリウスが絞り出すように言ったひとことで、なんとなく見えてきた。

「王妃の犬め。持ち帰った火薬を寄こせ」

 ここでシリウスの体がぐらりと傾いた。
 すかさずサミュエルが抱きかかえ、ベッドに寝かせる。
「熱が上がります。これ以上はまた後日に」

 シリウスは気を失ったようにぐったりしている……と思ったら、大人の体に変身した。
「無理しないでちょうだい」
 わたしは水でしぼった布をシリウスの額に当てる。

 ドアが開く音がして顔を向けると、ライアスが静かに退室しようとしていた。
 わたしは慌ててその背中を追いかける。
「お待ちください」

 振り返ったライアスは、途方に暮れて泣きそうな顔をしていた。